掌編小説 逆鱗の『パナマ文書』ノート20160418
1820年ごろ、ワーテルローの戦いで敗北したフランス皇帝ナポレオンが流刑地で『韓非子』を読み、「もっと早くこの書に目を通していたら余の運命も変ったのだろうに」とため息をついたのだという。著者・韓非は、紀元前230年ごろにいた中国戦国時代末期・韓王国(※現在、半島にある韓国とは無関係)王族にして儒教の一派・法家の大家だ。どもり癖であったのが禍して、朝廷に重きを置けなかったがゆえに、思想を書籍に著したのが『韓非子』だ。ナポレオンも当然読んでいたであろう15・16世紀、イタリア・ルネッサンス時代の外交官マキャベリが著した『君主論』に匹敵する書籍だ。――皮肉にも、同書は韓王国に敵対していた秦王国に渡り滅ぼされることになる。韓王国を皮切りに列強を次々と倒し中国を統一したのが始皇帝で、秦王国は帝国へと昇華した。
『韓非子』の一節にこんなくだりがある。
「龍はうまくてなづけると背中にのせてももらえる。けれども、喉に一枚だけ、逆さに生えた鱗がある。迂闊に人が触ると、怒り狂い、殺してしまう。君主にも同じように逆鱗がある。臣下が王に意見をいう場合もそこのところをわきまえるのが肝要だ」
昨今、『パナマ文書』なるものが南ドイツ新聞に持ち込まれ、大騒ぎになっている。槍玉に挙げられている主要人物は、英国首相キャメロン、ロシア大統領プーチン、中国国家主席・習金平……。AIIB参加国と『パナマ文書』をマップ化して重ねてみるといい。参加国の元首たちでは?
AIIBとは、アジアインフラ投資銀行〝Asian Infrastructure Investment Bank〟の略称で、中華人民共和国・習金平国家主席政権が2013に提唱したアジアむけ国際金融機関のことだ。アメリカが拒否権を持ち米国企業を優先する国際通貨基金(IMF)や世界銀行、日本が主導しつつアメリカが絡んでいるアジア開発銀行(ADB)と内容が酷似し、アメリカ主導の国際秩序体制に挑戦する格好だ。
ふりかえってみると。
1980・90年代、アメリカは自動車輸入の不均等の不満から日本を標的に叩きまくった。そのころ、どういうわけだかスキャンダルが起きて首相がころころ入れ替わる。2000年代では民主党がでてきたがアメリカに盾突き自滅した。その間に中国が経済大国として台頭する。
2000年前後から中国が領有を主張する島々が不自然に南へ突出した感じの図になって、日本から産油地帯を抜けて欧州に至る海上物流ルート・シーレンをも脅かしだした。そのタイミングで中国側は太平洋を二つに割って、西半分をこっちによこすようにと切りだした。
紀元前470年ごろ、中国春秋時代呉王国に仕えていた思想家孫武が著した『孫子』によると兵力というものは使うよりもちらつかせるほうが効果的だといっている。AIIB――新しい王様と神輿をかつぐ諸侯たち。王様はその兵力をちらつかせた――しかし相手が悪かった。……背伸びしてどうにかの体面を保てるようになったと思っていたら、むこうは本物の龍=皇帝だったのだ。
軍事力比=王様1:皇帝6
経済力GDP比=王様10(大嘘で実質3未満!):皇帝17
王様の国は、軍事機密・宇宙センター技術・基幹産業情報をサイバーで盗み出していたことに対して皇帝側近たちは、こちらもその気になれば相応のお返しはしてやる息巻くようになってきた。逆鱗に触れたのだ。だが……。謀略に長けた龍は超絶した軍事力に頼んで暴れず火を噴かずに、冷ややかに〝草(CIA)〟を放った。税金逃れを斡旋する会社が置かれた運河の国は独立国ではあるのだが、帝国の息がかかったところ、いわば〝親藩〟。集まった機密情報を手許に入れることなぞお手の物。それが匿名でドイツ・マスコミに持ち込まれた、という経過をたどる。
実のところをいうと、王国は大戦後に無理矢理併合したチベット、従来からいた少数民族王国が多数ありよく暴動を起こしていた。加えて軍閥化しつつある軍部各位が中央政府に口を挟む。民主勢力もいる。……そして王国の歴代王朝を崩壊に至らしめてきた秘密結社・宗教勢力が勢力を拡げ、慢性的に不満をもった臣民たちに接近しだした。
王国の重臣たちは、御用商人からの莫大な賄賂で巨万の富を蓄えていたので、王様はときどき、羊の群れから一頭を選んでワニに与えて河を渡るがごとく、幹部の不正を暴くといって、臣民にいいところをみせてやり喝采を浴び、権威をどうにか保っていたところで、怪文書『パナマ文書』が飛び出してきた。
AIIB王国に臣従した侯国はもとより王国は上を下へをの大騒ぎとなり、王様の面目まる潰れ。
「王様、王様。臣下・臣民の脱税は許さないっておっしゃてましたよね? 王様も同じことをなさっていたとは!」
「ええい、うるさい、黙れ、外部からのネット情報を遮断しろ」
しかし人も数集まればそのぶん耳と口があった。ついこないだの好景気が一転して恐慌状態になっている王国の臣民たちは爆発しようとしていた。
「王国に臣従した北の君侯がヤバいんだってよ。西の君侯は失脚したんだそうだ。――綺麗ごとをならべていたうちの王様も裏じゃやっぱり私腹を肥やしていやがった。取り巻きの大臣たちもグルだったのかあ。皆の衆、クーデター用意……」
こうして龍の帝国はAIIB王国に戦わずして勝った。
さて日本だ。
民進党(当時の民主党・維新の党)、日本共産党といった政党、朝日新聞・毎日新聞だったか、AIIB王国の版図に加われ、バスに乗り遅れるなと声高々に叫んでいたような。――やはり、あなたがたは、日本国民の耳じゃなくて、王様の口だったのだね。……その口車に自民党政府の日本は乗らなかった。帝国を江戸幕府に例えるなら日本は譜代藩だった。ところが今回の逆鱗騒ぎで、筆頭外様藩になびいた親藩・譜代藩がお仕置きされているのを尻目に、日本は譜代藩から親藩に格上げされたらしい。
ノート20160417
フィクションです……たぶん。