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「誰が悪役顔よ、失礼しちゃう。少しつり目なだけなのに」
楽しみにしていた社交界デビューのパーティー、それなのに私のドレスは、淡い紫色と白い布を重ねた花の様な衣装の胸元が無惨にも赤く濡れている。
「最初のダンスどころか、お兄様にエスコートされて入場することも出来なかったなんて」
こんなみっともない姿では会場に行くことも、馬車に行くことも出来るわけない。
「やっぱりお兄様達と一緒にくれば良かったわ」
社交界デビューのパーティーは、年に一度宮殿で行われる。
女の子は15歳から17歳の間に社交界にデビューする事になっていて、先日15歳になったばかりの私は、今日デビューの予定だった。
「まさかこんな意地悪されるなんて」
王立学園の寮に住んでいる私は、同じ寮に暮らす級友達と連れだってパーティーにやってきた。
エスコートはお兄様がしてくれる事になっていて、寮まで迎えに来てくれると言ってくれたのに、私は友達と向かうから会場で待ち合わせましょうと断っってしまったのだ。
寮の部屋で侍女に仕度をしてもらい、友達と連れだって馬車に乗り込んだまでは良かったのだけれど、その後が不味かった。
私が苦手な侯爵家の令嬢ジュリエンナ様が、世にも恐ろしい顔で私を睨んでいたのだ。
「私よりあの方のほうが悪役顔していたわ」
ドレスの色が似ていた。それだけでジュリエンナ様は不機嫌そうに私を睨み付けた後、ヒソヒソと隣に座るリサ様に何事か告げ馬車を降りて行った。
不愉快だから別の馬車で行くらしいと、困った顔で告げるリサ様の言葉を信じた私とラビニアは、三人で会場に向かうことにした。
その後「正門が混んでいるから別の門から入ることになった」という御者の言葉を信じて上位貴族が使う正門ではなく、下位貴族が使う東門から入ると少し奥まった場所に馬車が止められたのだ。
「ここからだとだいぶ歩くのではないかしら?」
先に馬車から降りた私とラビニアは、薄暗い景色に呆然とし馬車を振り返った。その時だった。
「あなたみたいな悪役顔は、もっと赤色のドレスの方が似合っていてよ」
ジュリエンナ様の声と共に、胸元に冷たい何が掛けられたのだ。
「フィオリーナ、ドレスがっ!」
ラビニアの悲鳴にドレスを見ると、胸元が真っ赤に染まっている事に気がついた。血の様に赤い、冷たい何か。
「良い気味よ」
慌てる私とラビニアを置いてきぼりにして、リサ様が乗ったままの馬車に乗り込んだジュリエンナ様は高笑いを響かせながら去っていってしまった。
「どうしましょう」
「私があなたのお兄様を呼んでくるわ。だからそこの陰に隠れていて」
「でも」
「すぐに戻ってくるから」
そう言うとラビニアは、ドレスにヒールの靴という姿で駆けて行ってしまい。私はこそこそと植え込みの陰に隠れるしかなかった。
「ラビニア遅いな」
こんなみっともない格好でパーティーに出るのは無理だから、お兄様が来てくれたらそのまま家に帰るしかない。
楽しみにしていたパーティーを、こんな形で欠席するのは悔しいけれど。
「ラビニアに迷惑を掛けちゃった。私が馬鹿だったから」
パーティーに出られない事よりも、親友のラビニアに迷惑を掛けてしまった事の方がもっと辛い。
同じ侯爵家の令嬢ジュリエンナ様には、入学した頃からずっと目の敵にされていた。表立って意地悪をされる事はなかったけれど、気軽な会話を楽しむ人は居ない。そんな寂しい学園生活を送っていた時ラビニアと出会ったのだ。
隣のクラスのラビニアはファミシュア伯爵家の三女で、ウェーブのついた金髪にエメラルド色の瞳を持つ美少女だ。
小柄で華奢な体つきからは想像も付かないけれど、火属性魔法が得意で、学園がお休みの時は魔物討伐に行っている。
そんなラビニアと仲良くなってから、私はやっと友達が出来始めた。
いつもジュリエンナ様の動向を警戒していた私は表情が硬く、声を掛けにくかったとリサ様に言われ、会話を増やしていけばジュリエンナ様とも仲良くなれるのでは? とアドバイスを貰い、少しずつ歩み寄ってみた。
まだぎこちないけれど、以前よりは会話が出来る様になってきた。今回、一緒にパーティーに行きましょうと誘ってくれたのは、もっと仲良くなれる様にとのリサ様からの配慮だった筈だ。
「これで、決定的。もう修復は無理ね」
リサ様には悪気はなかったと知っている。
ドレスの色が同じだなんて、きっとご存じなかっただろう。王宮まで仲良く馬車で行って、パーティーの話で盛り上がればと私だって考えていたのだ。
「二度と口をきかない。わけにはいかないけど、必要な事以外話さないわ」
そう決心しなければ、とても遣りきれなかった。