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もう一度妻をおとすレシピ 第6冊  作者: 奄美剣星
掌編小説
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掌編小説 鬼撃ちの兼好/地底の女神・波利采女 ノート20150816 

 富国強兵・殖産興業。

 近代日本の合言葉。

 ああ、そうそう、それからついでに、

 和魂洋才なんて言葉もあった。

 東北の片田舎・潮騒郡に石炭が発見され、内務大臣の陣頭指揮のもと、港湾・鉄道といった欧米文明の粋を集めたインフラが整備され、ちょっとした工業地帯ができあがった。木造洋風建築の郡役場は、郡域の北に寄ったところにある。代わりに中央にあるのが谷間に開けた白水村だった。

 白水神社。

 市街地の西側に連なる山々・南北山地。――本来はそこから日本海溝にむかってエナジーが放出されていたのが、坑道採掘で切断された。エナジーすなわち〝気〟が流れる道を〝地脈〟といい本来は無害なエナジーなわけだが、途中で坑ができたために、氾濫が起きてしまった。

「――兼好君、すると、坑道に出没する幽鬼は暴れまくるエナジーということかね?」

「まあ、そういうことですよ、内務大臣閣下」

 それにしてもだ。

 よく手入れした口髭を生やし、オーダーメードのスーツにシルクハット姿の大臣は、田舎にある白水神社社務所応接室に置かれたリビング・ソファに腰を下ろしてから、給仕にきた兼好と呼ばれた青年の〝ヨメ〟である巫女をみやった。

「内務大臣閣下、どうなさいましたか?」

「いや」

 大臣は、小籠に入った御茶うけの井村屋ビスケットと、英国製白磁ウェッジウッドの金縁ティーカップに注がれた紅茶・ジャクソン社製アールグレイを飲み干すと、神社境内から百八段の階段を下っていった。そのときいままで黙っていた随員の次官がいった。

「――安倍晴明以来の天才ときいていましたが、二十を超えたばかりの若造ですしたね。しかも洋風かぶれの俗物。幼な妻である巫女に〝猫耳〟〝尻尾〟ゴスロリ・メイドファッションをさせたド変態野郎」

「次官、素直にうらやましいといいたまえ」

 内務大臣は豪胆だが人の心の内を見透かす一面も備えていた。――真面目だが虚勢をはる次官の心中など看破してしまう。

「うらやましいです!」

「よろしい。政治の場を離れたら素直が一番だ。〝事件〟が解決したら吉原で一杯やろう」

「ありがたき幸せ」

 二人は、石段を下りきったところにある鳥居のむこうに待たせていたリムージンに乗り込むと、東京へ帰った。


 轟……。

 作業員運搬用トロッコ列車が下り坂の軌道を走り降りていった。

 どこまでも続くトンネルだが、照明には、ときどき人影が横切り、列車は連中を跳ね飛ばすかと思いきや、半透明な身体をしたその連中を通り抜けてゆくことになる。

 人影の正体は〝幽鬼〟だ。

 幽霊と異なるところは、人が死んで異界にゆく者のではなく、はじめから異界に精霊として生を受けた者といえる。ふつう人には無関心。しかし地脈を切るという禁忌の所作を受けると祟りがある。

 龍穴。

「――神主さん、なんだね、それ?」

「地脈を送電線とすれば変電所みたいなところで、ここの真上・白水神社のある白水谷はまさに潮騒郡における龍穴ですよ、社主」

 地下三百メートルというあたりか。トロッコが停まった平場は、赤煉瓦のアーチのある広い空間で、停車場が設けられている。一行が照明されたそこで降りた。天上でブーンブーンと鳴っているのは、通気用のファンだ。

「宮司さん、うちの炭鉱夫たちがみた幽鬼と関係があると?」

「もちろん」

 烏帽子に狩衣姿をした二十代半ばの宮司・吉田兼好。――名前は、教科書にも載っている随筆『徒然草』で有名なご先祖様から頂戴してつけられた。吉田一門は中世に、神道あっちの分野を牛耳って全国津々浦々の神社の神主になった。

 作業着にヘルメット姿の鉱山主と現場監督は、早速、一風変わった儀式を目にすることになる。

 若い神主と巫女はそれぞれジュラルミン製スーツケースを持ちこんできた。 ――なかには組み立て式の祭壇キットが詰められていて、二人は慣れた手つきで瞬く間にセットした。

 それにしても。

 巫女の格好ときたら。

 〝猫耳〟〝尻尾〟エプロンつきのメイド制服ときていた。

 社長と監督が、「大丈夫かね?」と真面目に問いただそうとする間もなく、兼好はプラットホームの床にチョークで五芳星〝晴明紋〟を描いて、二人に、図の真ん中にできた五画形に入るようにいった。

 なにがなんだか判らん、といわんが顔で、鉱山主と現場監督が指示に従った。


 若い神主は、足を引きずるような奇妙な踊りを始めた。脚を引きずるようにしながら、ジグザグに歩くのだ。

 禿頭の鉱山主が、神主の幼な妻である巫女に、

「神主さんはなにをなさっているのだね?」

 ときいた。

 ゴスロリ衣装の巫女が、ピョンと跳んで、社長たちと同じ五画形の中に入った。その際、スカートがふわりとなって、フリルのついたシュミーズとカルソン、それからハイソックスを吊ったガータベルトがみえた。

 これは目の保養。

 兼好の〝ヨメ〟である少女が答えた。

「兼好がやっているのは禹歩。――治水すなわち竜脈を鎮めるため脚を痛めたという中国聖天子にあやかっている。ふらふら歩きながら、船の舵輪みたいな山王紋を描いている」

青年が、みえない図を描き終えたところで、

「蘇民将来」と唱え、

 UUUUU……。

 と咆哮する。

 蘇民将来は鉱山を統べる山王神のうちの一柱だ。

 旧約聖書にある、「汝みだりに神の名を呼ぶなかれ」とあるわけだが、神の名とはこの意味不明な雄叫びそのものなのだ。別に用意された神々の尊称は一般人が偶発する〝事故〟を未然に防ぐことを目的としている。

 五芳星結界に隠れている社長がきいた。

 召喚されたのはインド女性のような薄絹のサリーを身にまとった波利采女はりさいにょだった。蘇民将来の娘にあたる女神で、下半身が蛇の姿をしていた。

 女神がきいた。

(そなたの名は?)

「チャーリー・チャップリンと申します」

 もちろん適当につけた偽名。――うかつに本名を名乗ると神霊は召喚者を異界にそのまま連れていってしまうからだ。

(ちゃーりー・ちゃっぷりんうじ。――して、ワラワを召喚した理由は?)

「この坑道を築きし者が、地脈と知らずに傷つけてしまいました。さぞかしご迷惑をかけていると思います」

(難儀じゃ。このままでは鉱夫どもは、最後の抜け道まで切ってしまうことじゃろう)

「ではこうしましょう。最後の石炭鉱脈が一本だけ残っています。それにだけは地脈を傷つけし者どもに手をつけさせぬと確約いたします」

 下半身蛇で浅黒い肌を女神は、薄絹のサリーで上半身・巨乳近辺を覆い、頭・鼻・耳・胸・腕を黄金装身具で飾っていた。

(その点は承知した。しかし……)

「しかし? ああ、あれの件ですね――」

 女神は兼好のそばによってくると、切れ長の目を細め、片頬を彼のそこに重ねて、耳打ちするようにいった。

(そう、あれの件)


 しばらくして。

 石炭鉱脈がまだ残っているのにも関わらず、鉱脈に沿った坑道の一つが爆破によって閉鎖されることになった。その際、立ち会った若い宮司は、S&W拳銃に銀弾を装填し、〝蘇民将来〟の呪符を撃ち抜いた。

 地底の女神に、契約の履行を報せるためだ。

 地脈は残されたが細くなった。

 そのあたりの代償……。

 鉱山主には跡取り息子がいたのだが、孫を得ることができなかった。つまり〝お家断絶〟。地底の女神が生贄を求めたのに対し、若い宮司は妥協案を示したわけだ。――そのあたりの事情を、内務大臣には報告したが、鉱山主にはいわなかった。

 吉田兼好。

 神霊との交渉人。

     END

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