読書/夏目漱石『文鳥・夢十夜』 ノート20170322
夏目漱石『文鳥・夢十夜』感想文1/2
.
表題作である「文鳥」「夢十夜」は、夏目漱石の私小説で、孤独な心境や深層心理を描いた作品だと思われる。
*
●「文鳥」007 頁
……可憐な文鳥を飼いだしたのはいいのだが餌を遣らずに死なせてしまう。家人は死なせてから庭に墓をつくったりむなしいことをする。著者は家人を激しく責め自分に迫る死と絡ませて悲しむのだが(――自分で世話をすればよかっただけの話)。
●「夢十夜」029 頁
……深層心理の世界。作品が発表されたあたりからフロイトとかユングが活躍してきた。
●「永日小品」065 頁
……〈元日〉楽しく虚子来訪。〈蛇〉叔父と一緒に鰻を捕りにいったら蛇がでてきた。後日叔父にいうと自分ではないという。〈泥棒〉泥棒が入った翌日、巡査がくる。盗まれたものは帯十点。コソ泥だった。〈柿〉強情張りで食いしん坊の与吉。喜ちゃんが柿をやるというと要らぬという。捨てると地面に飛びついてかぶりつく滑稽さ。〈火鉢〉団欒という言葉は火の温もり暖である。妻との会話だ。〈下宿〉パンを食べるわが子をみるとき、英国留学をしていたときの下宿にいた可憐な幼女アグニスが重なってを思い出される。〈過去の匂い〉著者が例の下宿屋にいたときアグニスという少女が石炭を運んでくれた。下宿屋は貧乏だった。いま自分の子をみるとき罪悪感が沸く。〈猫の墓〉『吾輩は猫である』のモデルだろうか、「文鳥」宜しく家人の不注意で亡くした。〈暖かい夢〉ロマネスクの大聖堂回廊をゆくと奏者たちがいてパッと消える。慌てて行方を捜すと吹き抜けの広間でギリシャの夢をみていたことに気づく。〈印象〉四階建ての家々が連なる不思議な町をさまよう幻想。〈人間〉巨人に捕らえられ猫の餌になる幻想。〈山鳥〉金銭の誤解があり青年から山鳥を贈られる。〈モナリサ〉モナリザの微笑の謎。〈火事〉火事だという騒ぎがあり消防ポンプ車がゆく。翌日そこにゆくと焼け跡はなく代わりに木立があって琴の音が聴こえた不思議。〈霧〉ロンドン。ターミナル駅からテート美術館にゆきすっかり道に迷った。〈掛物〉老人が思い出の掛物を売却。〈紀元節〉小学校のちょっと間抜けな教師が誤字をやって、紀元節の紀を記と書いた。自分が内緒で直した話。〈儲け口〉裁判で負けた商売人の話。要は借金を踏み倒すいいわけ。〈行列〉自身の子供たちがヴァイオリンを鳴らして行進する様。〈昔〉スコットランドの古戦場を訪ねて。〈声〉亡き母の声を下女の婆様が孫を呼ぶ声と間違う。〈金〉空谷子との会話。世知辛いということ。〈心〉鳥を捕らえて鳥篭に入れる。それから散歩にでると美女がいてフラフラついて小路をさ迷う。まるでさっきの小鳥のようだ。〈変化〉同窓が出世して満鉄総裁になり自分は作家になった。立場が変わっても友情は普遍。〈クレイグ先生〉ロンドン在住のとき四階アパートに住んでいたシェイクスピア研究者のエピソド。日本に帰国してその死を知る。
●「思い出すことなど」161頁
……01入退院の繰り返し。02著者の危篤と期を同じくして院長逝く。03『多元的宇宙』著者ジェームズ教授逝く。教授の兄弟に作家ヘンリーがいる。04学者ミュンステルベルク宅に盗賊が入り法廷で証言するときに供述が曖昧だった例。題「思い出す事」に重ねて。 05日記に俳句をつけていた時期がある。06青年期知人がくれた古書『列仙伝』の挿絵を見る。鼻糞を丸めて丸薬にして人をからかう仙人の話が印象に残った。07科学者ウォードが社会学にまで踏み込んで力学的という用語をつかうのが印象的だ。宇宙の中心に人間がいない。088月24日胃潰瘍病院入院したときのこと。09京都旅行。汽車の旅。英国人に乗り換え列車を訊かれ、英語をすっかり忘れたこと。さる皇族から講演を依頼されたこと。10体調不調で家で臥せっていると外は大雨。11安否を気遣う妻からの長い手紙や電話で自分の死期を悟る。12風呂場の壁に新聞が貼ってあった。素人落語〈裸連〉の宣伝があり興味をもつ。13漱石吐血し妻の服を汚す。14吐血。医師が危篤と見誤って妻に子供に会わせたらといった。実はきいていた。15生死の狭間での心境。16あと一回吐血したら危険だとモルヒネで咳を止められた。17九死に一生を得て退院。スピリチャルと科学との比較。18闘病での激痛について。19闘病生活中、命じられなければ下女はこない。しかし旧友たちは遠くから出向いて見舞ってくれた。20ドストエフスキーの持病・癲癇と、漱石が昨今の闘病ヤマで幽体離脱したこと。21ドストエフスキーが法廷で死刑とシベリア流刑との狭間に立たされたことをわが身の後戻りと比較する。22葬式行列と喪服の女の夢。23医療関係者は仕事として自分を看護してくれるのだがそこにも優しさはみいだせる。24実家に五六十服の掛け軸があって子供のころからよく観ていた。子供には色のついた南画が魅力的だった。大人になってくると水墨画も理解できるようになった。そういうわけで多少とも審美眼というものができ画家の名前に惑わされて絵の良し悪しといものをしなくなったのだ。25三人の子が見舞いにきて手紙をくれた。庭の猫のお墓に自分の全快祈願をしているのだという。26快調となり注射数が減り葛湯から粥になるまで。元気になってくると腹が減る。27学者オイッケンの書籍『精神生活』の感想文。世俗を離れ精神的健康を主張しているらしい。28学生時代に世話になった修繕寺の和尚に西へ向かう運命だといわれた。その通り四国、九州、英国へとむかった。大病を患って学生時代に患ったときのことを思い出した。29入院していたころ、戻って来いとばかりに、鐘ではなく修繕寺の太鼓が鳴った(鼓動の比喩ヵ)。30季節は春から秋へ。長い闘病生活は三つの春を巡り秋になっていた。31若いときに二人の兄をなくしたこと、長寿を保ったスチーブンソン『ヴァージニア・ピアス』の三つ子の魂百までといった言葉の反論。大病して人生観が一変したこと。32ハイネが英国を去るときに郷愁を覚えた。自分は普通に感じた。病院を去るときは自身の葬式の夢のような感じで興味深く思った。33初めて病院で正月を過ごしたとき、末期癌患者が、医師の前で空元気をし、女房を殴る蹴るの暴行を加えたという話を看護婦から聞かされた件。 ――(感想)死期が近づいているのを感じて記した回顧録で、文芸・科学・哲学といった洋書の引用、自作の俳句や漢詩を織り込んで知識人としての素養を著す。純文とか文芸という言葉は、こういうものなのだろう。
*
夏目漱石『文鳥・夢十夜』感想文2/2
.
●「ケーベル先生」269頁
……お雇い外国人でドイツ人の恩師を訪ねたときのこと。貴族であると思われる、この先生は日本での生活が気に入った。しかし帰国したら二度と戻ってはこないといった。その言葉をポウが同じく述べているので心のうちで重なった。――学生時代の回顧録。
●「変な音」277頁
……二度の入院で、隣室から気味悪い音がして気になって仕方がない。退院する際に謎解きされる。ある患者が髭剃りナイフを革で研ぐ音と、また別の末期の患者が看護婦に頼んで大根を卸させるた音だった。掌編ミステリになっている。
●「手紙」287頁
……重吉という書生がいて、述者の妻の遠縁と婚約した。鷹揚な性格で夫妻に愛された。その彼が遠地に就職した。結婚する気配がなく、まだ遊んでいたいというような葉書を送ってよこした。妻の親族には柳町通いで梅毒になった夫に染された女性がいる。もちろん離婚。そういうことを案じた述者が、重吉のいる下宿にゆくと恋文があってついつい読んでしまった。そういうことじゃ破談だな。と切り出すと、重吉は待ってくれといった。そこで述者は、未来の花嫁のために金を預かるから自分に送金しろ。結婚したらまとめて返してやるといってやった。それで毎月送金してくるようになったのだが、二ヶ月までは十円、三ヶ月めに七円に減じた。妻は生活に支障をきたしているのだろうといったが、述者にはどうして三円減ったか検討がついている。――上中下の三節構成からなる軽妙な短編。
了309頁
夏目漱石 『文鳥・夢十夜』 新潮文庫1976年
初出「文鳥」1908、「夢十夜」ほか1910
ノート20170322
夏目漱石 『夢十夜』 1908年
.
小説というよりは詩。あるいはメモのような、幻想的な夢世界を描く掌編群である。黒澤明監督が本作に着想を得て映画化(1990年)している。
.
【粗筋】
.
第一夜
「自分」は想い人の臨終を看取った。その遺言に従って、貝殻で穴を掘り砂浜に亡骸を埋めた。その人は百年経ったらまた逢いに来ますといった。思えばそれから百年が経った。
.
第二夜
寺の和尚と禅問答をしてやりこめられ煩悩を責めて悔しがりつつ目が覚めた。
.
第三夜
百年前、前世の「自分」が殺めたわが子を背負っている夢。最初正体が判らぬが道をゆくうちに悟る。
.
第四夜
「自分」が老爺の家を訪ねて馳走になる。老爺が童子を伴って川原にゆき歌を歌うように手ぬぐいが蛇になるといって、笛をふいたがならず、箱に入れればあとでなるというので期待してついてゆくのだが蛇にはならない。やがて老爺は川に入り、向こう岸に着く時には蛇をみせるかと思いきや、そのまま出てこなかった。
.
第五夜
神代、「自分」は敗軍の将となって処刑されることになった。死ぬ前に恋人に会いたいという願いが敵将に聞き入れられる。話をきいた恋人が白馬に乗って駆け付けてきた。しかし天探女が、一番鶏の鳴き真似をして邪魔をした。恋人は白馬もろとも崖から落ちてしまった。
.
第六夜
運慶が護国寺山門で仁王像を彫っている。観衆のなかにいた「自分」の横に、彫っているのではなく、木に埋もれている仁王を掘り上げているのだ。そういうので、「自分」は戻って真似したが同じようにはできなかった。
.
第七夜
コンパスでも天球儀でもなく、陽を頼りに航行する船。不安にさいなまれた「自分」はついに甲板から身を投げた。途端、後悔するのだが、船は遠く離れ、身はスローモーションで海中深く沈んでゆく。
.
第八夜
「自分」は喧騒の街路から床屋に入った。床屋の親爺が金魚をみたかと訊ねたのでみないと答える。散髪を終えて通りにでると金魚屋がいた。しかし金魚売は人形のように動きを停めている。ストップモーション。
.
第九夜
童子の姿をした「自分」。母親が御父様はと訊いてきたので適当なことをいった。そのうち母親が気をもんで「自分」を負ぶって神社にお参りした。実は父親というのが侍でとっくに浪士に斬られていたのだ。――という話を母親される夢をみた。
.
第十夜
町一番の美少年・健太郎は水菓子屋で注文しなんとなく女性を眺めるのが好きだった。美女が同席した。そこに豚が突進してくる。美女に言わせると豚に腕を舐められたら命がない。一匹めをステッキで叩く。鼻をぶったらコロリと倒れた。それから豚の大群が押し寄せてきて、ついに力尽きる。――語り手の健さんはオチをいわなかったのだが、少年が被っていた帽子を所望しているといったので、たぶん亡くなったのだろうと「自分」は考える。
.
【所見】
この話。文豪・夏目漱石が描いたから面白いのであって他の作家がまったく同じに書いても読む人はそうはいまい。33(30~63)頁×37字×16字≒原稿用紙40枚。1話4枚×10編。




