悲鳴をあげて逃げ出していった
「もう何もかも自分の手柄にして。それは私が教えてあげたんでしょ。産み捨てられたハーフエルフを引き取るためという言い訳が無きゃ幾らエルフの里の次期族長だからって、何度も面会の機会なんて与えられるはずが無いの。それぐらいわかりなさいよ。」
アレクサンドラ様のマッサージの虜になって、皇妃になった後も何度も求愛来た人物が居たという噂は本当だったんだ。
「それなら、今ならどうだい。君は独身なんだろ。求愛を受けてくれないか?」
「まだ諦めて無いのっ! いい加減にしてよね。フフン。残念でした。公私共に彼の妻になったの。彼も私も貴方より長生きなの。もう永遠に機会は無いわ。」
ユズさんが僕の腕に抱きついてくる。
「なんだとっ! それは本当か? 君がこんな優男の妻だなんて。おいモトラビィチと言ったな。表へ出ろ。決闘だ。」
「ごめんなさい。貴方。彼に1度だけ付き合ってあげて、彼が負ければ諦めると思うから。」
ちょっ・・・待って、守ってくれるんじゃなかったの?
勇者の一行の一翼を担っていたんだよね。そんな強者に勝てというの?
冗談だろ・・・。
「腕の1本くらいなら、今の私でも治せるから。大丈夫よ。出来れば手加減してあげて。」
腕の1本とか気楽に言われても、マッチャさんじゃないんだからそれだけで十分死にますって。
これは1度、ユズさんのために『死に戻り』をして見せろということだろうか。
いったい、この対戦のどこに僕が手加減出来る要素があるというのだろう。
宿屋の裏手にコロシアムがあり、その中で行われるようだ。
観客のほとんどはハーフエルフ以外の人々だった所為か、さほどアウェイ感は無い。
ここではいろんな競技が行われ、その勝負で賭博が行われているようだった。
ひとつ前はコロシアムの端に置かれた的を射抜く競技が行われていた。なるほどエルフの得意とする弓矢はあんなに遠くまで狙えるのか。凄いな。僕は接近戦しかできないから、何がなんでも食らいついていくしかないみたいだ。
今行われているメインイベントは狭い場所でモンスターとハーフエルフの死闘が行われ、風魔法で常時押していたハーフエルフが一瞬の隙を突かれ片腕を失う大ダメージを与えられ、競技場の外に引っ張り出され光魔法で治療を受けていた。
聞いていた通り、エルフは風魔法と光魔法が得意のようだ。
僕と族長の対戦も賭けの対象になっているようだが予想通り、史上最高の高倍率になったとアナウンスがあった。それでも、賭けが成立しているのは里帰りの一行のほとんどがお情けで僕に賭けてくれているかららしい。
「いよいよですね。ユズシェルさん。」
「いよいよですよ。リオーナさん。」
なんか勝手に実況席に座って解説をしているお二方がいる。しかも今回の胴元は対戦相手が行うわけにもいかないということでヘイム商会が行っているらしい。
「我らがモーちゃんの出番がやってきましたね。」
「過去に勇者の一行に所属していたこともある族長ですが、実はザコ相手ばかりだったのですね。ボスクラスが出てくると決まって治療専門の後方支援でした。」
「驚きの情報ですね。ザコの癖にアレクサンドラ様に求愛するなんてありえません。」
「我らがモーちゃんはなんとあの好戦王の一番弟子なんですね。凄いです。しかも先日、1度だけとはいえ好戦王に泥をつけております。」
嘘じゃないけどあまりにも大袈裟過ぎる解説に噴き出してしまうところだった。1回泥をつけたといっても百回以上対戦してである。
しかも、次に対戦したときに好戦王の動きがスピードアップしたところをみると相当手加減されていたのだろう。それでも成長が実感できて嬉しかったけど。
その解説内容に惹かれたのか、僕の倍率がジワジワと下がっていく。
「族長の得物は弓矢です。現役時代は百発百中の腕前と言われていたようですがここ近年、その腕前を見たものがおりません。錆び付いていないといいのですが。」
「モーちゃんの得物はアレクサンドラ謹製のレイピアです。オリハルコンの軸に魔法との相性が抜群と言われているミスリルの刃があわさり、世界一硬い木と言われている緑樹王の胴体さえも易々と切れる性能をもっています。」
初めて聞いた。そんなに高価な剣だったんだ。道理でレプリカと違い、軽い割には切れ味が鋭いと思ったんだ。しかも、ユズさんに切れ味増す魔法をかけて貰っていたんだった。
僕の倍率が上がったり下がったりを繰り返すところをみると賭け金が凄いことになっていると思われる。
「いよいよ試合開始のゴングです。ユズシェルさん。楽しみになってきました。」
「そうですね。リオーナさん。モーちゃんが私のためだけに戦ってくれると思うとゾクゾクものです。生きていて良かったっ!」
まあそこまで嬉しいのなら、例え負け戦でも出る甲斐があるというものだ。
☆
試合開始の合図と共に相手に走り寄り、居合いの要領でレイピアを抜き去る。
「おおっと、いきなりモーちゃんの攻撃。族長はかわしたかのように見えたが、僅かに装備を切り裂いたっ。」
意外にも初手が当たったがすぐに風魔法で逃げられてしまい。身体のキズも光魔法であっという間に治してしまった。
「なかなかの腕前じゃないか。俺の対戦相手に相応しいようだ。だがこれだけ離れれば、もう当たらない。これでどうだ。」
矢がこちらに向かってきたので左にかわす!
かわしたと思ったらかわしたところにも1本の矢が来た。すんでのところで小手で弾いたが鏃が手の甲を傷つけてしまった。
「くっ・・・。」
利き腕じゃなかったがあまりの痛みに声をあげてしまう。
「なんと、我らがモーちゃんが負傷してしまった。拙いですね。ユズシェルさん。」
「拙いですね。リオーナさん。これをシロさんが見たらどう思うでしょう。」
「シロさんというと死霊王シロヴェーヌ様ですね。モトラビィチ様は死霊王の伴侶なわけですから、怒り心頭です。『モロゾフの悲劇』の再来が間違い無いというところでしょうかっ!!」
そこで数秒間の沈黙がコロシアムにおちると次の瞬間、観客たちが一斉に悲鳴をあげてコロシアムの出口に殺到していった。
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