いきなり戦いになりそうです
ガクンと突然、馬車の歩みが止まった。
「大丈夫ですか、公爵令嬢。」
うつらうつらと舟を漕いでいた公爵令嬢が座席から投げ出され、思わず受け止める。
「痛~いっ! なによ。何で急に止まるのよ。」
同じく隣で投げ出され、前の座席でオデコをぶつけて叫んでいるのはリオーナさんだ。
他のメンバーはとっさに踏ん張ったのか無事だった。
「モーちゃん。私のことも受け止めてよ。貴方よけたでしょ。」
寝ていると可愛いなあと公爵令嬢の寝顔を観察していたなんて言えない。
馬車が止まった反動よりも速い速度で飛び込んできたリオーナさんをよけたのは本当のことだ。
なにかしら身の危険を感じたからなのだが、どさくさに紛れて何をしようとしているんだか。
「モトラビィチ殿! 失礼・・・お取り込み中、申し訳ありません。」
御者が扉をあける。何を勘違いしたのか、頭を下げている。
僕と公爵令嬢が抱き合っていたことを勘違いしたのかな。
「ほら公爵令嬢、立ってください。うたた寝は構いませんがシートベルトをしてください。それから、これをどうぞ。」
僕はハンカチを手渡すが良くわかっていないみたいだ。
「失礼します。よだれの跡が酷いことに・・・。」
僕が手渡したハンカチを取り上げて、口元から顎にかけてを拭おうとすると、無理矢理ハンカチを奪い取り後ろを向いてしまった。まずかったかな。仮にも上司だもんな。沽券に関わるかも。
「それでなんで止まったのかな?」
僕は御者の方を向いて問いただす。
「はい。先遣隊によりますと前方に地図に無い関所らしきものが出現しまして、通行料を取っているということであります。」
シロさんとマッチャさんの話ではニヴルヘイム国には特に統治のための仕組みは無く、各生き物たちが共同で自給自足の生活を送っており、当然関所など有るはずもない。
諍い事もシロさんへの恐怖のためかほとんど無く平穏な暮らしを送っているはずだったのだ。
どうやら、凍土ばかりだった以前とは違い、気候が温暖になり、他の国に人々の流入が続いているから、統治のために立ち上がった生き物たちがいるみたいだ。
シロさんが不在だから仕方が無い面もあるのだろうが、勝手なことをされては困るんだがなあ。
「わかりました。僕が向かいます。公爵令嬢はミーちゃんをお願いします。ニャオンさん同行してください。」
「はっ。」
僕が馬車を降りると既に傍にニャオンさんが膝を折り控えていたので指示をする。
「ボクちんも行ったほうがいいかな?」
「いえ。ここは僕が治めるべき領地ですから。クロをお借りしてもよろしいでしょうか?」
こういったときのためにシロさんから全権大使の委任状は取り付けてきている。
国璽つまり国の印鑑が押されたものなのだ。
クロノワール様のお手を煩わせるべきじゃないというよりは、隣国の王が出てこられてはややこしいことになる。まあ、元ヘルヘイム国の生き物が関わっているとはっきりすれば、そのときに力をお借りすればいいだけだ。
「わかった。ボクちんは、馬車で待っているとしよう。クロ。モーちゃんに手助けしてあげなさい。ボクちんの力が必要なときは報告して。」
意外にもクロノワール様は素直に引き下がった。夫の言うことに素直に従ったとみるべきか。国王としてそういうことがわかっているとみるべきか。どちらにしても説得する手間が省けて良かった。
「わかりました。」
クロがニャオンさんの隣で控える。
「私はこの姿で付いていきます。」
ユズさんも国王なんだから、初めから出張ってきて欲しくないんだけどなあ。
『この姿』? 後ろを振り向くとキャラバン公爵様の姿があった。
養子に迎えることは断念したみたいだが帝国内では僕の後ろ盾のつもりみたいだから、そこに姿があっても問題無さそうだ。本人に許可は取ってなさそうだけど。
「じゃあ。私は夫人として同行します。」
はいはい。何を言ってもついて来るんですよね。
まあリオーナさんは元隠密のトップだから、戦闘になっても大丈夫なはず・・・普段の言動がアレだからなあ。イマイチ不安だ。
僕たち5人組が関所に向かう。
「おうおうおう。勝手に入るんじゃねえよ。こんなに可愛い女ばかり連れやがってよ。お前は10倍な。」
僕が関所の門を潜ろうとすると門番らしき男に止められる。
「ここは死霊王シロヴェーヌ様のニヴルヘイム国のはず、誰に断ってこんなものをここに置いてあるのですか?」
「なんだと。おめえ、死霊王の知り合いとでもぬかすか。」
「もちろん、そうです。死霊王から全権を委任されております。」
「へっ。簡単にバレる嘘をつくんじゃねえよ。死霊王の全権ということは討伐された魔王と同じじゃあねえか。奴はもう死んだんだ。死霊王も居ねえんだ。ここいらの土地は誰が治めても自由ってことだ。それともおめえみたいな優男がうちのボスから奪い取れるとでも思っているのかよ。」
男がそう言って、つかみかかってきた。
「うちの旦那さまを気安く触るな!」
ニャオンさんが男の腕をつかみあげるとポイと放り投げた。意外と腕力も強いらしい。
「おい曲者だ。皆のもの出てこいっ!」
男が叫ぶと同じような格好をした男たちが数人出てくる。




