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妾の心が導く儘に  作者: ぬまし
僕と妾はこうして出会った

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第七話  吸血鬼は知りたい

 注文したブレンドコーヒーとアイスコーヒーが手元に届いたあと、メインディッシュのデミオムライスとペペロンチーノを待っていると、ククルは「実はの、紅」と僕に話を切り出した。


「昨日は周りに人がおったから、あえて聞かんかったのじゃが……」

「な、なに……?」

「そんな身構えんでよい。たいしたことではないのじゃ」


 ククルは髪を指でクルクルといじりながら、少しだけ話しづらそうに僕を見る。「身構えんでよい」と言うわりには言葉にするのを躊躇う素振りをするものだから、僕の喉は勝手にゴクリと音を鳴らしていた。


「おぬし、妾のことジロジロと見とったじゃろ?何回も」

「言い方!言い方ぁ!」


 カウンターからガタッという物音が聞こえて、僕はすぐにツッコミを入れた。

 たしかに僕はククルのことを見てしまっていたから間違いではない。間違いではないけれど、その表現ではまるで僕が変態みたいではないか。

 このお店はククルと家族ぐるみの付き合いがあると彼女自身が言っていた。つまり、ククルに対して不適切な言動でもすれば――想像もしたくない。出禁どころの話では済まないかもしれない。


「いや、よい、よいのじゃ。妾とて浮いていることぐらい自覚しておる。ジロジロ見られるのは慣れておるからの」

「フォローになってないけど……」

「それで、聞きたいことというのが――」

「無視かい」


 ククルの話が止まらないことを察して、僕は小さくため息をついた。

 ここでこの話をされるのはいろいろな意味で少し怖いけれど、学食でされるよりはマシだ。本格的に例の僕の作戦がお釈迦になるかもしれなかったのだ。ここばかりはククルの気遣いに感謝しておこう。


「おぬし、妾のような者を見慣れていたりはせんか?」

「……ククルのような人を?……吸血鬼を?」


 ククルから聞かれたことは、声に出しながら反芻しても、うまく意図を理解できないものだった。よっぽどすっとぼけた顔をしてしまっていたのか、彼女は「うーむ」と首を捻りながら言葉を変えて再び僕に問いかける。


「なんというか、昨日の二限目のときのおぬしの視線は、他の者と違っておったというか……奇異の目ではなく、見慣れたものを見る目というか……」


 ――あぁ、なるほど。これは本当に、この話題を昨日振らなかったククルの気遣いに感謝しないといけないかもしれない。




 僕の視線に奇異な思いがなかったといえば噓になるけれど、たしかに僕にはそれ以上に強い感情があった。


 それは、とにもかくにも、“かわいい”だ。


 僕はロリィタが好きだ。着もしないのに集めるほどに、好きだ。実際に外で着ている人を見たら珍しいとは思うけれど、ある意味見慣れてもいるわけで、それをこんなにも着こなす人がいたら目を奪われてしまうのは当然の話だ。

 つまるところ、ククルの質問に答えるためには僕の趣味をカミングアウトしなければいけない。昨日のように周りの人に聞かれる心配はないけれど、ククルには知られてしまう。

 ククルは僕の趣味を知って、気味悪がらないだろうか。もしそうなったら、――少しだけ、傷跡が残りそうだ。

 これからのこと、そして僕の精神衛生を考えると、ここは誤魔化しておくのが無難だ。無難のはずなのに――



「……ククルはさ、もし男の人がククルみたいな服が好きで、集めてるって聞いたらどう思う?」



 ――どうして。どうして僕は打ち明けようとしている?僕の作戦でいうところの最終段階である“趣味の告白”を、どうして昨日会ったばかりのククルにしようとしている?

 理由は薄々感づいている。きっと僕は、ククルのことを知りたいのと同じように、僕のことをククルに知ってほしいと思っている。まったく、昨日の脳内会議はなんだったのか。

 心の中で自分自身にあきれ果てながら、「んー」と言葉を考えるククルの顔をおそるおそる覗き込んだ。


「べつによいのではないか?」

「え、キモくない?」

「いやだって、好きなのじゃろ?その服が」

「好き、だけど……」

「好きでもないのにとか、いやらしい目的でとかじゃったら勘弁じゃが、心から好きなら恥ずべきことではないじゃろ」

「そう……そう、なのかな?」

「そうじゃ。むしろ自分の好きなものに自信が持てぬ方が“ダサい”と、妾は思うがの」


 自分の意志を持ってはっきりとそう告げるククルは、僕にはとても眩しく、とてもかっこよく見えた。




「それで、紅。さっきの話じゃが――」


 ストローを加えてアイスコーヒーをチューチューと飲んだあと、ククルはもう一度僕に問いかける。

 質問に質問で返した僕に、ククルは丁寧に心の内を答えてくれた。ここで僕の趣味を隠して逃げるのは、それこそ“ダサい”というもの。

 ――覚悟を決めろ、伊藤紅。お前はやればできる男だ。


「実は僕もクラロリをいくつか持ってるけど、その中でもククルのファッションはすごくかわいいなと思ってみてた。だから周りと違ったのかも」

「……妾と話した後も、そう思っておったのか?」

「うん。さすがに吸血鬼って言われてびっくりしたけど、綺麗なシルエットにまとまってるなーとか、小さくて似合うなーとか、好きだなーとか、そのあとも――」


 僕はそこまで話してから、「ん?」と自分の言葉に疑問符を浮かべた。なにか余計なことまで言ってしまったような――


「す、すき……」

「く、ククルのファッションがね!!僕の好みの服ってことだからね!!」

「わわわわかっておるわ!いちいち反応するでない!!」


 ククルの呟きにハッとして、僕はすぐに手を振って訂正する。彼女は「何が話すのが下手じゃ」と小さく吐き捨てて、耳を赤く染めながら顔を背けた。

 しばらくすると、口に手を当てながらわざとらしく咳払いをして、仕切り直しと言わんばかりに話をつづける。


「そ、そういうことじゃったか。それは他の者とは違うわけじゃ」

「みんなもかわいいと思ってたとは思うけどね。見慣れてないだけで」

「見慣れたお主から見ても、妾は見惚れるほどかわいかったというわけじゃ」

「ククルの服が、ね」


 あらためて僕の結論を聞いたククルは、両手で頬を突いてストローを咥える。先ほどまでの照れ具合からうって変わって、ご機嫌な調子で僕を見つめた。


「棘のある言い方じゃの。妾あっての、この服じゃぞ?」

「それは本当にククルが素敵だと思うよ。服に着られていないのはククルの努力の証拠だと思うし」

「……おぬし、吹っ切れるとかなり強火じゃな」


 ストローから口を外したククルは、今度はジトーッとした視線を僕に向けながら頬を染める。

 このコロコロと変わる表情は、見ていて飽きない。


「とりあえずそういうことだから、僕がククルを嫌そうな目で見ることはないから安心して」

「それはなんとも嬉しいことじゃ。妾のお気に入りの服たちも安心するじゃろ」

「やっぱり、他にもいろいろあるんだ」

「なんなら特注のものもあるぞ?まっ、明日からはジロジロと見ずに堂々と見ることじゃな」

「それは、……恥ずかしいからしないけど」

「……口説き文句は言えるくせに。基準が分からぬ奴じゃな」


 困惑するククルをよそに、僕はコーヒーを口に運ぶ。ククルには趣味を隠さないと覚悟を決めてからというもの、なにか恥ずかしいことまで口にしていたような気がしなくもないけれど、過ぎたことはコーヒーと一緒に流しこむことにした。

 それにしても、ククルの「好きなものに自信が持てない方が“ダサい”」という言葉は、僕に深く突き刺さったようだ。ククルのように四六時中その心でいられるほどの強さは僕にはないけれど、彼女のように心のままに生きる生き方を少しぐらいは夢見てもよいかもしれない。


「それじゃ、紅。明日からは妾の服の感想を言葉にするのじゃぞ」

「え?」

「え?じゃないわ。ジロジロだろうがマジマジだろうが、どれだけ見られても感想は言葉にせんと伝わらぬのじゃ。さっきから恥ずかしいことばかり言うおぬしなら楽勝じゃろ?」

「それとこれとは話が――」

「つべこべいうでない。妾はお気に入りの服を褒められて嬉しい、おぬしは好きなファッションを楽しめて嬉しい。ウィンウィンじゃろ?」


 ククルは両手の指を三本立てて、ニコニコと笑う。そんなにも屈託のない笑みを浮かべられたら、断るに断れないだろう。

 僕は分かりやすくため息をつく。それが肯定の意図だと認識したのか、ククルは「あっはは!」と笑った。楽しそうに笑う彼女を見ていたら、僕もつられて笑ってしまっていた。

 僕のククルに対する気持ちのこと、明日から実行する例の作戦のこと――考えることはまた増えてしまったけれど、今はこの初めて楽しいと思えた“人と過ごす時間”を満喫することにした。

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