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第一夜 若き騎士とダージリン・ファーストフラッシュ

 何度手を洗っても人を切った感覚はとれず、何度眠ろうとしても脳裏には自分をかばって切られた副隊長の背がよぎる。眠れない。布団を出て、夜の街へあてもなくさまよっていた。


ふと少し先に見えたほのかな灯に惹かれ、気づけば一つの店の前にいた。「宵待ちの茶房」と看板を掲げた小さな店だ。こんな店があっただろうかと思いつつもなんとなく入ってみた。夜はまだ長い。眠れない夜だからこそ人の気配が恋しかったのかもしれない。

 

 古い木の扉を開けると、小さな店内にはL字型にカウンター席が少し、真ん中には白髪の老紳士がティーカップを拭いていた。若い騎士は店内に入り、老紳士の斜め前当たりの席に腰を下ろした。


「いらっしゃいませ。」なんとも落ち着いた、体に、心に、すとんと落ちて広がるような声で言った。その声ですこし落ち着くことができた彼は店内を見回す余裕がでてきた。


店内にはキャンドルの灯があちこちで揺らめき、木製の机や椅子を優しく照らしている。とても落ち着く雰囲気と香りが体の緊張をほぐしていく。ああ、今まで体がこわばっていたのかとやっと気づくことができた。


その様子を見ていた白髪の老紳士、この茶房のマスターは彼にあうような紅茶を選び始めた。そしてダージリン・ファーストフラッシュの缶を取り出した。


店内を一通り見終わった彼はマスターに目を戻すと、マスターは湯を沸かしていた。なにをしだすのだろう。見つめていると、「今宵のあなたに寄り添う紅茶をお出しします。」と穏やかな声で教えてくれた。


「紅茶を?」「はい。」そう言うと缶を見せる。どうやら異国の文字のようで何が書いているかはわからないが、おそらく紅茶の種類だろう。


「これは、ダージリンという紅茶で、その中でも1番最初に採れるファーストフラッシュと呼ばれるものです。若々しくすっきりした味わいが特徴です」


茶葉を取り出し、ガラスのティーポットに入れ、お湯を勢いよく注ぐ。蓋をして砂時計をひっくり返した。茶葉がポットの中を上下に行き来し、だんだんと薄いオレンジ色に染まり、よい香りが漂ってくる。


彼はきれいだなと茶葉の動きに見入っていると、砂時計が終わったようだ。


マスターは白い陶器製のポットに茶葉が入らないようにストレーナーをかざしながら紅茶を注ぐ。カチャリとふたを閉め、ティーカップに注いで若い騎士に差し出した。


薄いオレンジ色がティーカップによく映える。ふわりと漂う香りは爽やかだった。口に含めば、程よい渋みと優しいのどごし。


夕食も食べられなかった彼の体に、じんわりと温かさが広がっていく。気づけば指先の震えは止まっていた。カップを持つ手に、もう力はいらない。


 店を出ると、夜はまだ続いていた。それでも、胸の奥のざわめきは、少しだけ静まっている。今なら眠れるかもしれない。

 

 早朝、気づけば騎士団の医療棟の前に立っていた。扉に手をかけそっと中に入る。「....副隊長?」ゆっくりその瞼が持ち上がった。「...生きてる」視界が滲んだ。立っていられなくなり、その場に膝をつく。


「おいおい....勝手に殺すな」掠れた声だった。それでもいつもと同じ調子で。大きな手が、ゆっくりと頭にのせられる。「……っ」声にならないまま、涙が落ちた。


今夜もどこかで、あの灯はともるのだろう。

眠れない誰かのために。





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