読書/竹内優 『野口雨情』 ノート20160826
竹内優
『野口雨情――モンゴル訪問と信仰の世界――』
文芸社2015年
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帯紙から
「七つの子」「シャボン玉」「赤い靴」などの動揺を作詞した雨情は、樺太、朝鮮半島、満洲、台湾の各地を来訪し、1926(大正15)年にはモンゴルの活物と会見している。――雨情と宗教・信仰との結びつきを、新しい角度から論考した画期的な作品。
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野口雨情(1882・明治15-1945・昭和20)の生家は、茨城県北茨城市にある、福島県いわき市のすぐ南の町だ。水戸徳川家の別邸を買い取ったという木造二階建ての瀟洒な名建築を母屋とした、素封家の人。岡倉天心と横山大観以下の弟子たちが大挙してアトリエを構えたところで、風光明媚なところだ。東日本大震災の際には、横山大観だったかのアトリエ・六角堂が流されたが、波打ち際わずか十メートルかそこらの差で津波被害を避けている。
本著を読んで、詩人が、大日本帝国の時代その勢力圏であった大半の地域を旅していたことが判った。旅する詩人の作品群だ。
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樺太編
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ススヤ(※島名)、リウドカ(※島名)、
沢辺の楊
走り霜にも葉がしぼむ
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海馬は海馬島に
おつとせいは敷馨東の沖の島
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1906・明治39・07-10.24歳のとき報知新聞特派員として樺太旅行。
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満洲編
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満洲ぶし
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毎夜毎夜に 満洲の月は
ひろい野原の 中に照る
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ひろい満洲に み空の星と
思ふお方は ただひとり
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赤い夕陽をつくづく眺め
遠い蒙古か あの空は
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泣いてくれるな 松花江さへも
水も流れて 海に入る
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逢いたさや見たさは 満洲も同じ
雪の野原も 越えて来る
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雪の満州(※原文ママ、以後「州」で示す)
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満州は 見渡す
雪の原
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遙かに露西亜の
国続き
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吹雪の中ゆく
トロイカや
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ペチカの 焚く日は
とろとろと
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一月 二月も
まだ おろか
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桜が咲いても
雪が降る
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ニャンニャン祭り(満洲みやげ)
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こっちの家も
ニャンニャンだ。
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あっちの 家も
ニャンニャンだ
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ニャンニャン祭りで
みな留守だ
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親豚と子豚
子ぶたと おやぶた
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畑ではだしで
あそんでる
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豚にも おみやげ
買って来な。
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ニャンニャンとは漢字で娘々。娘々廟に祀られている九天玄女という女神だ。西王母の娘で西華の宰相である。
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トロイカ
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ここはどこだろ
満洲里か
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満洲里ならばさうならば
支那と露西亜の
国境ひ
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向ふ来るのは
トロイカか
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トロイカならば
さうならば
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早く帰れよ
西比利亜へ
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満洲里は現中国領となっている国境の町。トロイカはロシア人の乗る馬車のことだ。
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1926・大正15-昭和1、44歳。『幼年倶楽部』童謡発表、若山牧水主催『詩歌時代』童謡欄選者、『おさんだいしょさま』紅玉堂、『蛍の燈台』新潮社、『少年倶楽部』童心句選者。9・10月、満洲旅行。
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また、詩人は、コピーライターでもあった。世にでなかった作品というのがあるので、ここでご紹介しておこう。
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資生堂石鹸
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野口雨情
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淡雪の如く
泡たちて
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肌なめらかに
薄みどり
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名もなつかしき
資生堂
たぐひまれなる石鹸は
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ほのかに匂ふ
春の日の
深山櫻の
それなりや
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1930・昭和5。
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蜂のお酒
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野口雨情
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甘い葡萄の
お酒を飲んぢゃ
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蜂は働く
よく稼ぐ
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甘いお酒は
葡萄の實から
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蜂は葡萄の實にとまる
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蜂の飲む酒
葡萄のお酒
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蜂は働く
よくかせぐ
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『読売新聞』1929・昭和041028夕刊 合同酒精・蜂ブドー酒の宣伝、読売新聞。
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感想
雨情はキリスト教徒で若いときは新聞記者もして社会主義にかぶれていた。革命にあこがれ、新聞条例にひっかかり、獄につながれたこともある。ところが明治時代末に後に大正天皇となる皇太子が北海道を来訪すると随行記者となって政治色を薄めるようになった。――日本人くさい日本人。古い感覚もあるが、実際にその地を旅してつくった詩。当時はモダンとしたのだろう。
ノート20160826
東京井之頭公園に詩碑もある、野口雨情は童謡の作詞家として著名で、『赤い靴』『シャボン玉』『七つの子』なで知られている。その人には旅行家という一面もあった。また本書には未公開CMソングまでつくっていた(コピーライターでもあったのだ)。楽しい!




