第6話 予想外の罰2
野菜の下処理を終えたフィリーネは達成感に浸っていた。剥いて切った野菜たちを料理長に渡したら、上出来だと褒められたのだ。
普段は無口で滅多に誰かを褒めない料理長からの賛辞。きっとこれはお世辞ではないはずだ。だからこそフィリーネは嬉しくてニコニコ顔になってしまう。
「今日はいつも以上に薄く野菜の皮が剥けたので自信があったんですよね。ふふ、嬉しいです」
料理長は作業が早く終わったからとフィリーネに昼休憩を勧めてくれた。
お言葉に甘えることにしたフィリーネは、厨房から隣の作業場に移動する。
すると、マーシャが階段を駆け降りてきた。フィリーネを見つけるなり血相を変えて詰め寄ってくる。
「ミリーネお嬢様がお呼びです」
顔色をなくしたフィリーネは口もとを手で覆う。恐れていたことが想定より早く起きてしまった。
「お呼びって、ランドレイス様は? 帰るにはまだ早いと思うのですが」
いつものスケジュールでいけば、アーネストはミリーネとお茶を楽しんだ後で昼食を取ってから帰る。そのため厨房では朝から料理人たちが忙しなく働いていた。
「公爵様の容態が芳しくないと連絡が入り、先ほどお帰りに。ミリーネお嬢様が引き留めましたがダメでした」
ランドレイス公爵は数ヶ月前から体調を崩している。
容態がどんなものなのか分からないが、ミリーネが定期的に公爵のもとを訪ねて光の精霊師として治療にあたっているらしい。
「ミリーネお嬢様が治療のために同行することを申し出ましたが、その必要はないと突っぱねられたようです」
「なるほどです。ランドレイス様から数々の約束や提案を断られてお姉様の機嫌は相当悪いでしょうね」
おまけにフィリーネはミリーネの言いつけを破ってしまった。
十中八九、いつも以上に心が疲弊する罰が用意されているに違いない。そしてすぐに向かわないとさらにその罰は重くなる。
(どうか過酷な罰でありませんように!)
覚悟を決めたフィリーネは胸の上で手を重ねて祈った。
マーシャに連れられたフィリーネはミリーネのいる部屋の扉を叩く。
「お姉様、フィリーネです。ご用件は何でしょうか?」
部屋の中に入ると、シェーズロングソファに横たわるミリーネが爪を研いでいた。リラックスしているように見えるけれど、剣幕なのが一目で分かる。
何故なら、不機嫌な時に必ずミリーネは自分の爪を爪やすりで研ぐのだ。
ミリーネは爪やすりをサイドテーブルに置く。
「ご用件は何でしょうかって? 自分が何をしたのか自覚ないわけ?」
怒りを爆発させるミリーネは身体を起こしてさらに続ける。
「おまえはわざと一階に上がって来たんでしょ? アーネスト様に見初めてもらおうとでも思ったの?」
「いいえ、決してそんなことは思っていません。ランドレイス様が時間より早くお越しになられたので鉢合わせしてしまったんです」
フィリーネは丁寧に事情を説明するが、ミリーネは自分の見解が正しいとして聞く耳を持たなかった。彼女は席を立つとフィリーネに詰め寄る。
「はっ。そんなの嘘ね。おまえは色仕かけでアーネスト様を落とそうとしたんだわ!」
非難されたフィリーネは小さく両手を挙げて否定する。
「そんな、ランドレイス様を落とすだなんてとんでもありません。私がうっかり落としたのは眼鏡です!」
「はあ?」
「あと、ランドレイス様を落とすなら階段まで誘導しないと無理ですお姉様」
真面目に状況を分析して答えたのに逆効果だった。
ミリーネは何うまいことを言っているんだいうような目でこちらを睨んでくる。さらにこみかみはピクピクと動いていた。
フィリーネは今年の秋で十八歳になるが、恋愛面は疎い。これまで屋敷仕事ばかりしていたこともあり、縁遠いものだったのだ。
「今日私と過ごす時間が減ってしまったのは、おまえがアーネスト様の時間を搾取したせいよ!!」
ミリーネはフィリーネの胸ぐらを掴んで引き寄せると、もう片方の手を振り上げる。
「いけません、ミリーネお嬢様!」
扉の前で控えていたマーシャが咄嗟に声を上げて諌めた。
「そんなことをすれば、闇の精霊が怒ってお嬢様に悪い影響を与えるかもしれません!」
ミリーネもハビエルも紫紺蝶から祝福されたフィリーネには手が出せない。暴力を振るえば、必ず紫紺蝶が不幸を振り撒くと知っているからだ。
昔、一度だけフィリーネはハビエルに本で頭を打たれたことがある。その後でハビエルは階段から落ち、足を骨折してしまった。さらに、仕事で乗る予定だった船が出港前に沈没するなどトラブルが相次いだ。
それ以降、ハビエルは紫紺蝶の仕返しを恐れてフィリーネに体罰を与えていない。
事情を理解していても尚、腹の虫が収まらないミリーネはマーシャをギロリと睨んだ。
「だとしても私とアーネスト様との時間を奪ったのだからそれ相応の罰を受けてもらうわ!!」
ミリーネは視線をフィリーネに戻すと掴んでいた手を乱暴に放す。続いてサイドテーブルに置いていた本を薙ぎ倒した。完全に八つ当たりである。
それは植物に関する本だった。
投げ出された拍子に本が開き、植物のイラストが見開かれる。
ミリーネはイラストに目を留めた。やがて、閃いたというように口角を吊り上げる。
「良いことを思いついたわ。前に家庭教師から聞いた話だけど――おまえを生贄の花嫁としてアカマツの木と結婚させるわ!!」
「アカマツ、ですか?」
フィリーネは目をぱちぱちと瞬いてから首を傾げる。
(アカマツは木の名前だと思うのですが……まさか、マツの木と結婚しろって言うんですか!?)
これまで受けてきた屋敷での罰とはまったく毛色が違っているし、突拍子もない。
フィリーネは絶句する。
呆然と立ち尽くすフィリーネに対して、ミリーネはシェーズロングソファに座り直して優雅に脚を組む。
「家庭教師が言うには、テネブラエ湖近くの崖に一本のアカマツの木が生えているんだって。近辺の町では行き遅れの娘をその木と結婚させるみたい。結婚相手のいないおまえにぴったりの相手でしょ?」
アカマツと結婚というが、そもそもアカマツは人ではない。ただの木だ。
(アカマツさんは私のような闇の精霊から祝福を受けた者が相手でも良いのでしょうか? そもそも、人ではない相手との結婚がこの国でまかり通るのかも分かりません。意思疎通だってどうやってすれば良いのでしょう)
フィリーネの中で次々と疑問が湧いてくる。
すかさず、マーシャが難色を示す。
「お嬢様、私は近くの町出身ですがそれはただの迷信です。なかなか結婚しない娘に痺れを切らした両親や親族たちが脅し文句に使うだけで、実際に生贄の花嫁というのは……」
「あら、じゃあアカマツの木もフィリーネが初めての相手になるのね。良かったわねお互い初婚で。竜王陛下と人間が結婚できるんだから、木とも問題なく結婚できるはずよ」
ミリーネは笑みを浮かべてこともなげに言った。
マーシャははらはらとした様子で進言する。
「まずは旦那様がお戻りになってからの方がよろしいかと。何分、屋敷の外になりますので」
実の娘を虐げた挙げ句、マツの木と結婚させようとしているのがバレたら世間的にまずい。これは間違いなくアバロンド家の醜聞へと発展するだろう。
マーシャは遠回しにその危険性を示唆した。しかし、ミリーネはその意図に気づいていなかった。
「お父様が外出されている間、屋敷を管理する権限は私にあるわ。だから許可なんて必要ないの。それに、帰りを待っていたら私がノイローゼになるじゃない。結婚はすぐに実行するわ」




