第17話 添い寝作戦
シドリウスの部屋は二階の一番奥にある。
扉の前で下ろされたフィリーネは、シドリウスと一緒に中に入った。
部屋の中は真っ暗だったが、シドリウスが手を上げるとたちまち灯りがともる。
オレンジの温かい光に照らされた室内は、屋敷の雰囲気と同様に落ち着いた設えだった。
フィリーネはシドリウスの使う魔法に見惚れていた。
人間は契約する精霊の魔法しか扱えない上、体内に魔力を宿していても精霊に気に入ってもらえなければ魔法が使えない。
しかし、竜人は自分の力だけで魔法を自由自在に扱える。
フィリーネは改めて竜人族の凄さを痛感した。
室内が明るくなったところで、フィリーネは壁際にあるキングサイズのベッドに目を向ける。本来の目的を達成すべく、肩にかけていたショールを取ってシドリウスの手を引く。
「シドリウス様、もう遅いですし早く一緒に寝ましょう?」
「ふううっ」
シドリウスが空いている方の手で口元を覆って呻き声を上げた。
長い睫毛を小刻みに震わせる。
「しっかりしろ。これは試練だ。試練は、乗り越えるのみ」
「ええ、大丈夫です。この試練を乗り越えたらぐっすり眠れますよ!」
自分が試練になっていることなどつゆとも知らないフィリーネは、笑みを浮かべて力強く鼓舞する。
シドリウスの呻き声は一層深くなった。しばらくして、諦めたように大人しくベッドに横になる。しかし、ここからが彼にとってさらなる試練だった。
「なっ、フィー!? 何をしているんだ?」
シドリウスが素っ頓狂な声を上げた。
フィリーネはきょとんとした表情で小首を傾げる。
「え? 何って添い寝です。こうすれば眠れると思いまして」
「これは添い寝ではなく、俺が抱き枕になっているだけな気がするんだが……」
今のフィリーネはシドリウスに抱きついている状態だ。
「くっついて寝た方が温もりを感じて安眠できるでしょう? 悪夢を見るのは独りで眠るからです。こうした方が悪夢に襲われなくて済みます」
フィリーネはシドリウスを安心させるようにさらに身体を密着させる。
シドリウスの胸に顔を埋めれば、彼の心臓の音が聞こえてきた。
速度が速い気がしないでもないが、その音が妙に心地良い。
「シドリウス様がぐっすり眠れるまで起きています。だから安心してください。きっと今夜はぐっすり、眠れ、ますよ……」
話していたらだんだん瞼が重くなっている。
まだ眠るわけにはいかないのに。
頭の隅で必死に言い含めるフィリーネだったが睡魔には抗えず、そのまま夢の世界へと旅立ってしまった。
「……ろ。フィー、……起きろ」
「ふにゃ」
低く掠れた声と吐息が耳朶に触れる。
誰かに起きるよう声をかけられている。
まだ眠っていたいけれど起きなければ。このままだと相手に迷惑がかかってしまう。
フィリーネがゆっくり目を開くと、室内は既に朝の色に包まれていた。
一瞬、自分がどこにいるのか分からなくて面食らう。
しかし、昨夜の出来事を思い出して瞬時に覚醒した。
「ご、ごめんなさい。先に寝てしまいました!!」
ガバリと起き上がったフィリーネは居住まいを正して頭を下げる。
シドリウスが眠るまで起きていると大口を叩いておいてなんたる失態。
起きているどころか先に眠ってしまった。しかも、口からは涎が垂れているではないか。
服の袖で涎を拭き取ったフィリーネはシドリウスの顔を直視できずに俯く。
「ああ、恥ずかしいです。穴があったら入りたいです。……いえ、寧ろ今から中庭へ行って掘ってくるので埋めてもらいたいです」
涙目になっていると、温かくて大きな手がフィリーネの頭の上にぽんとのった。
「馬鹿を言うな。フィーがくっついてくれたおかげで、数分と経たないうちに眠れたんだぞ」
フィリーネはシドリウスの親指に顎を持ち上げられる。そこには穏やかに微笑む彼の顔が間近にあった。
「私に気を遣ってくださっているのすか?」
「気など遣っていない。フィーを前にして寝てしまうなんて俺自身が驚いているし、我ながら図太い神経をしていたんだと落ち込む……ところではあるが、おかげで百年ぶりに熟睡できたし、悪夢も見なかった。こんなに清々しい気持ちで目覚められたのはいつぶりか分からない。本当にありがとう」
シドリウスの顔をよく見ると、昨夜よりも顔色は良くなっている。
どうやら言っていることは本当らしい。
「シドリウス様の睡眠のお手伝いができて嬉しいです」
役に立って良かったと、フィリーネがにへにゃりと笑う。すると、目の前が暗くなった。
気づけば、シドリウスに抱き締められている。
「シドリウス様?」
「今夜も一緒に寝てくれないか? フィーが側にいてくれたらよく眠れる。俺にはフィーが必要なんだ」
フィリーネは目を瞠った。
これまでハビエルとミリーネからは忌み子として疎まれてきた。使用人たちは親切だったが、一線を画されているのは肌で感じ取っていた。
要するに、アバロンド家でのフィリーネは誰からも必要とされない存在だった。
だから生贄の花嫁という役目をもらい、必要とされて嬉しかった。早く食べてもらいたくて躍起になっていたけれど、こうして新たな形で彼の役に立てたのなら嬉しい。
「私で良ければいつだって側にいます」
「ありがとう。さて、そろそろ身支度を済ませて食堂へ行こうか。実は夜から空腹だったんだ」
シドリウスはベッドから降りると、うーんと伸びをしてからカーテンを開けた。
はだけたシャツからは、胸板が垣間見える。
引き締まった筋肉に思わず見とれてしまうフィリーネだったが、空腹という言葉を聞いて我に返った。
「もしや、寝る前に夜食的な意味で味見したかったのですか? だったら今からでも……」
「いや、それは結構だ」
キッパリと断られたフィリーネは大人しく引き下がるのだった。




