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もう一度妻をおとすレシピ 第6冊  作者: 奄美剣星
読書
58/100

読書/村上春樹 『1973年のピンボール』 ノート20100123

村上春樹 『1973年のピンボール』 感想文


 1980年作品。

 主人公「私」は「鼠」とも自称。理由は、アパートで鼠とりを仕掛けて捕らえ、いたぶるわけでもなく、「出口」を見つけられずに勝手に死んだ鼠と自分を重ねあわせたのだと思います。(←志賀直哉『城之崎にて』をぱくった?)。「鼠」を自称する主人公は、ものごとには「入り口」があって「出口」があることが重要だと述べていますので、「出口」を見いだせない自分、未来のビジョン、目的を持たないない自分。ニートな状態を自嘲しているかのように感じます。

 舞台は1973年、東京近郊の新興住宅街。「私」は、亡くした恋人の面影を引きずったまま、新しい恋人に出会い同棲をはじめます。恋人はなんと双子姉妹で、両方と関係をもちます(←野獣です)。

 姉妹にも主人公「鼠」同様に、まともな名前がありません。スーパーの開店記念でもらった208、209というTシャツの製造番号が乳房のあたりにかいてあることから、その番号が姉妹のニックネームとなります。登場人物たちに名前がないということは個性に価値を見いださないということ。読者であるわれわれが登場人物たちと、「置き換え」しやすようにするための仕掛けなのかもしれません。主人公には、いくつかの大好きな場所があります。一つは井戸。もう一つは、美味しい珈琲をだす、時代を代表するようなゲーム台〈ピンボール〉のある店です。

 井戸では、小石を投げ沈んでいく音に安らぎを覚え、ピンボールでは、ゲーム台である「彼女」と会話を楽しむのです(←オタク野郎です)。井戸には底があって「出口」がありません。ピンボールも自己の殻のようでやはり「出口」がありません。やがて、「私」は、合わないという理由で大学を辞め、両親の別宅である高級マンションに引っ越します(←パラサイトです)。野獣、オタク野郎、パラサイト――なのに、「鼠」を自称する主人公「私」は、がつがつしたところがなく、草食系男子に思えたりしてきます。そう思わせるのは文豪村上氏の腕でしょうね。――これではいけない。

 主人公「私」の口からは、キーワード「カント」の名前が何度も出てきます。カントといったらドイツの大哲学者。(理性的な生き方)を奨める方ですね。でも村上氏はカントがどういう人物か、「一般常識だろ」というふうに流してしまいます(←春樹ちゃんの、いぢわる~)。そして、双子姉妹との「野獣」のような関係をぼろぼろになりながら終わらせ、高級マンションを引き払い、また、その地を離れて働くのだと決意します。

 居心地のいい美味しい珈琲をだすピンボールのある店は潰れ、跡地は、まずい珈琲をだすドーナッツ・チェーン店になりました。「鼠」を自称する私は、優雅ではあるのだけれども閉塞した状況に、自らの意志で、風穴をあけました。ここまでくると、「鼠」は胎児のようにも思え、母親の母胎から飛び出した胎児は、「人」という大人になったのだと考えるようになりました。

 物語は、精神的な、「出産の一瞬」を描いたのでしょう。この「出産の一瞬」こそが、「あおはる」ではないですか! 主人公「私」が、「鼠」をやめた瞬間を、「爽やかな風が吹いた」と評する人もおりますけれど、(まずい珈琲のように)にがくも感じます。


 この短編が後に、ラノベというジャンル確立に決定的な役割を果たす、1987年に発表された、あの、『ノルウェーの森』の雛形になったのでありました!

   ノート20100123、補筆20161016

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