0〜zero
「あなた、今日の帰りはどうなりそうですか」
「あー、そうだな、多分遅くなるな」
「私、夜は友人と食事会なので夕飯の支度はしておきますので、温めて食べてくださいね」
「そっか、わかった。気をつけて行けよ」
「わかってますよ、あなたこそお気をつけて」
「あぁ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい」
どこにでもある何気無い家庭の会話だ。そんな日常がある時突然壊れた
----ガチャン----
「ただいま」
「………あ、誰もいないのか」
「それにしても今日は調子が良くなかったな」
家にか帰るとテーブルの上に妻が置き手紙を夕飯の隣に置いていた
「_スープはそのまま温めてください。タッパの中のおかずはお皿に取り分けてからラップをして温めてくださいね_」
「早く食べて薬を飲んで寝よう」
彼は夕飯をすましリビングにある薬箱から風邪薬を取り出し、3粒手のひらに出し水と一緒に飲み込んだ。
「なんかおかしい、体温計はどこだっけ」
彼は体温計を脇に挟み込んだ。
----ピピピ、ピピピ----
「39.8度って、ヤバイじゃないのこれ」
「あいつに連絡しておくか」
彼は奥さんに連絡を入れるために携帯を充電している台からはずした。
「もしもし、聞こえるか」
「どうしました、あなた」
「すまんなるべく早く帰ってきてくれないか、熱が40度近く出てて」
「ちょっと、あなた、大丈夫ですか、すぐに帰りますから」
「すまん迷惑かけるな」
これが彼の最後の言葉になった。
彼がこのウイルスによる初の感染者となったのだ。
電話を受けた妻が慌てて帰ってきた。
夫の姿を確認するために靴を無造作に脱ぎ捨てて急いで家の中へ入った。
「あなた、大丈夫、ねぇ、しっかりして」
だが、リビングには夫の姿はなかった。
彼女は廊下に血が垂れているのを見た。
「え!?、血、あ、あなた」
その血が垂れている目の前にあるのが寝室だ。
寝室を開けると、その部屋は生臭い鉄の臭いで充満していた。
寝室で彼は寝ていた。いや、眠るように横たわっていた。
体からは血が吹き出て白いシーツは真っ赤にそまっていた。
彼女は腰から崩れた。床にペタンと座り込んだ
彼女はすでにこときれた旦那の手を握り窓の外をみつめた
その眼には涙はなかった。
「この部屋はあの月と同じ色をしている」
彼女の言葉の真意を知るものはいないだろう。
その日の月は真っ赤な色をしていて、そう、まるでこの部屋のような………