EP 2
「換気扇のオカズと、まかない(労働)の誓い」
昨日の「特上カツ丼(お吸い物・松付き)」のタダ飯から一夜明けた、夕暮れ時。
ポポロ屋の厨房からは、醤油と砂糖、そして出汁の甘い香りが暴力的なまでに外へと漏れ出していた。
スーハースーハー……!!
スゥゥゥーーーッ……!!
ポポロ屋の裏路地。
厨房の換気扇の真下に、ピンク色の髪をした少女が立ち、限界まで鼻孔を広げて空気を吸い込んでいた。
「はぁんっ……! 今日の匂いは、お肉とジャガイモ……! 甘辛い最高の香りね……!」
リーザは恍惚の表情を浮かべながら、おもむろにスーパーのビニール袋から『パサパサのパンの耳』を取り出した。
「香りが逃げないうちに……パクッ! もぐもぐもぐ……んん~っ! 目を閉じれば、これはもう実質、高級肉じゃが定食よ!!」
ルナミス帝国での極貧地下アイドル生活で培われた、究極のエア・ディナー。
『換気扇の匂いをおかずに、パンの耳を食う』という、涙なしには見られない大技である。
「よしっ! 次はお魚の焼ける匂いね! パンの耳(焼き魚定食味)の完成よ!」
リーザが二本目のパンの耳を取り出した、その時。
ガラッ。
勝手口の扉が開き、ゴミ捨てに出ようとしたリアンが、そのあまりにも悲惨な光景を完全に目撃してしまった。
「…………」
「…………あ」
換気扇の下でパンの耳をかじる人魚姫と、ゴミ袋を持った元・暗殺者の目がバッチリと合う。
「……お前、ウチの店の裏で何やってんだ」
「あ、ち、違うのよ!? これはその……最新のアイドルのダイエット法で……!」
リーザが必死にごまかそうとするが、彼女のお腹がギュルルルゥゥゥ!と絶望的な音を鳴らした。
リアンは深く、深い深いため息をつき、無言でリーザの首根っこを掴んで店内へと引きずり込んだ。
「……ほら、食え」
ドンッ。
カウンターに座らされたリーザの目の前に出されたのは、湯気を立てる山盛りの白米と、具材がゴロゴロと入った『特製・大盛り肉じゃが』だった。
「ひゃああっ!! ほ、本物のお肉とお芋の匂い!!」
ホクホクに煮崩れた大ぶりの男爵イモ。出汁の染み込んだ糸こんにゃくと、たっぷりの豚バラ肉。
甘辛いタレの香りが、リーザの理性を一瞬で吹き飛ばした。
「い、いただきますぅぅ!!」
リーザは猛然と箸を動かした。
熱々のジャガイモを口に放り込めば、ホロリと崩れて濃厚な旨味が広がる。すかさず白米をかき込めば、炭水化物と旨味の暴力が極貧の胃袋を満たしていく。
「美味しいぃぃ! 換気扇の匂いの百倍美味しいわぁぁ!」
涙をボロボロ流しながら、あっという間に肉じゃが定食を平らげるリーザ。
「……ごちそうさまでした! でも私、アイドルだから、こういう同情の『施し』は今日で最後にしてよね!」
食後の温かいお茶をすすりながら、リーザは謎のプライド(やせ我慢)をツンと張ってみせた。
リアンは腕を組み、冷ややかな目で彼女を見下ろした。
(……このままだと、こいつ明日も絶対に換気扇の下に立つぞ。店の裏でパンの耳をかじられてたら、ウチがブラックな店だと思われかねねぇ)
リアンの脳裏に、毎日タダ飯をせびりに来るか、換気扇の下に住み着く厄介なアイドルの姿がよぎった。
「おい、リーザとか言ったな」
「な、なに? サインなら一枚千円……」
バサッ!
リアンは、カウンターの奥から取り出した『ピンク色のフリルのついたエプロン』を、リーザの顔面に投げつけた。
「今日からお前を、ウチの店の『ウェイトレス』として雇う。時給は出せねぇが、三食の『まかない』と、キャルルの家の空き部屋(社宅)を保証してやる」
「……え?」
リーザの目が、点になった。
「あ、アイドルが定食屋でアルバイトぉ!? そんなの、ファンのみんなが悲しむわ! 私はステージで輝く存在であって……」
「……今日の肉じゃが、明日は『特大ハンバーグ定食』にする予定だが?」
「やりますぅぅぅ!! 一生働かせていただきますぅぅ!!」
パンの耳と雑草サラダの生活からの、三食まかない付き(しかもリアンの飯)。
極貧地下アイドルに、拒否権など最初から存在しなかった。
かくして、ポポロ屋に「図太すぎるポンコツウェイトレス」という新たな爆弾が投下されたのである。
(※ただし、彼女がただ配膳だけをして大人しくしているはずがなかった)




