読書/与謝野晶子『みだれ髪』 ノート20170103
私選/与謝野晶子『みだれ髪』
与謝野晶子『みだれ髪』
青空文庫
朗読・藤村志保 新潮社(新潮CD朗読テキスト)
臙脂紫
歌にきけな誰れ野の花に紅き否むおもむきあるかな春罪もつ子
髪五尺ときなば水にやはらかき少女ごころは秘めて放たじ
血ぞもゆるかさむひと夜の夢のやど春を行く人神おとしめな
椿それも梅もさなりき白かりきわが罪問はぬ色桃(もゝ)に見る
紫にもみうらにほふみだれ篋をかくしわづらふ宵の春の神
春の国恋の御国のあさぼらけしるきは髪か梅花のあぶら
今はゆかむさらばと云ひし夜の神の御裾さはりてわが髪ぬれぬ
細きわがうなじにあまる御手のべてささへたまへな帰る夜の神
秋の神の御衣より曳く白き虹ものおもふ子の額に消えぬ
夜の神の朝のり帰る羊とらへちさき枕のしたにかくさむ
やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君
春雨にぬれて君こし草の門よおもはれ顔の海棠の夕
さて責むな高きにのぼり君みずや紅の涙の永劫のあと
みだれごこちまどひごこちぞ頻なる百合ふむ神に乳(ちゝ)おほひあへず
くれなゐの薔薇のかさねの唇に霊の香のなき歌のせますな
春の夜の闇の中くるあまき風しばしかの子が髪に吹かざれ
水に飢ゑて森をさまよふ小羊のそのまなざしに似たらずや君
悔いますなおさへし袖に折れし剣つひの理想の花に刺あらじ
なほ許せ御国遠くば夜の御神紅盃船に送りまゐらせむ
狂ひの子われに焔の翅かろき百三十里あわただしの旅
今ここにかへりみすればわがなさけ闇をおそれぬめしひに似たり
ゆるされし朝よそほひのしばらくを君に歌へな山の鶯
しのび足に君を追ひゆく薄月夜右のたもとの文がらおもき
鶯は君が夢よと もどきながら緑のとばりそとかかげ見る
とや心朝の小琴の四つの緒のひとつを永久に神きりすてし
ひく袖に片笑もらす春ぞわかき朝のうしほの恋のたはぶれ
売りし琴にむつびの曲をのせしひびき逢魔がどきの黒百合折れぬ
恋ならぬねざめたたずむ野のひろさ名なし小川のうつくしき夏
おりたちてうつつなき身の牡丹見ぬそぞろや夜を蝶のねにこし
水十里ゆふべの船をあだにやりて柳による子ぬかうつくしき(をとめ)
恋か血か牡丹に尽きし春のおもひとのゐの宵のひとり歌なき
春三月柱おかぬ琴に音たてぬふれしそぞろの宵の乱れ髪
いづこまで君は帰るとゆふべ野にわが袖ひきぬ翅ある童
その日より魂にわかれし我れむくろ美しと見ば人にとぶらへ
人ふたり無才の二字を歌に笑みぬ恋二万年ながき短き
蓮の花船
夏花のすがたは細きくれなゐに真昼いきむの恋よこの子よ
のろひ歌かきかさねたる反古とりて黒き胡蝶をおさへぬるかな
わが歌に瞳のいろをうるませしその君去りて十日たちにけり
さはいへど君が昨日の恋がたりひだり枕の切なき夜半よ
人の子にかせしは罪かわがかひな白きは神になどゆづるべき
ふりかへり許したまへの袖だたみ闇くる風に春ときめきぬ
おもざしの似たるにまたもまどひけりたはぶれますよ恋の神々
白百合
荷葉なかば誰にゆるすの上の御句ぞ御袖片取るわかき師の君
おもひおもふ今のこころに分ち分かず君やしら萩われやしろ百合
今宵まくら神にゆづらぬやは手なりたがはせまさじ白百合の夢
夢にせめてせめてと思ひその神に小百合の露の歌ささやきぬ
星となりて逢はむそれまで思ひ出でな一つふすまに聞きし秋の声
星の子のあまりによわし袂あげて魔にも鬼にも勝たむと云へな
百合の花わざと魔の手に折らせおきて拾ひてだかむ神のこころか
恨みまつる湯におりしまの一人居を歌なかりきの君へだてあり
京の水の深み見おろし秋を人の裂きし小指の血のあと寒き
魔のまへに理想くだきしよわき子と友のゆふべをゆびさしますな
魔のわざを神のさだめと眼を閉ぢし友の片手の花あやぶみぬ
はたち妻
神にそむきふたたびここに君と見ぬ別れの別れさいへ乱れじ
神ここに力をわびぬとき紅のにほひ興がるめしひの少女
痩せにたれかひなもる血ぞ猶わかき罪を泣く子と神よ見ますな
おもはずや夢ねがはずや若人よもゆるくちびる君に映らずや
あまきにがき味うたがひぬ我を見てわかきひじりの流しにし涙
ゆく水のざれ言きかす神の笑まひ御歯あざやかに花の夜あけぬ
百合にやる天の小蝶のみづいろの翅にしつけの糸をとる神
ひとつ血の胸くれなゐの春のいのちひれふすかをり神もとめよる
わがいだくおもかげ君はそこに見む春のゆふべの黄雲のちぎれ
むねの清水あふれてつひに濁りけり君も罪の子我も罪の子
見しはそれ緑の夢のほそき夢ゆるせ旅人かたり草なき
野茨をりて髪にもかざし手にもとり永き日野辺に君まちわびぬ
しら梅は袖に湯の香は下のきぬにかりそめながら君さらばさらば
かづくきぬにその間の床の梅ぞにくき昔がたりを夢に寄する君
それ終に夢にはあらぬそら語り中のともしびいつ君きえし
夜の神のあともとめよるしら綾の鬢の香朝の春雨の宿
恋の神にむくいまつりし今日の歌ゑにしの神はいつ受けまさむ
くろ髪の千すぢの髪のみだれ髪かつおもひみだれおもひみだるる
『あらざりき』そは後の人のつぶやきし我には永久のうつくしの夢
のらす神あふぎ見するに瞼おもきわが世の闇の夢の小夜中
あえかなる白きうすものまなじりの火かげの栄の詛はしき君
紫のわが世の恋のあさぼらけ諸手のかをり追風ながき
そら鳴りの夜ごとのくせぞ狂ほしき汝よ小琴よ片袖かさむ(琴に)
そのなさけかけますな君罪の子が狂ひのはてを見むと云ひたまへ
いさめますか道ときますかさとしますか宿世のよそに血を召しませな
舞姫
くれなゐの襟にはさめる舞扇酔のすさびのあととめられな
さしかざす小傘に紅き揚羽蝶小褄とる手に雪ちりかかる
舞ぎぬの袂に声をおほひけりここのみ闇の春の廻廊
しろがねの舞の花櫛おもくしてかへす袂のままならぬかな
春思
夜の室に絵の具かぎよる懸想の子太古の神に春似たらずや
きのふをば千とせの前の世とも思ひ御手なほ肩に有りとも思ふ
歌は君酔ひのすさびと墨ひかばさても消ゆべしさても消ぬべし
夕ぐれの霧のまがひもさとしなりき消えしともしび神うつくしき
人の子の恋をもとむる唇に毒ある蜜をわれぬらむ願ひ
夏花に多くの恋をゆるせしを神悔い泣くか枯野ふく風
道を云はず後を思はず名を問はずここに恋ひ恋ふ君と我と見る
魔に向ふつるぎの束をにぎるには細き五つの御指と吸ひぬ
君さけぶ道のひかりの遠を見ずやおなじ紅なる靄たちのぼる
かたちの子春の子血の子ほのほの子いまを自在の翅なからずや
ふとそれより花に色なき春となりぬ疑ひの神まどはしの神
わかき子が髪のしづくの草に凝りて蝶とうまれしここ春の国
罪おほき男こらせと肌きよく黒髪ながくつくられし我れ
もろき虹の七いろ恋ふるちさき者よめでたからずや魔神の翼
酔に泣くをとめに見ませ春の神男の舌のなにかするどき
きけな神恋はすみれの紫にゆふべの春の讃嘆のこゑ
天の川そひねの床のとばりごしに星のわかれをすかし見るかな
金色の翅あるわらは躑躅くはへ小舟こぎくるうつくしき川
恋をわれもろしと知りぬ別れかねおさへし袂風の吹きし時
星の世のむくのしらぎぬかばかりに染めしは誰のとがとおぼすぞ
春の虹ねりのくけ紐たぐります羞ひ神の暁のかをりよ
ノート20170103




