第八話 吸血鬼は吸血鬼なのか?
僕たちの話が一段落すると、見計らったかのように店員さんが料理を抱えてやってきた。ついにお待ちかねのメインディッシュだ。
「デミオムライスと、ペペロンチーノね。ごゆっくりどうぞ~」
ククルにはかなりの量に見えるペペロンチーノが、僕には鉄板の上でジューッと音を鳴らすデミグラスソースがかかったオムライスが届けられる。半熟気味の卵に包まれたチキンライスとアツアツのデミグラスソースの香りが混ざり合い、これでもかと食欲を刺激してくる。
「これは……すごくおいしそう」
「おいしそう、ではなくおいしいのじゃ。しっかりと味わうとよい」
「そうさせてもらうよ。……いただきます」
僕がスプーンを手にとると、ククルも「いただきます」とあいさつをしてからスプーンとフォークを手に取った。あいかわらず日本人らしい仕草をするククルに不思議な感覚を抱きながら、僕は湯気が立つデミオムライスをすくいあげた。
***
「たしかにこれはおいしい、おいしかった」
「おぬし、黙々と食っておったな。話しかけるのもはばかられたわ」
「ご、ごめん……」
お腹をすかせた状態に食欲をそそる香り、期待を越えるおいしさが僕を包み込んだ瞬間、僕は目の前のデミオムライスを食べること以外を考えられなくなってしまった。おかげで、十数分しか経っていないのに、目の前の鉄板には米粒一つどころかソースの一滴も残っていなかった。あの量をこの時間で食べるなんて、僕にしてはかなりの早食いだ。それぐらい、このデミオムライスはおいしかったのだ。
僕がククルのお皿に目を向けると、彼女もしっかりと完食していた。かなりの量があったように見えたのだけれど、僕と同じペースでペロリと平らげてしまっている。あの小柄な体のどこにあの質量が収まっているのだろう。
そんな彼女は、水を喉に流し込んで「ヒー」と息を吸いながら舌を出している。辛いのが苦手なのか、ここのペペロンチーノが辛いのか――次このお店に来る機会があれば、次は僕がペペロンチーノを頼んでみてもよいかもしれない。
「……水。流水……」
そういえば、吸血鬼は強い種族としていろいろな作品で描かれているわりに、弱点が多いような気がする。僕が知っている限りでも、日光、流水、塩、十字架、銀、にんにく、と苦手なものがたくさんある。
一方で、自称吸血鬼のククルとは昨日出会ったばかりだけれど、彼女がそれらを嫌っていないところは既にいくつも見てきた。昨日も今日も当たり前のように水を飲んでいるし、日傘をささずに日なたを歩いているし、塩もにんにくもふんだんに使われているペペロンチーノを平らげている。
思えば、僕は彼女の吸血鬼らしいところをまったく見ていない。あえて要素をあげるなら、おかしな話し方と恰好ぐらいなものだけれど、それだけで吸血鬼になれるなら僕だって今から吸血鬼になれてしまう。
「ククル・フェルネスタ、吸血鬼じゃ」という名乗り文句をするぐらいだから吸血鬼である自分を気に入っていそうだけれど、僕からしたら、彼女のどの部分が吸血鬼なのかが分からなかった。
「ククル、僕からも一つ聞いていい?」
「なんじゃ?」
ククルと距離を取るべきだとか、明日からの計画だとか、ごちゃごちゃとした思考回路を一切経由せずに僕は口を開く。
ククルのことを知りたいから聞く。今日はもうそれでいいだろう。
「ククルは吸血鬼なの?」
「そうじゃ」
あまりにもシンプル過ぎる答えに少しだけ困惑してしまう。さも当然のように肯定の一言だけを返されると「そうかもしれない」と流されそうになるけれど、そこには理由の欠片もない。僕が知りたいのはその先だ。
「えぇと……マンガとかゲームでしか見たことがないんだけど」
「よかったな、紅。おぬしが現実で見た初めての吸血鬼が妾じゃ」
「なんかこう、吸血鬼っぽいところとか見たいな~って思ったり……」
僕の目の前にいる自称吸血鬼は、アイスコーヒーをストローでチューチューと啜るかわいい小柄な女性に過ぎない。飲んでいるものが血液だったら信じられたものだけれど、今のところ吸血鬼要素はひとつもない。
「なんじゃ、血でも吸ってほしいのか?……へんたい」
「血を吸われるのって変態なの!?」
――吸血鬼界の常識が分からない!吸“血”鬼なのに血を吸う行為が変態ってどういうことなんだ!?
「じゃ、じゃあ、羽とか……吸血鬼といえば羽で空を飛ぶイメージがあるんだけど……」
「羽を生やしたら服が破れるじゃろが」
「そ、それはたしかに……」
本当のことを言っているのか、誤魔化されているのかが分からずに頭を抱えていると、ククルは何かを思いついたように「あっそうじゃ」と声をあげながら手をポンと叩いた。
「あるぞ。今でも見せられる、吸血鬼である証拠」
「え、ほんと?みたい!」
「実はな、妾には控えめじゃがちゃんと牙がついておるのじゃ。ほれ」
ククルはそういうと、口を“あーっ”と大きく開ける。
たしかに牙――と言われればそうかもしれない、ちっぽけで少しだけ鋭い歯が生えていた。正直なところ、鋭めの犬歯と言われても違和感がない。これぐらいなら、うちの大学の中を探せば数人ぐらいは見つかりそうな気さえする。
――それにしても、ちょっとこれは……。
「……ごめん、大丈夫、ありがとう」
「もうよいのか?」
「いや、その……ちょっと絵面が……」
口を大きく開いて中を見せる女性と、それをまじまじと見つめる僕。
薄いピンクと、少しだけ鋭い白い牙。食後なのもあって、少しずつ分泌される唾液と、それを気にせずに口を開き続ける彼女。
このお店の人たちがククルの知り合いじゃなかったら、相手がククルじゃなかったら――確実に事案だ。そんなつもりじゃなかったけれど、傍から見た絵面がいかがわしすぎる。
「わかってくれたかの?牙は吸血鬼の特徴の一つじゃ」
「うん……うん、そうだね」
「なんじゃ、不服か?まぁよい。いつか信じられる日が来るかもしれぬしの」
腕を組んでククルは静かに目を伏せる。
今は多様性の世の中だ。よく考えれば、いまどき日光が苦手じゃない吸血鬼も、血を吸わない吸血鬼も珍しくはない。そう考えればなにもおかしいことではない。 自分を納得させるように、僕も腕を組んで大きく頷いた。
でも、それはそれとして、ククルが本当に吸血鬼だというのなら、フィクションらしいところも見てみたいものだ。血を吸う――のは変態行為らしいし、そうなるとやっぱり羽――羽かぁ。
「……羽、見てみたいな」
「今は生やせぬと言っておろう」
「いや、そうじゃなくて……吸血鬼なんてみたことないから、本物の羽、みてみたいなぁ……って思ったり」
「……へんたい」
「羽も!?」
――そんなこといったら吸血鬼要素は全部変態じゃないか!
というか、口の中を見せるのはよくて、血を吸うのと羽を見せるのが変態というのは納得がいかない。これは吸血鬼の問題なのか、ククルの問題なのかどっちなんだ!
「羽を見せるのも吸血鬼界では変態扱いなの?」
「いんや。羽が見たいから服を脱げと言われておるのかと」
「曲解すぎる!」
思わず大きなため息をついた。どうやらククルは僕をからかっていただけのようで、「あっはは!」と声をあげながら笑い始める。
「ま、まぁなんじゃ。おぬしならほんとに見られる日が来るかもしれぬ。妾を吸血鬼と知ってなおここまで普通に接してくれるのは、おぬしが初めてじゃからの」
「はぁ……その日が来るのを楽しみにしてるよ」
「そうするとよい。あっはは!」
当たり前のようにククルは僕と付き合いを続けるつもりで話を進める。僕にとっては悩みごとの一つだというのに、僕の気持ちなどまったくお構いなしだ。正直なところ、悪い気はしないけれど。
「……一応、伝えておこうかの。羽については、外で出すなと言われておるのじゃ」
「誰に?」
「に――」
――に?兄さん、とか?
僕がその先の言葉に思考を巡らせはじめると、ククルはすぐにハッとして、わざとらしくゴホンと咳払いをした。
「……親じゃよ、親。“郷に入っては郷に従え”と言うじゃろ?」
「まぁ……それもそうか。普通の人に羽は生えないからね」
そういえば、ククルに“大学デビュー”をさせていたのも彼女の親だったはずだ。
自分を出したいククルと、問題を起こさせないように自分を抑えてほしい親――といったところだろうか。僕の家族とは正反対だ。
「もし機会が来たら、存分に楽しむとよい。その時は特別な服も見せてやろう」
「ほどほどに期待しておくよ。羽を出せない事情も知っちゃったし」
「うむ、それでよい」
ククルは満足そうに頷いてから、アイスコーヒーを飲み干した。僕もそれに続いてコーヒーを飲み干すと、ククルは再びメニューを取り出して机に広げる。
どうやら食後のデザートを頼むようだ。あの大盛りのペペロンチーノを平らげたうえでデザートまで食べられることに感心しつつも、僕も今までの会話でやたらと気力を使ったからか、小腹を満たしたい気分になっていた。
ククルが店員さんを呼んで、僕もチョコレートケーキとコーヒーを追加で注文する。実家を離れてから一度も味わうことができなかった“心のままに楽しめる時間”は、まだまだ終わらないようだ。




