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迷信の生贄花嫁、食べられると勘違いしたまま竜王陛下の溺愛が始まって戸惑ってます~食べるって物理的な意味ですよね?~  作者: 小蔦あおい
第1章

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第9話 第二の生贄2



(ということは、番以外の人間は食糧ということですか? ヒュドーさんが生贄には若くて健康な乙女が一番だと仰っていましたので、竜人族が食べるのは若くて健康な女性限定のようです。……どう考えても私は当てはまっていますよね!?)


 フィリーネは痩せっぽちではあるが身体は健康だ。歳も今年で十八になる。

 どう見積もっても生贄の花嫁になる条件と一致していた。

 フィリーネは小さく手を挙げて弁解する。


「あの、私が生贄の花嫁になったのはちょっとした手違いです。なかったことにはできないのでしょうか?」

「どういった経緯で生贄の儀式が行われたのか分からないけど、儀式は完了している。諦めて」

「そんな無茶苦茶な……」

「だって君、元気そうだし。まあ、シドリウス様が魔法で傷を癒したとはいえ、三日も眠り続けたのは流石に心配したけどね」



 ヒュドーの言葉にフィリーネが目を見開く。

「えっ。私、三日も眠っていたんですか!?」

 せいぜい一日だけかと思いきや、まさかそんなに時間が経っているとは思わなかった。


 一刻も早く屋敷に帰らなくてはいけない。

 屋敷を留守にしてミリーネもハビエルもきっとカンカンに怒っている。使用人たちも心配しているだろうし、自分が担当している仕事が誰かに振り分けられて負担になっているのを考えると申し訳なくなる。


 フィリーネは床に足をつけて立ち上がった。

「迎えが来ているかもしれないので、マツの木があった場所まで戻ります」

 歩きだそうとすると身体が思うように動かなくて足がもつれた。転びそうになっていると、すかさずシドリウスが逞しい腕で抱き留めてくれる。


「まだ体力は回復していない。動き回るのはやめておいた方がいい。それにこの三日、ヒュドーがマツの木があった場所を見に行ってくれていたが、誰も訪ねては来なかった」

「アバロンド家の者は誰も訪ねて来なかったのですか? あっ、そういえば……」


 フィリーネはミリーネの言葉を思い出す。

 すっかり忘れていたが、怒りが頂点に達したミリーネから言われたではないか。

 この屋敷に二度と帰ってくるな、と。


 ミリーネはその言葉の通りに迎えを寄越さなかった。

 フィリーネは完全にアバロンド家から見捨てられたのである。

 したがって、フィリーネがマツの木ごと湖に落ちて溺死したところで関知しない。


 フィリーネは急死に一生を得ても、この先どう生きれば良いのか分からなかった。

 一番最初に頭に浮かんだのはどこかの屋敷で働くこと。

 けれど、それには紹介状が必要だ。

 ないと身元が保証されない。どこにも雇ってもらえない。

 普段は前向きなフィリーネだが、現実が甘くないことくらいは知っている。


(このままだと職を得られずに野垂れ死ぬのがオチですね。寂しい最期を迎えるよりも、誰かの役に立って死にたいです)

 黙考しているフィリーネの視界にシドリウスが映る。その途端、フィリーネはハッとした。

 自分が役に立って死ねる唯一の方法が、目の前にあるではないか。


(シドリウス様が私を召し上がってくださったら、彼の栄養になって役に立ちますね)

 もともと死ぬはずだった命を救ってくれたのはシドリウスだ。

 その彼が自分を所望しているなら、是非美味しく食べてもらいたい。

 結論に至ったフィリーネはシドリウスから離れると、じっと見据えた。



「決めました。私、シドリウス様にこの身を捧げます!」

 フィリーネの宣言にシドリウスは喫驚して目を見張る。

「待て、フィリーネ。そんな簡単に決めても大丈夫なのか?」


 よく考えた方が良いと暗に示してくれているようだが、フィリーネの決意は固かった。

「簡単に決めた訳ではありません。この短時間で自分なりにいろいろと考えました。シドリウス様には助けていただいた恩もありますし、尽くしたいんです!」


 フィリーネが祈るように手を組んで訴えると、肺腑を突かれた様子でシドリウスがアイスブルーの目を細めた。

「その言葉が聞けてとても嬉しい。私もおまえをずっと大切にするつもりだ」


 甘やかな色を帯びた美しい顔が間近に迫り、フィリーネは目のやり場に困る。

 食べられる相手ではあるが、流石にドキリとした。

(シドリウス様の言う大切にするって、大切に食べるという意味でしょうか?)


 じっくり味わってくれるのはありがたいが、こちらとしては新鮮なうちにばくりと一気に食べて欲しい。

 これはお互いが納得する落とし所を見つけないといけないようだ。

 着地点はどこだろうとフィリーネがうんうん唸っていたら、シドリウスが唐突に質問を投げかけてくる。



「ところでフィリーネ。おまえは今いくつだ?」

「十七歳ですけれども?」

 シドリウスは得心がいったというように深く頷いた。


「なるほど。少しあどけないのはそういうことか。それならフィリーネが十八の成人を迎えるまで待つとしよう」

「へっ!?」


 フィリーネは目をぱちぱちと瞬く。

 食べる時期が成人してからだなんて、なんだか肩透かしを食らった気分だ。

 理由が分からないでいると、シドリウスがフィリーネの頬を優しくつつく。


「まだ時期じゃないと言っているだけだ。こういうのはきちんと大人になってからするものだからな」

「そうなんですか?」


 食べるのに大人も子供も関係ないと思うのだが。

 よく分からないフィリーネは怪訝な顔をする。

 フィリーネの誕生日は夏と秋の境目なので半年近く先。少し待ったところで何も変わらない気がする。今ここで潔く食べてくれた方がシドリウスの役に立てるのでフィリーネ的にはありがたい。


 それに、待っている間にこの世に未練が残ってしまいそうな気がする。

 もう少し早くして欲しいと言いかけたところで、フィリーネは自分の身体へと視線を移した。

 これまで、必要最低限の食事しか与えられて来なかった身体は痩せ細っている。


(私の身体はお世辞にも肉付きが良いとは言えません。となると、成人するまでの間は言わば肥育期間。少しでも食べられる肉の量を増やしておいた方が喜ばれます?)


 成人まで期間を設けることは理に適っている。しかし、数ヶ月という期間は十七歳のフィリーネには長く感じられた。


「シドリウス様、今すぐじゃなくても構わないのでもう少し早く召し上がっていただけませんか? 私、頑張ってみせますから!」

 半年じゃなくとも数ヶ月あればきっと肥れるはずだ。


 フィリーネが拳を胸の辺りで掲げて意気込んでみせたら、シドリウスがピシリと音を立てるように固まった。

 数秒経ち、彼は深いため息を吐く。目の上に手を置いて天井を仰いだ。


「ああ、なんて酷い試練だ。フィリーネ、頼むから俺を誘惑するな!」

 誘惑なんてしていない。建設的な提案だと思うのだが。

 そう言おうとしたら急に目の前が真っ暗になった。


 気づけばシドリウスに抱きしめられているではないか。

 耳元でシドリウスの熱を帯びた吐息が聞こえてくる。彼の熱が伝染するようにフィリーネの耳もじんじんと熱くなった。


 さらにフィリーネの心臓の鼓動が激しく脈打つ。音が外に漏れ聞こえていないか心配になるほどだ。

「フィリーネが健気で可愛い過ぎて……成人するまで俺は正気を保てるんだろうか」

 辛そうな声音で呻くように呟くので、フィリーネは一先ず励ました。


「シドリウス様、私はいつでもお待ちしてますよ?」

「いや、こっちは我慢してるんだからこれ以上煽ってくれるな!!」

「味見くらいは良いと思います!」

「だから、いちいち煽るなって言ってるだろう!?」


 こうして勘違いしたままのフィリーネとシドリウスの生活が始まった。



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