読書/村上春樹『1Q84』 ノート20121229
村上春樹『1Q84』 感想文
1984年の東京、渋滞中の首都高速道路・タクシーで物語は始まる。ヒロインの刺客・青豆雅美は、パトロンである老貴婦人から、DV被害者女性のため、亭主殺害を命じられていた。ターゲットが都内のホテルに宿泊している。渋滞によりチャンスを逃しそうになったため、個人タクシー運転手に、非常階段を教えられ、使命を果たした。しかしその津路は異世界に通じる抜け穴だった。そのパラレルワールドを、青豆はそこを1Q84と呼んだ。 ――短編「タクシーに乗った吸血鬼」というのがあり、リンクしているようだ。車中で流れていたBGMは伏線となる。やがて伴侶となる、川奈天吾が中学時代に部活で奏でいた曲だ。
最後に恋人となる、主人公・川奈天吾は、作家志望の予備校教師だ。文体は一級だが、信念というものが弱い。有力出版社編集長の小松は、天吾の才能を見抜き、候補作の下読みをさせるなどして面倒をみていた。入賞作品一次審査の折り、天吾は、ふかえり(深田絵里子)という少女が描く『空気さなぎ』という作品を発見した。文体は未熟なのだが、内容は申し分のない作品だ。小松は、ふかえりの作品を、天吾の文才で書き直すことを思いつき、天吾を説得。半ば強引に文章の書き直しをさせた。結果、『空気さなぎ』はベストセラーになった。ところがこの物語を書いたことにより、異世界に迷い込んだ。天吾は、青豆のいう1Q84を「猫の町」と呼んだ。
現実世界とちょっとだけ違う、世界神も出入りする、パラレルワールドだ。青豆と天吾は幼馴染で、異世界で過ごす二年間に、互いに運命の人であることを悟る。――小学生の時一度だけ、青豆が手を強く握ったという関係だったが。
物語の背後には、宗教法人「さきがけ」という存在がある。さきがけのリーダー深田保は、六、七人の世界神と、巫女のような初潮前の童女たちの言葉を介して交信する。邪妖精に操られた巫女と深田保は性行。巫女たちは、子宮が破壊され、子供が生まれない体になった。
青豆のパトロンである老婦人・緒方静恵は、さきがけから外にでてきた巫女の童女つばさを保護したことで、深田保に憎しみ、青豆に暗殺を命じる。しかし、深田保は不治の病がに苦しみ、死を望んでいた。そして青豆は深田保が世界神に従順ではないことを知る。雷のなる晩、都内・ホテルの一室だった。殺すか否か躊躇していた青豆は、深田保から、もし自分を殺してくれるなら、教団が実態を暴いた小説を書いたことで暗殺対象になっている天吾の命を保障する、と哀願され、深田保を殺害した。
天吾はその間、NHK集金人をしていた父親が、療養先にしていた千葉県千倉町(現・房総市)に向かい、意識を失った父親と対面する。意識不明になったときと、死亡が通知されたとき、天吾は赴いた。
第一回の旅で、ふかえりの小説にある、『空気さなぎ』を病院で目撃。東京のアパートに帰ると雷の夜になった。ふかえりは巫女であった。子供の時に父親に強姦されて子を産めない。その彼女と、天吾が性行してお祓いする。ところがふ巫女の子宮は不思議なことに天吾の精子を、邪妖精の意志・雷を介して、瞬間移動させた。ふかえりは、天吾が父親の死の知らせを訊いて第二回千倉町旅行に行った際、巫女としての役目を終え、姿を消す。
物語の後半でトリックスターが登場する。青豆と天吾の関係を調査している、さきがけが雇った探偵役の男・牛河利治だ。過去・悪徳弁護士で、後に探偵になった。主教結社さきがけは、牛河青豆と天吾の接点・小学生時代まで遡って調べ上げた。やがて天吾が潜んでいたアパートをみつけ監視した。青豆は天吾が父親の葬式に千倉町に旅行にいっているときにアパートをタマルに暗殺された。
タマルは自衛隊レインジャー上がりのプロの刺客だ。火消し役と老婦人の護衛役をしている。彼の厚意と情報により、青豆と天吾は、月が二つにみえる公園の滑り台で二人は運命の再会を果たし、例の高速道路緊急避難用階段を昇って元の世界に戻った。
ここでいくつかの疑問が生じる。「1Q84」とは何かというと、旧ソビエト体制を批判した未来を舞台としたジョージ・オーウェルの小説『1984』という元ネタの小説があるとのこと。また、「猫の町」というのは、無名のドイツ作家が描いた作品だというのだが、実をいうと村上春樹本人の創作だという。詩人・萩原朔太郎の短編小説『猫町』に酷似している。『猫町』は、軽く精神を病んだ主人公が北陸にある温泉で療養をする。もともと散歩が好きなので、旅館周辺をあるいていたら海辺の寒村に迷い込んだ。しかしそこに人間はいなかった。代わりにいたのは猫たちだった、という筋だ。
また準ヒロイン・ふかえりは、アニメ『エヴァン・ゲリオン』のレイそっくりな容貌と話し方をするのが面白い。すると異世界の支配者である小人たち、リトルピープルは、使徒か。オーウェルの『1984』に登場するビッグ・ブラザーに対比させた存在というのだが、ラヴクラフトの『クトゥルー神話』で、この神の呼び名の一つがク·リトル·リトルであり、ここからきているような気もする。宇宙の彼方から飛来してきた謎の神族を呪縛していた封印が、解けて、人類にさまざまな怪奇現象をみせるという内容だ。この作品は、ファンタジーというジャンルがなかった時代なので、SFに区分されている。
これとは別に注意深く読んでいるといろいろな仕掛けを楽しめる。例えば、老婦人の執事タマルは、どうも、ふかえりの実の父親らしい。また、現実世界で死んだと思われる人物たちが復活している場合がある。過激なSMプレイで落命する青豆の親友・中野あゆみが、異世界にある千倉町の療養所看護婦・安達クミとして復活し、天吾を現実世界に帰すべく適切な助言をしている。また天吾のセックスフレンド・安田恭子は、不倫相手を追いかけて、ホテルで殺された母親として登場しているようだ。
しかし、ふかえりの保護者でさきがけの敵対者のようでもあり、保護者でもあるような存在、ふかえりがセンセイと呼ぶ戎野隆之は何者だろう。次代の巫女・ドータを身ごもった青豆を知覚しているようだ。元人類学者で現在は株で大儲けし、一人娘と山奥で隠棲している。一種の神で、リトルピープルとの関係は不明なままだ。あるいは、武闘派として、さきがけから分派した、あけぼのリーダーであったのかもしれない。
ラスト近くで牛河の死体から、リトルピープルがでてきて、幻想子宮たる「空気さなぎ」を紡ぎ、新たなドータを創りださんとしていた。物語は終わっても異世界は連綿と続くようだ。はて、今度は誰のドータをつくるのだろうか。羊の次は牛。盲目の山羊遺体の口ではじまり。福助頭の牛河の口で終わる物語は、いくつか矛盾やら、未回収伏線があったりして、関連用語がまたでてくるだろう次作を私に買わせ散財させようとする邪悪な神の意志を感じてならない(笑)。本作品は純文学扱いなのだが、内容は、れっきとしたラノベ系異世界ファンタジーであった(ノート20121229、校正20161019) 。
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引用参考文献
村上春樹『1Q84』BOOK1‐3(新潮社2009-2010年)。BOOK1-554頁、2-501頁、3-602頁。読書自2012年5月5日至12月27日




