読書/夏目漱石 『それから』 ノート210170313
夏目漱石 『それから』 感想文
①(プロローグ・代助登場)倦怠感な冒頭。長井代助は実業家の次男坊で独身・帝国大学卒・無職だ。実家からの仕送りで生活しているわけだが、書生・門野を置いている。読書と芸術鑑賞以外をしない高等遊民「貴族」だった。
②(恋敵・平岡登場)代助が老家政婦を雇ったばかりのころ、そこに、同窓の平岡常次郎が金を無心にやってくる。「庶民・労働階級」そのものである平岡は代助の暮らしを羨む、平岡には妻・三千代がいるそのあたりを紹介する。
③(主人公の家族)主人公の実家・長井家は東京・青山にある。維新で官軍についた藩の上士出身で小財閥をなしていだ。主人公・長井代助の家族は、父・徳、誠吾と梅子の夫婦、夫婦の間には誠太郎・縫子の兄妹がいる。代助は実家から月々の手当を受け暮らしており愛されている。父は豪放、一代で財をなした。末っ子である代助に甘い。兄は息子のように接し、兄嫁の梅子とは実の姉のようだ。代助は誠太郎とよくキャッチボールの相手をしていた。代助は自分と身の回りをする者たち数名を養うには十分ではあるのだが、親友の借金を肩代わりだけの資力はない。実家を訪ねて無心するのだがいい顔はされない。家族からの平岡の印象は悪い(事実その通りの人格と判ってくる)。父の言葉をして、平岡は遠地で一旗揚げようとして事業に失敗し東京に引き上げてきたことを紹介。梅子は代助に結婚話をさりげなく振ってきた。
④(三千代紹介)代助が洋書の処刑シーンを切り出しに(三千代と不倫して罰を受ける暗示)。もともと深窓の令嬢だったのだが実家は破産し親族は死に絶えた。天涯孤独。代助は、(実は元カノ)三千代が平岡と結婚する前から知っていた。三年前、親友・平岡に嫁いだ三千代は貧困のためやつれてしまった。
⑤(兄・誠太郎紹介)芸術家ダヌンチオが家の内装を赤と青に分けている逸話(恋と友情、貴族と庶民といった二極を暗示か)をイントロに。平岡夫妻の宿に出向き何かと世話を焼く場面。外国ビジネスマンとの交渉の間を縫い料亭で弟・大助と酒を酌み交わす兄・誠太郎。
⑥(代助と平岡の立ち位置)大助は、親友夫妻のため兄に無心をする。兄は自分の体験談で、金を無心してくる人は、案外自分で解決する(友人としてもいかがなものかときたと疑問視している様子)。代助の書生と家政婦に世話をされた日常で場面転換。そこからまた平岡夫妻の宿へ。晩酌をしながら、不労層代表たる代助と労働者階級代表たる平岡の立場を描く。
⑦(梅子紹介)代助は書生の給仕で自宅湯に浸りくつろぐ。代助の繊細な気質を示し、次に平岡との共通の同窓で故人の菅沼を上げその妹が三千代だと紹介。親友二人の出会いと、平岡と三千代との結婚の経緯を示す。そこから場面転換。代助は兄の家を訪ねる。平岡というよりは美千代のために、兄嫁に無心をする。ちょうど姪・縫子がピアノ練習をしているところで教えてやる。代助は教養としてピアノも修得していた。兄嫁と代助は腹を割って話す仲だが、返済期日を聞き返されて答えに窮した。
⑧(代助の倦怠感)兄の邸宅には電話があり、兄嫁に電話が掛かってきたので大助は帰りの市電に乗った。青山通りから市電に乗って神楽坂へと出る。神楽坂で外濠線電車に乗って、森川町にいる同窓の作家・寺尾宅を訪ねて歓談。それから自宅へ戻る。自宅へ戻ると兄嫁が、代助の家人を介して(平岡が無心した全額ではないが)二百円を都合しよこしてくれた。早速、宿にゆき三千代に渡す。平岡は金もないのに遊び歩いている。三千代は同情を誘っている。代助は倦怠の自宅へ戻ると書生が芝居に行こうとねだる。
⑨(実家)代助は、頭の上がらない兄嫁に呼ばれて、渋々父親に会う。いつもの長談義だけではなく(もう三十だ)これからどう身を処するのかと訊かれる。言葉に窮し困って引き下がると、兄夫婦は弟を優しく高価な葡萄酒でもてなした。弟は礼の代わりにピアノを奏でてやる。
⑩(代助宅)桜が散るころ。「貴族」代助と蟻のごとき庶民と頓珍漢な新聞と。スリと結託した警察官を責める新聞と薄給が動機と見抜く代助(社会悪だという不倫には動機があるという前振り)。アンニュイな生活に溺れる代助のもとに、三千代が訪れた。道ならぬ逢瀬が始まる。
⑪(平岡の記者就職と代助の選択肢)代助は同窓の作家・寺尾宅を訪ねる。翻訳仕事をやっている最中だった。会話の節で、平岡がさる新聞社主任記者の職を得たこと。妻帯していなければ海外勤務を嘱望していることをいっていて、三千代は針子を内職をしているようだ。その足で実家へゆく。兄嫁は自分と娘とを芝居見物に連れていくことを所望した。それから同窓生からの手紙が届く。代助のサイド・シナリオを演じている。田舎で林業をやる素封家で、家に閉じ込められた代わりに、今では町長にまでなっていた。
⑫(因数=ファクター)。作者が前章の末で因数という言葉をだした。兄嫁は家=モラルの引きとめ役、三千代は愛=不倫相手役だ。代助は自分に好意をもってくれる二天使の狭間に立って悩む図式になる。そんな代助のところに、兄・誠太郎が突然やってきた。兄は父親が話しをしたいという。しかし趣旨は話さず代助を動揺させる。他でもなく用向きは縁談。素封家でプロテスタントの令嬢が相手だ。兄嫁は代助にピアノを弾いてやるように注文した。
⑬(価値観の転換)もし馬鈴薯が金剛より大切になったら人間は駄目だ。父の怒に触れて仕送りが絶えるとすれば、金剛石を放り出して、馬鈴薯に噛り付かなければならない。償いには自然の愛が残るだけだが、愛の対象は人妻・三千代だ。――それから、代助は平岡の家を訪ねる。平岡がいないときは三千代目当てに、平岡がいるときは世間話をした。世間話では、社会が因数として打ち出した英雄・広瀬中佐、軍に豚を納める業者の不正といったものだった。冷めた平岡夫婦の関係。代助は三千代を奪いたい欲求に駆られる。
⑭(葛藤)「自然の児じになろうか、又意志の人になろうかと代助は迷った。」そのあたりを兄嫁を訪ねて訊く。すると意思の人の立場で答えた。家に帰ると三千代が訪ねてきた。すると自然の児になろうとする自分を見出した。そして平岡と離婚し自分と結婚して欲しいと切り出す。
⑮(第一の障壁)代助は、三千代と会い兄嫁と会って、自分の腹を決める。それから父親と対峙して縁談を断る。――自立と庶民への転落が方向付けられる。
⑯(第二の障壁)料亭で平岡と会い、三千代と不倫関係にあり、別れてくれるように説得。平岡は了承するが、大病を患っているから世間のモラル上、治るまで預かるという。その上で絶交を申し渡される。
⑰(エピローグ)兄が平生の顔で代助宅を訪れる。世間話をしてから病床の家長たる父の名代として引導を申し渡す。兄嫁の様子を訊くと泣いていたという。実家からの送金がなくなるので、代助は就職活動に入り市電に飛び乗る。障壁を乗り越えた愛の代償は大きい。――つづきは役名を変えて『門』の物語につながる。平岡の話はパニックを隠すための嘘で、時を経ずして、三千代を手に入れることになろう。他方、パラレルワールドとして、『こころ』のごとく、平岡(マーク王)ファクターが、代助(トリスタン)ファクターを死に追い詰め、自身も自決するというバッドエンドも成り立つ含みを残す。
ノート20170313




