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迷信の生贄花嫁、食べられると勘違いしたまま竜王陛下の溺愛が始まって戸惑ってます~食べるって物理的な意味ですよね?~  作者: 小蔦あおい
第1章

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第8話 第二の生贄



 そこには男性とおぼしき人の姿がある。

「起きたのか? ああ、無事で良かった!!」


 声音からして二十代くらいの青年だと思う。

 その男性はこちらにやって来ると、フィリーネをぎゅっと強く抱き締めてきた。

 突然の抱擁にフィリーネは目を白黒させる。


「あの、わた……」

 フィリーネはけほけほと咳き込んだ。

 喉が渇ききっていて思うように声が出ない。


 青年は慌ててフィリーネから離れる。側の丸テーブルに置かれている水差しの水をコップに注ぎ、差し出してくれた。

 コップを受け取ったフィリーネは、一気に水を飲み干す。


 マツの木に括りつけられてから何も口にしていなかった。普段と同じ水のはずなのに、十七年間生きてきた中で最も美味しく、甘露だった。

 もう一杯飲むか訊かれたが、フィリーネは首を横に振る。


「ありがとうございます。助かりました。えっと……」

 彼の名前はなんと言うのだろう。

 名前を呼びたいのに分からない。


 青年はそんなフィリーネの心情を察し、空になったコップを受け取りながら自己紹介をする。

「俺の名はシドリウス。この屋敷の主人だ」

「シドリウス様、改めて助けてくださりありがとうございます。私はフィリーネ=アバロンドです」



 冷酷無比で有名な竜王陛下と同じ名前だが、シドリウスというのは珍しくない名前だ。

 現に、アバロンド家で働く使用人にシドリウスという名前の雑用係が一人いた。


 目の前にいるシドリウスは、フィリーネの容態をこと細かに尋ねてくる。もしかしたら医者なのかもしれない。

 フィリーネは意識を自分自身に向けてみる。現状、身体のどこも悪いところはなかった。

(不思議です。腕についたはずの縄の痕や傷がありません)


 縄が食い込んでいた肌は、何度も身体を動かしていたせいでヒリヒリしていた。

 湖に落ちた際は、鋭い痛みを感じていたのでてっきり傷になっていると思ったのだが、袖を捲って確認しても何もなかった。


「大丈夫です。心配してくださってありがとうございます」

 フィリーネが深々と頭を下げると、シドリウスは安堵の息を漏らす。

 そして次にあるものを差し出してきた。


「これがドレスに絡まっていた。おまえのもので間違いないか?」

 フィリーネはシドリウスの手にのっているものに目を凝らす。片方のレンズにヒビが入っているものの、それは間違いなくフィリーネの眼鏡だった。


「私の眼鏡です。拾ってくださってありがとうございま……っ!?」

 眼鏡を受け取って耳にかけた瞬間、フィリーネは声を失った。

 目の前にあったのは、恐ろしいほど美しい青年の顔だった。



 さらりとした艶のある黒髪は襟足まで伸びていて、少し日焼けした肌は健康そうな色をしている。アーモンドの形をしたアイスブルーの瞳には長い睫毛の影が落ち、鼻筋は通っていて唇は薄い。


 何よりも、すべてのパーツが絶妙な位置に配されているため、巨匠が手がけた精巧な芸術品のようだった。

 上質なシルクのシャツに、紺色のズボン。ラフな格好であるのにどこまでもその姿は優美だ。


 恐らくどこかの貴族だろう。そして、眼鏡をかけるまで分からなかったが、シドリウスの瞳が潤みを帯びている。

 今にも泣きそうになっているので、もしかしたら自分の容態はよほど悪かったのかもしれない。


 シドリウスは目元を手で覆い、ため息を吐いた。

「はあ、数百年も待ちわびた相手が目の前にいるなんて未だに信じられない。こんな機会は絶対に巡ってこないと思っていたんだが。奇跡というのはあるのだな。間違いない、俺の運命の番だ」

「え?」

 彼の微かな呟きは、フィリーネの耳には届いていなかった。


 それよりも重要なのは、助けてもらったお礼をどうするかである。

 お礼をしようにもお金は持っていない。それなら労働という形で返しても良いのだが、部屋を見る限り掃除は行き届いているし整理整頓もされている。

 何をすれば最良なのかフィリーネが逡巡していると、第三者の声がした。


「――生贄の花嫁が目覚めたようだね」

 驚いたフィリーネは勢いよく顔を入り口に向ける。そこにいたのはフィリーネと同年代くらいの少年だった。


 ぱりっとした白のシャツに、黒のズボン、カーネリアンのループタイをしている。

 ふわふわの髪は(はなだ)色。蜂蜜色の目はやや切れ長だが、微笑みを浮かべているおかげでキツさが取れている。年齢の割には大人びていた。


 フィリーネが自己紹介とともに挨拶をすると、丁寧にお辞儀をしてくれる。

「僕はシドリウス様の秘書、ヒュドー。よろしくね」


 フィリーネは自分と同年代の少年が秘書を勤めていると知って驚いた。

 ハビエルの秘書をしているのは上級使用人の執事だ。その彼と同じ業務を行なっているのなら、ヒュドーはよほど優秀な人材なのだろう。

 感心していると、ヒュドーが労る様な顔をする。


「フィリーネ様の具合が悪くなさそうで一安心だよ。だって、食べるなら死体よりも健康な身体が良いに決まっているし、シドリウス様にそういった趣味はないから」

「ええ、私も目覚められて良かったです、ヒュ……うん?」


 後半の内容に引っかかりを覚えたフィリーネは、こてんと首を傾げる。

 目が覚めたのを祝ってくれたその後に、衝撃的な言葉を放ちはしなかっただろうか。


「食べるなら死体よりも健康な身体?」

 極めて物騒な発言をした気がするが、こちらの聞き間違いだっただろうか。

 頭上にたくさんの疑問符を浮かべるフィリーネに、ヒュドーは真顔で答えた。


「ああ言ったよ。生贄の儀式は二百年前に法律で禁止されてから久しいけど。でも、やっぱり生贄には若くて健康的な乙女が一番だね!」

 ヒュドー曰く、生贄の花嫁はテネブラエ湖の崖上に生えているマツの木にウエディングドレス姿で括りつけられるらしい。それが古くから伝わる習わしのようだ。


 ここでフィリーネに一つの疑問が生じる。

(私が聞いた話と内容が違います。マーシャ曰く、マツの木は迷信で脅し文句に使うだけ。実際に生贄の花嫁になった者はいないはずです)


 それに、ミリーネは行き遅れの娘がマツの木と結婚するだけで食べられるなんて言っていなかった。

 そもそも、植物は人間を食べない。その時点で齟齬が生じている。


 一体、誰の生贄の花嫁としてフィリーネは捧げられたのだろうか。

 その疑問に答えるようにヒュドーが言った。


「相手は言わずもがな、そこにいらっしゃる竜人族のシドリウス様だよ。安心してフィリーネ様、主人は痛くないよう優しく食べ……ぶふっ!!」

 言い終える前にシドリウスがヒュドーの頭を軽く小突いた。


「変な言い方をするな。余計にフィリーネを混乱させてしまう」

 嗜めるシドリウスに、ヒュドーは頭を撫でながら口を尖らせる。

「はっきり言うのは不躾でしょう。これでも僕なりの配慮ですって」

「それはそうだが……」


 二人のやりとりを耳にしながら、フィリーネは硬直していた。

(シドリウス様は竜王陛下と同じ竜人族だったのですか!?)

 竜人族に会うのは初めてで、フィリーネはまじまじとシドリウスを観察してしまう。


 竜人族の特徴として挙げられるのは、耳の先が尖っていること。

 シドリウスの耳はしっかり尖っていた。


 また、竜王陛下である方のシドリウスは顔色が悪くて爬虫類をぺしゃんこにした醜男だと言われている。

 それに対して目の前にいるシドリウスは、かなりの美丈夫だ。


(名前が同じですが竜王陛下とは別人のようです。……って、名前に気を取られている場合ではありません! もっと重大な事実を知ってしまいました。まさか、竜人族が人間を食べる種族だったなんて!!)


 ヒュドーによる婉曲的な表現は、純粋なフィリーネに誤解を与えるには十分だった。

 フィリーネは両頬に手を添えて青ざめる。



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