春の国
星に願い事をすればそれが叶う。
これは元の世界に戻りたいと願った二人のはなのお話。
「寒い。早くコンビニに行こう」英はそう呟き歩を速めた。
もうすぐコンビニだというところで前方にいる人間に気づいた。「華姫様……」英は溜息をついた。
英が見つけたのはこの辺りでは有名な私立進学校の生徒であった。東園華、いわゆる才色兼備と知られる有名人。
世の中は不公平だ。それが鉢屋英が14年間生きてきて感じたことだった。同じはななのに華はエリート、英は落ちこぼれ。人間は生まれながらにしてどのように生きるかもう決められている。
やるせない気持ちに包まれた英は前方の人物から目を逸らすために夜空を見上げた。
その時、英の目には星が散る瞬間が飛び込んできた。
「あなた、誰?ここはどこ?」
英は誰かに話しかけられ、声の主の方をむいた。目の前には華が立っていた。英が辺りを見回すと明るい色調で統一された家具がある場所にいた。
英は何を聞かれたのかよく分からないまま答えようとしたが扉の開く音がして華はそちらを見たので何も答えずに済んだ。
「……どちらがはなかしら?」優しそうな顔をした老女が二人を見比べた。
華ははっきりとした口調で言い放った。「あなたはどなたでしょうか。そしてここはどこでしょうか。私はいつもと同じように塾から家へ帰る途中だったのですが」
「私は春の国の女王で花姫と呼ばれています。ここはあなたたちの住む世界とは違う世界の春の国と呼ばれている国の城の一室です」柔和な表情の花姫は答えた。
「華だとしたらなんなのですか?」華はいかにもうさんくさそうに花姫を睨んだ。
花姫は椅子へ手をむけた。「二人ともおかけになって。私で分かる事ならお話しいたしましょう」
英はおずおずと花姫に言われたとおりに椅子に腰かけた。しかし、華は花姫を睨んだまま動かなかった。
花姫は華の行動をまるで気にした様子はなく自らも手近な椅子に座り話し始めた。
「この地、四季。災いに見舞われ民苦しむ時、異界の勇者現れん。王の名を持つ彼の者星のかけらを集め人々を救いたもう」
花姫は目を閉じて言った。「私ね、幼い頃から繰り返し夢を見るのよ。この部屋に知らない人が立っているの。その人の顔は手に持っている光る石のせいでよく見えなかったのだけど、きっとこの人が勇者なんだって思って毎日この部屋に来ていたのよ」
「今、この国は戦争状態にあるの。いいえ、この国ではなくこの世界といったほうが正しいわね」悲しそうな顔をして花姫は言った。
「春、夏、秋の国連合軍と冬の国との戦争よ」「つまり、この世界では災いが起きたときに華という名のこの世界以外の人間が星のかけらを集めて災いを収束させるということですか?」華は確認するように花姫を見た。
華の方を見て花姫は言った。「私はそうだと信じているわ」
「その災いをどうにかすれば、元の世界に帰れますか?」「星のかけらには異世界の人間の願いを叶える力があると伝えられているわ。集める事で星のかけらは共鳴しより大きな願いを叶えるとも……」
花姫が空に人差し指で円を描くとそこに小さな箱が現れた。「魔法」英は呟いた。
「魔法?この力の事かしら。この世界にいる人間はみんな使える力なんだけど」そう言いながら花姫はテーブルの上に置いた箱の中から手のひらに収まるサイズの石を取り出し、これ、星のかけらよと言い華の手のひらにのせた。
「あら?光らないわね」花姫は不思議そうな顔をした。
それまで黙っていた英は、とても言い出しづらそうに言った。「あのぅ。私も英なんですけど」
花姫は今度は英の手のひらにかけらをのせた。しかし、かけらはがんとして光らなかった。
「あぁ~、やっぱり私じゃないですよね」英は華にかけらを渡そうとし、二人がかけらに触れた瞬間、かけらは光りだした。
「あら、まぁ」花姫は驚いた顔をして二人の顔を見た。
二人は顔を見合わせた。「二人ではなっていうことなのでしょうか」華は花姫に聞いた。
花姫は頷きほほ笑み言った。「そのようね。とりあえず、かけらを箱に戻してもらえるかしら。ひとつだけでは元の世界に戻るという願いは叶えられないだろうし。」
英がかけらから手を離した瞬間、かけらはまっぷたつに割れた。
「あっ!!」二人の声が揃った。花姫は目を丸くさせたが黙ったままであった。
「わ、割れちゃった。どうしよう」今にも泣き出しそうな英を見て花姫は言った。「二人いるのだし、それぞれ、ひとつずつ持てていいんじゃないかしら?」「光が弱くなりましたが、かけらの力が弱まるという事はないのですか?」華は言った。
花姫は割れたかけらのひとつを英に握らせた。そうするとかけらはもとの輝きを取り戻した。
「あなたたちはこれから残りの3つの国を巡り星のかけらと呼ばれているものを集める必要があります。おそらくかけらはそれぞれの国の王が所有しているのだと思うけど……」
華は花姫の表情が曇ったのを見逃さなかった。「冬の国ですか」英が要領を得ない顔をしているので華は続ける。
「春の国とその連合軍は冬の国と戦争状態にあるから、冬の国の王様に謁見したり星のかけらを探すのは難しいってことよ」「あぁ。なるほど」
花姫は優しく言った。「えぇ。花の精をあなたたちに同行させるし、夏と秋の国で星のかけらを手にすることはたやすいでしょう」
箱を出した時と同じように人差し指で円を描くと頭にタンポポをのせた普通の人間の頭部くらいの大きさの女の子が現れた。「花姫様、お呼びでしょうか」
「ポポ、あなたにはこれからこの二人の旅に同行してもらいます」ポポがニコッっと笑ったのを見て花姫は再び二人を見た。
華は英を見た。「私は東園華よ。方角の東に、花園の園、華道の華」「あっ。私は鉢屋英です。植木鉢の鉢、屋根の屋、英語の英で鉢屋英です」
「では、ふたりのはな、かけらに一つ目の願いを」「一つ目?全てが揃って一つの願いが叶うのではないのですか?」華は聞いた。
「伝承では、かけらごとに違う願いをしなければならないとあるわ」
腕を組んで考えていた華は割れたかけらに目線を移した。「この世界の人が使える力、私の元いた世界では魔法というものを私も使えるようにして」
華の持つかけらから光が消えていった。
「……。紅茶」華が呟くとテーブルの上に紅茶が現れた。
「すっごい!!私も 」英は立ち上がった。「待って!同じ願いをしたらいけないのよ。違う願いにして」英がかけらに願いを言う前に華はそれを制した。
世の中は不公平だ。英はそう思った。華は魔法が使えるようになったのに英は使えないしかも同じ願いをしてはいけないのだから英が魔法を使えるようになることはない。
手のひらにのせたかけらを英はじっと見つめた。突如、英は後ろから抱き寄せられ、途端に冷水を頭からかけられたような冷たさを感じ、身をすくめた。
「異界の勇者」耳元でささやかれ、後ろを振り向こうとしたが動くことは出来なかった。
「こんにちは。冬の国の王」柔和な笑みを絶やさずに花姫は言った。その挨拶には答えずに冬の国の王は手を離し英の前へまわり手のひらからかけらを取り上げた。「くだらない」呟いた冬の国の王の姿は消えていた。
目を伏せて花姫は言った。「彼が冬の国の王、禍王と呼ばれているわ」ポポは何か非常に悲惨な光景を目の当たりにした顔をしていたがふたりのはなの表情は違った。
「きれい」恍惚の表情を見せた華とは対照的に英は言った「悪の大王って何か全体的に黒っぽいと思ってたんだけど……」
英の発言に華は侮蔑的なまなざしをむけた。
「あっ、えっとうん。確かにすごい美形だった。髪も銀髪っていうの?すごくきれいだったし。声も良かった気がする」次はポポに睨まれ、急いで付け加えた「悪い事するのはよくないけどねっ」
「願いをする前にかけらを失ったのは痛手ですけど、あまり気に病まないようにね英。どちらにしろ異世界の人間でないと星のかけらに願いを叶えてもらうことはできないのですから」
ひときわ大きな声で「あっ!!」と英は言った。
「花姫様、とにかく夏の国へ向けて出発します」ポポは必ずふたりに聞こえるように大きな声を出した。
こうして、元の世界に戻りたいという願いを持ったふたりのはなと花の精ポポの旅は始まった。