第18話 アバロンド家の秘密(シドリウス視点)
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「夢塞病に魘されなくなって今日で三ヶ月目になる」
書斎にて。仕事が一段落したシドリウスは机の上で肘をつき、手を重ねて神妙な顔をしていた。
このところ、百年患っていた悪夢をさっぱり見なくなった。
完治した要因があるとすれば、毎日フィリーネと一緒に眠っていることくらいだ。
ベッドを共にして以降、就寝時間になるとフィリーネの方から訪ねて来るようになった。
枕をぎゅっと抱きしめて「一緒に寝ませんか?」と尋ねてくる破壊力ときたら凄まじい。
小さくて可愛い生き物の誘いに誰が抵抗できようか。
少なくともシドリウスにはできない。
本人は気づいていないだろうがシドリウスは入眠するまでの間、生殺し状態だ。
その上、フィリーネからラベンダーの香りがする。それが彼女の香りと合わさって甘い香りが誘惑してくるので余計に生殺しに拍車がかかっていた。
成人するまで手は出さないと決めているが、眠りに入るまでの間は必死に欲望と葛藤している。否、葛藤している間に眠っているのだからやはり自分は神経が図太いのだろうか。
そんな疑問はさておき、フィリーネが夢塞病完治の要因になっているのは確実だろう。
「フィリーネは夢塞病を治す力を持っているのだろうか?」
疑問を口にすると、側で書類を確認していたヒュドーが顔を上げた。
「僕的には単なる偶然かと思うのですが……まさか愛の力というやつですか?」
「愛の力か。そうなら喜びたいところだが違うな。上手く説明はできないが、フィーと一緒に眠る時は普段の彼女とは違う力――精霊の魔力が僅かに働いている」
シドリウスの言葉にヒュドーは眉を上げた。
「精霊の魔力ですか? でも、フィリーネ様は精霊と契約はしていませんよ? ちゃんと僕が確認済みです」
ヒュドーは世間話の延長で、フィリーネに契約している精霊がいるかどうかを質問し、はっきり契約していないと聞いていたのだ。
「そうだな。俺もフィーが精霊と契約している風には見えないし、そんな魔力も感じなかった」
竜人は他の生き物の魔力を感じ取れる。人間が精霊と契約を結んだ場合、精霊の魔力属性が人間にも色濃く反映されるため、意識すれば精霊師だと判断ができる。
フィリーネは光の精霊師一族の一人だ。契約する精霊属性は光の可能性が最も高い。
ところが、微かに感じた精霊の魔力は光と言い切れなかった。寧ろ、光とは相反する闇の魔力といった方がしっくりくる。
(気になるのは、最近屋敷の周りを闇の精霊が飛んでいることだな)
黒色に発光した紫の蝶がひらひらと飛んでいる姿を数回目撃している。
あの蝶が姿を見せ始めたのは、フィリーネがこの屋敷に来てからだ。もしかすると、闇の精霊とフィリーネには何か関係があるのだろうか。
(どの道、フィーから感じた魔力は僅かすぎて闇の精霊かどうかも判断できないが……)
釈然としない気持ちを抱いていると、ヒュドーがある提案をしてくれる。
「差し出がましいことですが、先王陛下に訊いてみるのはいかがでしょうか? 確か、精霊と交流するのがお得意だったと伺っています。何か分かるかも知れませんよ」
「そうだな。ギデリウスに話を聞いてみるとしよう。あいつは精霊に好かれやすい質だから、俺よりその辺の事情も詳しいだろう」
自然を大切にする心優しいギデリウスは、様々な属性の精霊に好かれている。
竜人族の間でも心優しい竜人として有名だ。
(心優しいが故に悪徳貴族たちにつけいられ、傀儡王にされてしまったがな)
シドリウスは早速、羊皮紙を用意してギデリウスに手紙を書いた。
書き終えた紙に向かって指を動かすと、宙に浮かんで鳥の形に変化する。
鳥は本物の鳥のように小首を左右に傾げて机の上で跳ねると、元気よく外へ羽ばたいていった。
見届けたシドリウスは椅子の肘かけに肘を置く。
「精霊と言えば、アバロンド家の調査は進んでいるか?」
「もちろんです。つい先日、年齢を理由に辞めた馬丁を見つけ出しました。彼によると、あの家で働く使用人は屋敷に入る前に必ず魔法契約書を結ぶらしいです」
「なるほど。大量に魔法契約書を申請していたのは、使用人との契約に使うためだったのか」
合点がいくが、腑に落ちないところはまだあった。
「どうして使用人を雇い入れるだけなのに、魔法契約書を結ぶ必要がある? 普通は大がかりな取引や共同事業の際に使うものだぞ」
魔法契約書の最大の利点は裏切りを防ぐ点にある。
万が一、どちらかが違反したら青い炎で焼かれる魔法が施されている。
炎は水をかけても消えず、違反者を焼き尽くすまで燃え続ける。死をもって償わなければいけないのだ。
「使用人と魔法契約書を交わすほどだ。世間に知られたらまずい事情でもあるんじゃないのか?」
「それは恐らくフィリーネ様を虐げている件だと思います。フィリーネ様の名前を出した途端、馬丁はあからさまに態度を変えましたので」
社交界でのフィリーネは病弱な令嬢として話が通っている。もし真実を世間に広められたらアバロンド家の醜聞となって、他の貴族たちから白い目で見られるだろう。
その真実を覆い隠すためにアバロンド家は使用人と魔法契約書で雇用を結んでいる。
絶対にこの秘密が露呈しないように。
ところが、答えを導き出せたと思った途端、シドリウスの頭の中で新たな疑問が生じた。




