第3話 忌み子の日常2
光の精霊は上位精霊で、火や水、風などの精霊よりも契約を結ぶのは難しい。
(私もお姉様と同じように光の精霊と契約ができれば良かったのですが……生憎それは叶いませんでした。だって、闇の精霊に祝福されてしまいましたから)
フィリーネは出生時に闇の精霊の祝福を受けてしまった。
通常、精霊師になるには十三歳で精霊召喚の儀式を行って適性があるかを判断する。人間の方から魔力を放出して精霊を呼び出し、気に入ってもらえたら契約を結ぶのだ。
反対に精霊から祝福される場合は、よほど魔力の波長が合う人間でなければならない。
フィリーネは闇の精霊と魔力の相性が良かった。それも生まれた瞬間から祝福されるほどに。
しかし、闇の精霊に祝福されるというのは、光の精霊師一族であるアバロンド家にとって致命的だった。
白銀色の髪がフィリーネの視界に入る。
この髪は闇の精霊師の象徴で、もともと金髪だったのに変わってしまった。何故か闇の精霊に祝福されると髪色が変わるらしいが、その原因は分からない。
(お父様に止められているので精霊契約は結んでいませんが、闇の精霊――紫紺蝶は定期的に私のもとを訪れます。私と契約したいなら無理強いだってできるはずなのに、そんな素振りは一切ありません)
フィリーネは定期的に現れる黒色に発光した紫色の蝶を紫紺蝶と呼んでいる。
紫紺蝶はハビエルたちから不幸を振り撒く不吉な存在として恐れられている。だが、フィリーネはそう思わない。
紫紺蝶が側にいると不思議なことに心が落ち着いて安らぐ。怖いだなんて感じたことは一度もない。これは単に自分の神経が図太いのだろうか。
「ちょっと。いつまでボサっと突っ立ってるの? 話は終わったんだからさっさと持ち場に戻りなさいよ」
「その通りだ。休む暇があるなら身を粉にして働け! 私はこれからプセマ準男爵との商談で数日屋敷を空ける。だからと言って手を抜くんじゃないぞ!」
ミリーネとハビエルの一喝によってフィリーネの意識が現実に引き戻される。
「あ、はい! 承知しました。それでは失礼します」
フィリーネは二人に深く礼をして地下へ帰った。
作業場に戻ると、マーシャがフィリーネに代わって花瓶に花を生けてくれていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
フィリーネに気づいたマーシャは破顔して花瓶を手で示した。先ほど剪定していた花々がバランスよく彩られている。
「花を生けてくれてありがとうございます。私よりもマーシャの方が忙しいでしょうに」
フィリーネがあたふたしていると、マーシャは首を横に振った。
「花を生けるだけでしたので問題ありません。それより今日は正午にランドレイス様がお越しになると伺っております。時間までに階上の仕事を終えておきませんと、フィリーネお嬢様が罰を受けてしまいます」
「ありがとう。階上の残りの仕事はこの花瓶を持って行くだけです。後は厨房で野菜の皮むきと切るだけですから、心配いりません」
フィリーネはハビエル指示のもと、六歳の頃から屋敷掃除や暖炉の石炭の補充、洗濯といった肉体労働を課せられている。
これらは屋敷勤めを始めた下っ端の侍女がする仕事で、昇格すれば身体を酷使しない知的労働へと変化していく。
しかし、侍女ではないフィリーネにそれらの仕事は決して巡ってこない。
ハビエルが指示しない限りずっと肉体労働だ。
まだ子供であるフィリーネが大人でもきついと感じる肉体労働を続ければ、いずれ過労で倒れてしまう。
執事はハビエルたちにバレないよう、階下での仕事を野菜の下処理や生け花などにこっそり変えてくれた。他の使用人たちもフィリーネの負担にならないようフォローしてくれている。
そのおかげでフィリーネは今日まで無事に仕事ができていた。
「最近は手際が良くなったようなので、料理長から褒められたんですよ!」
フィリーネがにこにこと笑いながら言うと、マーシャがなんとも言えない表情を浮かべた。
「フィリーネお嬢様もミリーネお嬢様と同じ伯爵令嬢なのに。どうして……」
思わずといった様子でマーシャは呟く。
これは使用人の誰もが思っていることだった。
気位が高くわがままなミリーネと違い、フィリーネは虐げられている環境下でも明るく笑顔を絶やさない。真面目に一生懸命働くし、誰に対しても分け隔てなく接する。
闇の精霊に祝福された子供がどれほどアバロンド家にとって脅威なのかを教えられても尚、使用人たちはフィリーネに親しみを覚えずにはいられなかった。
「闇の精霊師は光の精霊師の力を奪います。だからお父様たちが神経を尖らせてしまうのは無理もありません。傍系にも光の精霊師はいらっしゃいますが、お姉様ほどの力を持つ方はいらっしゃいませんから。ところでマーシャ、目の下にクマができていますが、昨日はよく眠れましたか? 何か悩みごとでもあるのですか?」
フィリーネは、先ほどからマーシャの目の下にクマができているのを気にしていた。
指摘されたマーシャは最初こそ何でもないと言っていたが、フィリーネが根気強く尋ねると、観念したのか答えてくれた。
「実は次の休みに弟の結婚式へ参加するのですが、スピーチを頼まれているんです。大勢の前で話すなんて普段はしないので、想像したら眠れなくなってしまいました」
「弟さんの結婚式に参加だなんて素敵です。緊張して眠れないのなら、私に任せてください!」
フィリーネはマーシャの手を取ると目を伏せめがちにして、彼女がリラックスできるようにと祈りの言葉を紡ぐ。
指先から微かに紫色の光の粒が現れ、マーシャの指に馴染むように消えていった。
フィリーネには紫の光の粒の動きが見えるが、マーシャや他の人の目には映らない。何故か分からないが、この光の粒はフィリーネしか認識できないものだった。
最後の光の粒が消えると、フィリーネはマーシャの手を離す。
「マーシャのために祈ったので、今夜からは安心して眠れます。本番も緊張することなくスピーチができますよ」
「ありがとうございます。精霊師でなくとも、不思議な力が備わっているお嬢様はれっきとしたアバロンド家の一員です」
今のように、光の精霊師ではなくてもフィリーネは不思議な力を使ってちょっとした治療を行っている。
不眠だったり、気分の浮き沈みが激しかったりする使用人はフィリーネに祈ってもらうことで症状が劇的に改善されるのだ。
マーシャはフィリーネに握ってもらっていた方の手をもう片方の手で擦りながら、嘆息を漏らす。
「お嬢様はこんなにもお優しいのに。旦那様たちから酷い目に遭うのは納得がいきません。カトリーヌ様がご存命なら旦那様の横暴な態度を咎めたはずです。言い伝えに一番憤っていらっしゃいましたから」
もともとマーシャはカトリーヌ付きの侍女だった。
生前のカトリーヌは言い伝えによって誰かが虐げられ、傷つくのを嫌っていた。様々な文献を調べて闇の精霊師と光の精霊師が共存できる道を模索していたらしい。
結局、最良の答えが見つからないまま、この世を去ってしまったが。
「私の存在がお父様やお姉様にとって脅威なのは違いありません。なので、二人の負担を少しでも軽くできるように私は住環境を整えます!」
フィリーネはパンッと手を合わせて明るく言うと、マーシャの前にある花瓶をひょいと持ち上げた。
「さて、お客様がお越しになる前に階上の仕事を終わらせてきますね。終わったら野菜の下処理が待ってます」
物言いたげなマーシャをよそに、フィリーネは元気よく仕事を再開した。




