EP 3
「国境を越える500円弁当」
ポポロ屋の閉店後。
深夜の静まり返った店内に、小気味よい音が響いていた。
パチパチパチパチ……ッターン!
「あかん。あかんわ、リアンはん」
カウンターの端で、山積みの売り上げ金(銅貨と銀貨)を数えていたニャングルが、愛用の算盤をバンッと置いて大げさに天を仰いだ。
「何がだ? 初日にしては、今日の売り上げは悪くなかったはずだが」
「ちゃうねん。売り上げの数字の話やない。『機会損失』の話をしとるんや」
ニャングルは身を乗り出し、商人の鋭い猫目でリアンを見据えた。
「リアンはん、この店、味は最高や。客もぎょうさん入る。せやけど、ポポロ屋でメシを食える客は『椅子の数』だけや。満席になったら、外で待たせるか帰さなアカン。これは勿体ない……いや、商人にとっては大罪やで!」
「……なるほど。言いたいことは分かる。だが、店を広げるには俺一人じゃ手が足りないぞ。イグニスは皿洗いと力仕事しかできないからな」
「せやから! 店を広げんでもええ方法があるんや!」
ニャングルはニタリと笑い、自作の企画書(羊皮紙)をカウンターに広げた。
「リアンはんが、村の奥様連中や力を持て余してる連中に『料理指導』をして、一定以上の腕前にさせるんや。そして……『弁当』を大量生産させまんねん!」
「ほぉ……つまり、『宅食サービス(ケータリング)』のシステムを構築する気か」
リアンは感心した。
前世の地球(日本)では当たり前だった中食ビジネスの概念を、この猫耳商人は己の嗅覚だけで導き出したのだ。
「その通りや! メニューは冷めても美味い『唐揚げ』やら『生姜焼き』がメイン! 栄養満点! ボリューム満点! それを……1食500円で売る! どうでっか!?」
「500円……」
横で聞いていたキャルルが反応した。
「すごい安いわね。ルナミス帝国の末端の兵士のお給料でも、毎日気兼ねなく買える値段だわ」
「せやろ? 薄利多売や! この村のバグった特産品を使えば、原価は極限まで抑えられる!」
キャルルは村長としての真面目な顔つきになり、顎に手を当てた。
「それに、その案なら……村の女性たちや亜人の『雇用』も新しく生まれるわね! 農家の奥さんや、戦闘が苦手なゴブリンの娘でも、料理のパッキング作業なら立派な戦力になれるもの」
「その通りや、キャルル! 流石は村長、話が早いで!」
ニャングルが嬉しそうに尻尾を立てる。
だが、リアンは冷静に指摘した。
「供給のシステムはそれでいい。だが、需要(客)はどうするんだ? 村の人口はせいぜい500人。毎日全員が弁当を買うわけじゃないぞ」
ニャングルは待ってましたとばかりに、一枚の広域地図をバンと叩いた。
「ポポロ村の村人だけには売りまへん! 狙いはココや!」
彼が指差したのは、ポポロ村をぐるりと取り囲む三つの地点だった。
『ルナミス帝国・第七国境駐屯基地』
『レオンハート獣人王国・国境警備隊』
『アバロン魔皇国・魔導関所』
「三国の国境の関所に、弁当を直接売り捌くんですわ!」
ニャングルは熱弁を振るう。
「国境警備の兵隊さんは、いつ攻めてくるか分からん極限のストレスの中、毎日カチカチの乾パンと塩っぱい干し肉しか食うてへん。そこに、湯気の立つほかほかの『極上弁当』を持っていってみ? ……あいつら、泣いて給料袋ごと差し出しよるで!」
「…………なるほどな」
リアンの口元が、ゆっくりと歪んだ。
それは料理人としての笑みではなく、かつて帝都の裏社会を支配し、他国の軍部を影から壊滅させていた『死神』の顔だった。
「良い作戦だ、ニャングル」
リアンは低く、楽しげな声で言った。
「食料(兵站)は、軍隊の士気に直結する。もし、三国の国境警備隊が『ポポロ村の弁当』なしでは生きられない体(胃袋)になれば……」
「な、なれば……?」
「その軍隊は、事実上『俺の私兵』になるな」
「ヒッ!?」
リアンのあまりにも物騒な飛躍に、ニャングルが息を呑んだ。
「相手の胃袋を完全に掌握する事は……最高の『政治的抑止力』になるわね」
キャルルもまた、元・近衛騎士候補としての冷徹な分析を口にした。
「もし、どこかの国の上層部が『国境の中立地帯にあるポポロ村を侵略しろ』と命令しても、現場の兵士たちが反乱を起こすわ。『俺たちの飯屋を燃やす気か!』『二度とあの唐揚げ弁当が食えなくなるぞ!』って」
「ああ。戦わずして、国境線に絶対の防衛陣地が完成するというわけだ」
「わ、分かってんなぁ、二人とも……」
ニャングルは冷や汗を拭いながら、引きつった笑いを浮かべた。
(ワイはただ、弁当で小銭を稼ぎたかっただけやのに……なんでこの二人、息を吸うように『軍事戦略』に繋げよるんや……!)
「決まりだ」
リアンは立ち上がり、厨房の大型冷蔵庫を勢いよく開けた。
その目には、料理人としての情熱と、軍師としての冷徹な光が同居している。
「なら、まずは『レシピ開発』だ。誰が作っても味がブレず、冷めても極上に美味い、最強の弁当を作る。……キャルル、明日の朝一で、村中の料理自慢を集めてくれ。オークのおばちゃんでも、人間の元冒険者でも構わない」
「了解! 自警団の招集より早く集めてみせるわ!」
「ニャングル、お前は資材調達だ。弁当箱の容器……木材加工は地下帝国のドワーフに発注して安く買い叩いてこい」
「へ、へいへい! 任せとき!」
こうして、ポポロ村の定食屋の片隅で、恐るべき計画が始動した。
後に『大陸三大国・胃袋制圧作戦』と呼ばれることになる、伝説のワンコイン弁当の歴史が、今まさに幕を開けようとしていた。




