EP 6
「三億円の村と、最強の抑止力(胃袋)」
ポポロ村、村長宅。
素朴な木造りの部屋の机の上には、ニャングルが弾き出した「今月の売上報告書」と、見本として積まれた金貨の山がそびえ立っていた。
「……今日のポポロ村の売上は?」
「おぅ。リアンはんの店と、カジノ・ポポロの上がり、それにラッキ君(中身はおっさん)の観光ツアー、最後に農作物の出荷益を諸々計算すると……ざっと3億円(金貨換算)はあるで」
ニャングルが、パチパチと軽快な音を立てて算盤を弾きながら答えた。
その莫大な数字に、キャルルのウサギ耳がヘナリと垂れ下がる。
「う~ん……ポポロ村の収益が急にそんなに上がったら、どうなるの?」
「そらもう、ご立派な『丸々太った美味しい豚』の完成や。ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、ワイズ皇国の3カ国に挟まれたこの辺境の村や。目をつけられて、納める税金もアホみたいに高くなるで」
「そ、そんなぁ……!」
キャルルは頭を抱えて机に突っ伏した。
「私、ただみんなが美味しくご飯を食べて、楽しく過ごせる村を目指してただけなのに……。これじゃあ、お金目当ての悪い貴族や軍隊に、ポポロ村が狙われちゃうかも!」
責任感の強い村長は、村が火の海になる最悪の想像をして涙目になっている。
そこへ、厨房の仕込みの合間に茶を飲みに来ていたリアンが、呆れたように息を吐いた。
「……どうした、キャルル。落ち着け」
「だってリアン君! 戦争になっちゃう!」
「その事か。キャルル、よく考えろ」
リアンは温かい茶をすすり、冷徹なまでの「元・暗殺者の視点」で広げられた地図を指差した。
「ポポロ村の収益は確かに上がった。しかし、実態は人口300人程度の辺境の村だ。俺たちの売上は、カジノにしろ飯にしろ『形の無いサービス産業』だ。金山や銀山があるわけじゃない」
「えっと……つまり?」
「もし3カ国のどこかがポポロ村を武力で制圧しようと軍を動かしたとする。だが、俺が店を畳んで、デュアダロスが壺振りを辞めれば、そこには何が残る?」
「……畑?」
「そうだ。奴らが得られる物理的な価値は、せいぜい『太陽芋の畑』だけだ」
リアンはニヤリと、悪役のような笑みを浮かべた。
「そうでっせ、村長!」
ニャングルもバンバンと机を叩いて同意する。
「リアンはんの料理や、賭博場や、ラッキ君の付加価値は『水物』や。ワイらが居なくなれば一円の価値もあらへん。それに、この国境地帯で3カ国が領土争いを始めれば、間違いなく『世界大戦』に発展する」
ニャングルは算盤を置き、キャルルの顔を覗き込んだ。
「たかが『芋』を取るために、数千億の軍事費をかけて世界大戦の引き金を引くような馬鹿な王様が、居るわけあらへんのや!」
「あ……そっか!」
キャルルの耳が、ピンッ!と元気に立ち上がった。
物理的な資産を持たないポポロ村の「最大の防御」は、その利益が『属人的(リアンたちに完全に依存している)』であることなのだ。
「それにキャルル。俺たちはすでに、三国に対して『最強の 人質』を取っている」
「人質? 誰かを誘拐したの!?」
「違う。『国境警備兵たちの胃袋』だ」
リアンは窓の外、遠くに見える三国の国境警備隊の駐屯地を見やった。
「あいつら、俺の弁当とカジノの串カツがなきゃ、もう生きていけない体になってる。もし上層部が『ポポロ村を焼き討ちにしろ』なんて命令を下してみろ。……間違いなく、最前線の兵士たちが一斉にクーデターを起こすぞ」
「『ワイらのカツ丼と丁半博打を奪うなァ!』ってな! ギャハハ!」
ニャングルの笑い声が村長宅に響く。
キャルルはホッと胸を撫で下ろした。武力も政治も、結局は「日々の美味い飯」には勝てないのだ。
「よかったぁ……。じゃあ、ポポロ村は安全なのね」
キャルルが安堵の笑顔を見せた、まさにその時だった。
ドンドンドンッ!!
村長宅の木の扉が、乱暴に叩かれた。
「ポポロ村の村長はいるか!! ワイズ皇国・財務局の特別監査官である!!」
外から響いたのは、高圧的で鼻持ちならない、絵に描いたような「嫌味な役人」の声だった。
「……あら?」
「……チッ」
「……来よったな、税金泥棒が」
武力による侵略(戦争)は起きなくても、国家の「税金取り立て(嫌がらせ)」からは逃れられない。
リアンの目が、再び氷のように冷たく細められた。




