読書/坂口安吾『白痴』 ノート20161107
坂口安吾『白痴』感想文
坂口安吾『白痴』1947年
●『白痴/堕落論/続堕落論』朗読 名古屋章
新潮社CD 2000年 所収
●『白痴』青空文庫 原稿用紙60枚強。短編。
【概要】
作家・坂口安吾は不登校児童であった。弱いのではなく不良・ガキ大将だった。本文中に、ガキ大将に命じられるままに、子豚を追回し、尻を削ぎ取って食ったという表現があるのだが、そのガキ大将とは自身のことであろう。作品は旧姓中学校から執筆、これが過ぎて放校されてしまう。やがて、東洋大学哲学科に入学。記者を経て映画会社に就職し、戦後に作家として認められる。――玉音放送直後で進駐軍が上陸する前に、随筆・評論「堕落論」「続堕落論」を著して自作のコンテンツを示し、同時に、本作を世に出して、当時の若い世代に旋風を起こした。いわば昭和の『小説神髄』であった。
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【粗筋】
物語の冒頭はこんなでだしだ。
「その家には人間と豚と犬と鶏と家鴨が住んでいたが、まったく、住む建物も殆ど変っていややしない。物置のようなひん曲がった建物があって、階下には主人夫婦、天井裏には母と娘が間借りして住んでいて、この娘は相手の判らぬ子供を孕んでいる。/井沢の借りている一室は母屋から分離した小屋で、ここは昔この家の肺病の息子がねていたそうだが、肺病の豚にも贅沢すぎる小屋ではない、それえも押入れと便所戸棚がついていた。/【…】」――子供を孕んでいる多情な娘というのはヒロインではなく風景の一つに過ぎない。
物語を全三節に区切ってみよう。第一節で、映画会社見習いである主人公と、近所に住む狂人の若妻・白痴のヒロイン、そして二人をとりまく環境を緻密に描写している。第二節で、主人公が帰宅すると、ヒロインが忍んできて押入れに潜んでいたのを発見した。すばらしい美女ではあるが肉欲以外に興味を示さない人形のような存在だ。最初は一夜だけ保護しようと考えたのだが、むこうが惚れてきたということを知り、また戦時下で誰もが明日をも知れぬ命であり、世の常識というものに反逆したくなって、手をだし同棲することになった。第三節で、空襲が酷くなり、ついには自分の住んでいる小屋も焼夷弾で焼かれる。主人公は、世間体というのが残っていて、近所の人がいなくなってから、部屋のヒロインを連れて、焼け死ぬ運命の大衆とは異なるルートで脱出を図り、なんとか戦禍を生き延びる。
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【所見】
「堕落論」「続堕落論」で所信を述べながら、期を同じくして描かれた、本作は、戦前の価値観は建前「様式美」の世界で、ここで描かれている世界は堕落そのものを、極端な形で、描いている。醜悪に描いている。しかしそれこそ、生物としては素直な人間の姿だよと描いている。――同じようなものを現代作家が描いても、まず売れないだろう。混沌とした世相が藁をもすがる思いで本作を手にし、安堵したことだろう。けっして癒し系の話ではないのだけれども。
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