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もう一度妻をおとすレシピ 第6冊  作者: 奄美剣星
読書
60/100

読書/村上春樹 『海辺のカフカ』 ノート20130216

   村上春樹 『海辺のカフカ』 感想文


 村上春樹の『海辺のカフカ』は、というか、村上作品というのは実に多様な解釈がされる作品とのこと。ここで述べることは私・奄美の極めて主観的な感想文だ。他の読者からみれば、ズレたものであるとも思えるので、はじめに断っておくことにする。極論すれば、『ノルウェーの森』と『1Q84』の中間に存在する物語だ。書かれた時期もそうだが、内容も中間である。しかし『1Q84』にとても近い世界感を持ったファンタジーだ。

 『ノルウェーの森』は、主人公「僕」ワタナベ、ヒロイン・直子、準ヒロイン・緑がいる。高校生のとき幼馴染キズキが自殺した。その恋人・直子と偶然同じ大学に進学した「僕」は直子と再会。ところが直子は心を病んで、大学をやめ、京都の精神病患者の療養施設に入所する。そこを見舞うワタナベは、「森」に住む彼女と愛を育んでゆくのだが、一方で同じ大学の女子学生・緑と出会い惹かれてゆく。「森」は『海辺のカフカ』と『1Q84』にも共通するキーワードになる。これは異界「あの世」だ。少年「僕」・ワタナベは異界の直子と、現世の緑の間を往来し、最終的に現世に戻って緑と結ばれ、19歳の少年から20歳の大人になる。

 『1Q84』では、物語に登場するヒロイン、ヒーロー、トリックスターにより語られる。深い「森」の奥で、集団生活を送る宗教団体「さきがけ」という存在があった。指導者と巫女役の娘ふかえりが、ヒロインの青豆雅美とヒーローの川奈天吾を、そっちの世界「森」に呼ぶ。ヒロインは異界「1Q84」への入口となる高速道路非常階段から異界に入る。天吾はふかえりに関わり、父親の死を通じて、「猫の町」を往来する。二人が別々に呼んでいた世界は、巫女・ふかえりのいうところの「森」だった。異界たる「森」はリトルピープルなる小人の住む世界だ。教団が雇ったエージェントで、トリックスターたる牛革氏に生存を脅かされつつ、二人はさまざまな人々の協力を得て、出会い、現実世界へと帰ってゆく。最後あたりで、牛革氏は、青豆のパトロンである老貴婦人の執事・タマルによって暗殺される。その牛革氏の口から、リトルピープルがでてきて、せっせと、壊された異界を修復しだしているようだった。

 さて、本題の『海辺のカフカ』だ。学生のころゴルフ場でアルバイトをしていて雷に打たれたことで天才彫刻家となった人物を父親にもった十五歳の少年が主人公田村カフカだ。母親・佐伯さんは雷に打たれた人を取材していたとき、主人公の父親と出会い結婚し、彼を出産した。ところが四歳のときに、養女たる姉を連れて離婚して消えた。彼女は四国松山にある昔の恋人の実家が運営する私立図書館館長となっており、カフカ少年は、父親がかけた呪いである、(おまえは自分を殺し、母と姉と肉体関係をもつ運命に墜ちてゆく)というノルマを果たして楽になろうとするのだが、事態は悪くなる一方で、警察が動きだしてきた。協力者・大島さんの厚意で、異界に通じる深い「森」のある別荘に身を隠す。

 本作にはもう一つの物語がある。ナカタさんという猫と話をする老人が登場する。戦争未亡人の教師に折檻されたショックで知的障害を負ったかつての神童だ。生霊と化したカフカ少年によって、身体を一時乗っ取られ、父親を殺すことに加担させられる。その瞬間、彼は、失われた半世紀を取り戻す旅に出かけることになる。「入口の石」という、異界に蓋をする石を閉じにゆく物語で、旅の途中で、良き相棒・星野ちゃんが加わって、途中で力尽きて死んでしまうナカタさんの使命は完遂される。

 物語の発端は、カフカ少年の母親・佐伯さんが少女のころ、やがて死に至ることになる永遠の恋人との安定を望んで、パンドラの箱とともいえる「入口の石」を開けてしまったことにあった。どこにでもある祠のご神体の石をひっくり返しただけのことだ。死んだナカタさんの意志を継いだホシノちゃんが、「入口の石」で異界・深層心理の世界たる「森」に蓋をするまでの間に大事なシーンが入る。

 ナカタさんと佐伯さんは出会ったとき、物語の収束、「入口の石」の発見と蓋が閉まることを確認する。そして二人とも人生の役割が終わることを知り死ぬ。直後、異界「森」にいた息子・カフカ少年と対話し、愛しているというメッセージ送っている。

 少年は、義理の姉で、夢の中で犯してしまったと思い込んでいた女性・さくらのもとへ帰ってゆく。恐らくは性別を超えた生涯の親友、あるいは、かけがえなき伴侶となるであろうことを予感させつつ。

 というわけで、三作には、「森」=異界、異界と現世の恋人がいて、最終的に現世の恋人を選んで大人あるいは父親になるという図式が成立するというパターンを描く。

 なお『海辺のカフカ』と『1Q84』ででてくるリトルピープル、あるいは、それと同質の存在については、異界「森」を破壊する側か、反対に、維持する側の、作者独自の精神世界の重要人物のようだ。先に読んだ『1Q84』だけだと、人間に精神崩壊をもたらす宇宙悪たるラヴクラフトの『クトゥルー神話』的な印象をもったが、今回読了した『海辺のカフカ』では、ごく単純に、ゾロアスター教の善・悪二神対峙構造を想い起こさせられた。

 しかし、邪神が「ジョニーウオーカー」と善神「カーネルサンダース」の対立構造は面白い。途中力尽きる光の戦士ナカタさんの能力を継承するホシノちゃんと、サンダースおじさんとの掛け合いが笑える。ホシノちゃんは、暴走族、自衛隊員、トラック運転手という経歴で教養とは縁が薄い。難解な哲学を語るおじさん。理解できないものだから、おちょくるように言葉尻をとって、いちいち、早口言葉に置き換え怒られるホシノちゃん。

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   ひつじどしのしつじはしゅずつのひつじゅひんだ。

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 さて。

 主人公カフカ少年のカフカとは欧州の文豪の名前。烏を意味するのだそうな。作品中の少年も、烏に変身して父親と対峙する。カフカ作品は短編しか読んだことはないのだけれども、1986に発表された、ストローブおよびユイレ監督による『階級関係』を、先日、図書館で視聴した。原作は『失踪者』(白水社)だ。――主人公は、カール・ロスマン少年。ドイツ上流階級で育ち、女中に誘惑されて孕ませたことで、両親から勘当され、移民船で、アメリカの伯父のもとへゆく。伯父はアメリカでの成功者だが、この人と周囲の上流階級社会にはなじめず、下層階級のさまざまな職種・居処を転々と渡り歩く、貴種放浪譚だ。――村上『海辺のカフカ』は、芸術家の父親とうまくゆかず、放浪し、育児放棄した母親のところに身を寄せる。その過程で成長を遂げるあたり、筋立てとして影響を受けたのだろうか。

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  ノート20130216 加筆20161018

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