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ザ・タワー  作者: 蒼原悠
1/6

第一夜



※本作に登場する建造物は、実在する建造物とは一切関係ありません。

ご了承ください。






挿絵(By みてみん)







『「──やっぱりあれ、人影ですよ! ほら、明らかに人の形をしてるじゃないですか!」』


『「いや、だとしたらおかしいでしょう! どう見たって大人の背丈じゃない! あんな場所に立ち入れるはずがない!」』


『「接近できます? 写真を撮影します!」』


『「まっ、待て! さっきから視界があまり良くないんだ! 接近は危険ですよ!」』


『『ガギンッ!!』』


『「うわぁあっ! 何ですか、今の揺れは!」』


『「──計器が、計器がおかしい! 動かないだと!?」』


『「ちょっ……どんどんビルに向かっていきますよ!」』


『「まずい! このままだと、ビルに衝突する!」』


『「あっ、機長さん見てくださいっ! ローターが欠けています!」』


『「こっちもだ! 出力低下があちこちで起こっている! ああ……やばい……!」』



『「……機長さん、あの女の子、手招きしてますよ……。こっちへ来い、って言ってるみたいに──────」』



『プツ……ン』






◆◆◆





「これで、再生は終わりですな」


 そう言ってDVDデッキの電源を落とした刑事に、向島友美は尋ねた。「この直後だったんですか。ヘリが墜落したのは」

「ええ。あのビルの縁を掠めた拍子にローターが粉々に吹き飛びましてな。揚力と推進力を失ってどーん! って感じだったそうで」

「他に、何か証拠になりそうなものは見つからなかったんですか?」

「そこが不思議なとこなんですわ。録音(フライトレコーダー)にあったような計器の故障は、実際に事故現場から回収された事故機からは確認されていないんです。ついでに、ローターもまだその時点では壊れていなかったとかで」

「そうなんですか……」

 肩を落とした友美の様子が、不憫にでも思えたのだろうか。刑事──本所真人は彼女にぎこちなく笑いかける。

「いやね、我々としても嬉しいんですよ。神奈川の方で同時に起こった大地震にみんな気を取られてて、メディアもあまり取り上げてくれなくてね」

「そうだったんですか?」

 友美は小さな窓から外を見た。小さな住居の密集するその向こうに、巨木のように聳え立つガラス張りのビルがある。

「事故の意外性は下手するとそこいらの事件よりも上ですし、知名度も高いんですがね。このご時世、地震のニュースの方が驚かれますわ。震度6弱で死者まで出たって言うじゃないですか……。まあ、あまりにあっさりと話題が逸れたので、ちょっと当てが外れたような気になってたんですわ」

 再発防止に努めるのも警察の役目ですから。そう言うと、本所も向島にならって外を見る。


 あの景色の下では、いったいどれほどの人が蠢いているのだろう。

 少し曇った空の放つ光は、友美の目には少し白々しかった。

「これから、どちらに?」

 尋ねられ、暫し考える。今日はこのまま、社に帰ろうか。いや、でもこれから先特段仕事が詰まっている訳でもない。

「少し、町の人の話を聞いてみたいと思います。今日はこれで」

 会釈すると、本所も丁寧に返してくれた。




 向島友美は、ここ東京でもそこそこの購読者層を誇る全国紙・産建新聞を刊行する、産業建設新聞社の記者である。

 今は、仕事は充てられていない。二日前から有給休暇を取得しているため、向島は自由だ。もっとも、今の格好は記者として活動するときのままではあるのだが。




 電車で一駅乗ると、そこにはまるで別世界が広がっている。

 改札を出た友美は、思わず感嘆のため息を吐いた。

 灰色の足場や重機に囲まれ、巨大な建造物が視界を覆っている。

 あらためて見ると、その大きさは凄まじい。


「…………これが、イーストライズタワー……」

 友美は、ぽつりとそう溢した。



 イーストライズ東京。

 東京都墨田区で建設中のその建物は、オフィスやホテル、住居、文化・公共施設、病院、果てはスポーツ施設まで、都市機能の何もかもを集約させた複合施設だ。

 延床面積は驚愕の四十万平方メートル。その目玉施設は、日本最大を高らかに宣言する地上高三百八十メートルの超高層ビル『イーストライズタワー』だった。

 建設中の段階で既に多くの人々の注目を集め、その技術力の高さに諸外国の建築家たちも見学に訪れるほどだという。この区にとっては、新たな目印(ランドマーク)となる塔となるのである。



 それは、今より遡ること五日前の事だった。

 最上階までの骨組みが完成したイーストライズタワーを取材しようと向かった産建新聞社のヘリが、異常接近によりタワー外壁に衝突し、墜落したのである。

 深夜の出来事であり、地上には誰もいなかっため人的被害の拡大は免れたものの、搭乗していた二人は即死だったという。しかもこの時同乗していた記者・菊川礼治は、友美の同期の友人だった。

 単なる事故と警察は見ているが、友美は納得できなかったのだ。なぜなら、こんな噂が流れていたからである。


『ヘリは、幽霊に墜落させられたのだ』

 という、噂が……。




──あの人、あんな高さから墜ちたんだ……。

 未完の摩天楼を見上げると、太陽がギラリと反射する。友美は目を細めた。

 さっきの音を聞く限り、幽霊が云々という噂は強ち間違ってもいないのかもしれない。だとしたら、その幽霊とやらはあの遥かなタワーの頂上に現れたのか。

──私、そういう話には詳しくないけど……超高層建造物に幽霊だなんて、ちょっと場違いな気もするんだよね……。

 あれだよ、建物が新しすぎるからだ。幽霊って普通は、取り残された建物とか廃墟に棲みつくモノなんだろうし。それが建設中の建物にいるだなんて。

 もしそれが本当なんだとしたら、相応の理由があるんだろうけど……。


 その“相応の理由”を探るために、今日はここに来たのだ。

 こういう話は、警察なんかよりも市民の方がよく知っている。タワーの足元で暮らす人々に、友美は取材を仕掛けるつもりだった。

 さっそく、前から歩いてくる品の良さそうなお爺さんに友美は駆け寄る。メモ帳を片手で取り出しながら、声をかけた。

「すみません、産建新聞の者なのですが。少々お時間よろしいでしょうか?」

 お爺さんは一瞬目をしばたかせたかと思うと、すぐににこやかに笑った。「何ですかな」

「あのタワーについて、お訊きしたいのです」

 ボールペンでタワーを指差すと、ああ、とお爺さんは納得したような声を上げる。当たり前だが、タワーの事はちゃんと認知しているようだ。

 ならば、本題に移ろう。

「幽霊が出るという噂は、ご存知ですか」

 お爺さんはまた目を丸くする。その口が、ぱっと開かれた。

「はっはっははは!」

 そのまま、笑い出す。

「…………?」

 友美は思わず一歩引いた。どうして笑っているのか、全く分からなかった。

「記者さん、そりゃないでしょう!」

 一頻り笑ってしまうと、お爺さんは友美の肩をぶっ叩く。いた、と友美は小さく声を吐き出した。

「おおかた、あのヘリ事故の時に流布したあの噂でも小耳に挟まれたのでしょう?あり得ませんよ、幽霊なんているはずがない」

「どうしてです?」

「簡単ですよ」

 振り返りざま、お爺さんはタワーを見上げる。雲をも突き抜けそうな高みから、その尖端が友美を見下ろしている。

 ふふ、と笑みが漏れた。

「この辺りで、あのタワーの完成を喜ばない者なんていませんからな。否定的な声なんぞ、聞いたこともありませんわ」



 実際のところ、お爺さんの言っていたことは正しかった。

 その後も友美は取材を続けたが、何人当たっても返ってくる答えは同じ。そしてみな、あの開発事業に肯定的なのである。

 仕事帰りのサラリーマンは、草臥れた背広をいじりながら笑った。「あれができるってんで、最寄り駅に優等列車が停まるようになりましてね。駅からのアクセスも良くなったし、僕なんかはもう利益を享受していますよ」

 売り切れの看板を出してシャッターを下ろそうとしていた店主は、妙ににやけながら語った。「駅とあのビルの間に、うちの商店街があるでしょう。来場者さんの多くがここを通るんで、我々としても店に入ってもらえて嬉しいんですよ。現に最近、売り上げは着実に伸びてるんですわ」

 イーストライズ計画は、地域まるごとの再生とより一層の発展を掲げる計画だと聞いた。実際に話を聞いてみると、その魅力にいかに多くの人が取り憑かれているかがよく分かるのだ。


──これ、本当に幽霊なんていなさそう……。

 ずっと気張って取材を続けていた友美も、さすがに疲れてしまった。こうも手応えがないのでは、しょうがない。

 だがしかし。そうだとしたら、どうして菊川は死んだ……否、死ななければならなかったのだろう。あの時見たのは、何だったのだろう。

 分からない。

 分からない。

 分からない事だらけだ。


「……今日はもう、帰るかな」

 夜景をガラスに反射させて輝くタワーをぼうっと眺めながら、友美は呟いた。

 そうだ、まだ日はある。有給休暇が終わるまでまだあと一週間、その間に手がかりを見つけられればそれでいい。そう思って、駅へと歩き出そうとした。


 その時だ。

 誰かに、呼び止められたのは。




「……もし、そこのあんた」


 しゃがれた声。

 聞き覚えはない。

「?」

 友美は振り返った。工事現場のフェンスの所に小さな机が置かれ、妖しげな格好をした老婆が腰掛けている。

「ああそう、そこのあんただよ」

 目線が合うと老婆は口を歪めて笑った。「ちょっと、こっち来てみんさい」

 言われるがまま、友美は老婆に近寄っていた。従わなければいけないような、そんなオーラが漂っている。

 開口一番、老婆は言った。

「あんた、一週間以内に大怪我をする運命にあるね」


「!?」

 一瞬、声が出なかった。

「い……いい加減なことを言わないでください! どうしてそんなことが分かるんですか!」

 いきなり宣告を受けた驚きと怒りで友美は老婆に詰め寄る。が、老婆は飄々と言ってのけた。「分かる人には分かるもんさね。あたしゃ、この辺りではよく当てる占い師だって評判だよ。気を付けなされ」

 胡散臭さもここまで来たら何と喩えれば良いのやら。だが、不思議と言い返す気は段々と薄れていく。

「……どうして、怪我をするんです」

 問い詰める言葉は、もはや出なかった。老婆はまた少し笑う。「交通事故だねえ。ここから少し行った所にある横断歩道から飛び出して、走ってきたトラックにどーん! って感じさ。ま、命の危険は無いみたいだから安心おし。ほんの数日ベッドで足でも吊るしてれば大丈夫だろうよ」

「…………」

 まるで今見てきたような言い草である。それだけに、妙に信憑性が高まった。

 もしかしたら、本当にこの老婆は全てを知っているのだろうか。試すつもりも兼ねて、友美は質問を投げ掛けた。

「貴女は、あのタワーについてどう思われます。例えば……幽霊が出るとかいう話は、聞いたことがありますか」



 老婆はふっと、真顔になった。

 その表情の冷たさに、友美は思わずごくりと唾を飲み込む。



「……タロットカード」


 ばさばさと頭上を駆け抜けたカラスの羽ばたきに、嗄れた声が重なった。

「あんたも知ってるだろう。占いは、タロットカードを用いる事が多い。斯く言うあたしも、その一人さね」

 急に世界の流れる時間が速度を落としたように思われて、友美は怖くなる。老婆の台詞はまだ、終わらない。


「タロットカード卜いで『(タワー)』が出たら、それは『悲惨な運命』だ。カードがひっくり返っていたって、幸せにはならない。いや、なれないんだ。絶対にね」


 背後に聳える摩天楼が、歪んで見える。

 老婆はさらに言葉を重ねた。


「あたしゃ、あのタワーもそうだと思ってる。あれは、不幸を喚び寄せる魔の塔だよ」


「魔の、塔……」

 初めて出会った否定的な見方に、しかし友美は激しい戸惑いを覚えた。

 確かに、望んでいた答えではある。だが、そこには抗いようのない強い力を感じるのだ。


「こればっかりは、誰も……信じてはくれなかったがね」

 本当だ、と微かに溢した老婆に、友美はそれ以上何も聞くことは出来なかった。




調査初日の夜が、更けてゆく。




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