思惑
…落ち着け、落ち着け
近くのコンビニで買った、ペットボトルのコーラの1本目を飲み干し、必死に心を落ち着かせようとする。
そして、2本目を飲みながら体力の回復をはかり、今後の展開を考えていった。
3本目を飲み干し後、頭の中に焼き付けた計画を実行しようとした時、ペットボトル3本分のゲップが10秒ほど出続けた。
…あ、あれ?
ゲップと共に、立てた計画も出て行ったらしかった。頭の中が真っ白になる。
…え、えと
動揺し、手に持っていた自転車の鍵を落としてしまった。
……。
暗い中、小さな鍵を探すのは無理に思えた。近くの側溝に落ちたかもしれない。
─仕方なく再び、部屋にいる友人に携帯電話で助けを求める決断をした。
「もしもし…」
《あ、手に入れたの?》
「…う、うん。」
《…どうかしたの?》
「え…えと…その…自転車の鍵を…」
《なくしたと。》
「はい。」
《それで?》
「歩いて帰るので、帰りは明日になります。」
《0時頃か?それまで待ってろと。》
「………。」
《タクシーは?》
「月末までには餓死してしまいます。」
《………。》
「あの…迎えに来てくれませんか?」
《自転車しかないよ?》
「お願いします。」
《体重3桁を後ろに積んだ自転車を、私がペダル漕げと?》
「僕がハンドルを握ります。」
《私は?》
「後ろでも、前でも、上でも好きな所で…」
《……肩車か。》
「…肩車です。」
《そうか。》
「そうです。」
《……ソコにある購入したものを私に…》
「差し上げますとも。」
《分かった。今行くから見つかりやすい場所に立ってて。》
「うん。えーと、サンダースの隣にいるから」
《…ああ、あそこのチキン屋か。人形と間違えそうだね。》
「ハハ。じゃあ、待ってます。」
ちょうど電池切れで、携帯電話が沈黙してしまった。
通話が途絶える前に、何か友人が言っていたような気がした。
─それから暫くして、友人が険しい表情で自転車を走らせてきた。
距離はあるものの、アパートから此処までほぼ直線道路である。
一度スピードにのれば信号待ち無しで減速せずに来れるのだが、それにしても、想像以上の早い来襲だった。
「…え…あれ?ブレーキが…」
「あ、まだ直してない…」
友人が自転車のブレーキ故障に気付いた時には既に、サンダースの股関へ自転車ごと突っ込んでいた。
……。
激しい衝突音ともに、自転車とシンクロして倒れた友人は、慌てて自転車を起こし、そのまま此方へ自転車を引いて走ってきた。
「訳は後で話す!すぐアパートに戻って。フォーメーションAっ」
「分かった!」
手に持っていた荷物を怪力で四つ折りし、Tシャツの中へ突っ込んだ。
友人から、自転車のハンドルを引き継いで前を向く。そして、自転車を後ろから押す体制を友人がとった時──
「「うおおおおおっ」」
─2人で自転車を押して加速させていく。
友人より先に自転車に乗り、必死にペダルを漕いだ。
友人も頃合を見て自転車に乗ってくる。
この自転車は特別仕様で、ペダルの大きさが2倍、サドルの長さも2倍になっていた。
ただ、タイヤは3人乗り仕様である。
脚の長い友人は、サドル後方に座りペダルの外側に足をのせると、前に座っている体重3桁の履くズボンの、ベルトの両脇を掴んだ。
──計4本の脚がペダルを漕ぎ、自転車を恐ろしい程に加速させていく。
速度は、既に時速70Kmを超えていた。
風圧と必死さで、2人の顔はキュビズムそのものだった。
「…そろそろだよ」
「…そうだね。」
「…覚悟、出来てる?」
「う…うん。」
ブレーキの壊れた自転車を止める方法として友人が考えたのは、友人の爺ちゃんに自転車を受け止めてもらおうと言うものだった。
「爺ちゃん…優しいし。」
「…ずいぶん前に¨亡くなった¨って言ってなかった?」
「大丈夫。遺言に書いてあったし」
「……。」
「いくよ。爺ちゃああああんっ!」
「……。」
2人の前方に、蒼白いモヤモヤした人の形が現れた。
「爺ちゃんっ!」
「……。」
孫の顔を確認し、彼は2人を受け止める姿勢をとった。
そして、2人の乗った自転車をがっしり受け止めたのだ。
「えっ?」
「えっ?」
──おやっ?
世の中には、慣性うんぬんと言うものがある。
2人は、そのまま前方へ飛んで行き、電柱に激突した。




