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妾の心が導く儘に  作者: ぬまし
僕と妾の隠しごと

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第四十九話  吸血鬼は約束を果たす

 年内最後の講義を明日に控えた木曜日。今日と明日は午後からの実験が休みで、午前中しか講義が入っていない。こんな日程ならサボる人もいそうなものなのにほとんどの人が出席しているのは、これが専門科目だからなのだろう。学部学科ごとに用意された専門科目は全学部共通科目と違って、代わりの講義で単位を取ることはできない。

 「来年後輩と共に再履修」という面倒なことになるぐらいなら、しっかり出席した方が良い。これはどこの学部学科にも言える共通認識だ。

 とはいえ、目前に連休が控えていれば集中力も欠けるというもの。さらにいえば、今日は十二月二十五日。身が入らないのも仕方がないことだろう。

 かくいう僕も、集中できていないのは言うまでもない。

 講義を終えたら、久しぶりにククルと二人の時間を過ごすことができる。そして、ククルへのプレゼントが入ったカバンが僕の隣に座っている。講義に集中しろというのが無理な話だ。



 シュンくんと日下部くさかべさんに付き合ってもらって、僕が選んだプレゼント。これを渡すとき、僕は自分の想いを一緒に伝えるつもりだ。

 これは、彼女とより親密になりたいという僕のエゴだけが理由じゃない。


 ――ククルが今、何を考えているのかが知りたい。


 ククルは何も言わずに僕の前から去ろうとしている。それが誕生日を知ろうとしなかったことが原因なのか、僕が嫌いだからなのか、それ以外に理由があるのか。いずれにせよ、今のククルの表情は暗くて、僕が好きな明るい笑顔からほど遠い。

 彼女の気持ちを知らないまま関係が消えていく。表情が暗いまま、どこかに行ってしまう。それだけは、絶対に嫌だ。絶対に認めない。

 彼女の心の内を知るために、自分の心の内をさらけ出す。心のままに生きる彼女を知るためには、一番良い方法のはずだ。


 ククルが自分の気持ちを伝えてくれるのなら、どんな結果になっても僕は従う覚悟ができている。僕を選ぶのも、僕を選ばないのも、僕を拒絶するのも、彼女が心からそう思うなら、僕は受け入れる。その先に彼女の笑顔があるなら、その道を進むだけだ。

 僕はククルが好きだ。楽しそうに笑いながらフリルを揺らすククルを見るためなら、僕はなんだってやる。



 ***



 講義の終わりと同時に、すぐに荷物をまとめる。教室の中を見回してみるけれど、ククルの姿はない。入り口付近は空席が多いから、もう既に出ていったのかもしれない。

 ククルにメッセージを送ろうとスマホを開くと、タイミングよくそのククルから通知がきた。


『自販機の前で待ってる』


 初めて学生実験をした日、僕が実験終わりに着替えてきたククルを待っていた場所だ。

 急いでククルのもとへ向かう。まったく、呼び出した本人が待たせていては世話がない。




「……なんですでに疲れとるのじゃ?」

「なんでだろうね……あはは……」


 開口一番、眉を寄せながら呆れるククル。

 いろいろなことを考えながら人を避けつつ早歩き。自分でもこんなに疲れるとは思わなかった。数十メートルしか離れていないというのに。


「で、渡したいものとはなんじゃ?」

「待って。その前に、お腹すいてない?」

「すいてはおるがの、おぬしの目的は――」

「今日は付き合ってくれるんでしょ?」


 さっそく本題に入ろうとするククルを止める。会う約束をしても、すぐに僕の前から去ろうとするのは変わらないようだ。

 でも、ククルは今日の午後から付き合うと言った。予定を開けると言った。言ったからには貫くのが、ククルという女性だ。


「……はぁ。で、どこで食うのじゃ?」

「……よかった、ちゃんとククルだ」

「なにを言っとるのじゃ?」

「なんでもない。実は行きたいところがあって――」


 今日の予定は考えてある。ただ恥ずかしいことに、僕は車を持っていないからククルの力なしで遠出することができない。

 車が要らない予定も考えているけれど、できるならククルには首を縦に振ってほしい。僕も久しぶりにククルの車に乗りたいし。


「まったく、おぬしから誘っておいて妾の車ありきかや」

「ごめん。ククルを歩かせるわけにも満員バスに乗せるわけにもいかないから」

「学食じゃダメな――」

「だめ」

「わかった、わかったのじゃ。仕方ないの……」

「ありがとう、ククル」

「はぁ……もう」


 困ったように眉を寄せたり悪態づいたりしながらも、駐車場に向かうククルの表情は少しだけ明るく見えた。

 多分、ククルは何か悩みを抱えている。それが僕の前から去ろうとすることと関係あるのかは分からないけれど、少なからず心に何かを抱えているのは確かだ。

 今のは強引すぎたかもしれないけれど、今のククルには多少強引なくらいが気分転換にはなるかもしれない。




「やっぱりククルの車は落ち着くね」

「褒めてもなにも出ぬぞ」

「ただの感想だよ」


 ククルにお願いしてやってきたのは、シュンくんと日下部さんにプレゼント選びを手伝ってもらったショッピングモール。僕がククルに淹れるためのコーヒー豆を買った場所でもある。むしろ、そのコーヒー豆を買った場所が目的地だ。

 大きな入り口をくぐり、大きな広場を通過して、通りをまっすぐに進む。賽岐祭さいきさいの前日にシュンくんたちと入った喫茶店も通過して、フードコートも通り抜ける。すると、渋くも安らぐ香りが鼻に届いてきた。


「ここだよ」

「ほう」


 コーヒー豆を購入したカウンターではなく、併設された喫茶店の入口へと足を向ける。

 店内を覗くと、ちらほらと席は空いていた。お昼時ではあるけれど、待ち時間はなさそうだ。

 すぐ隣にフードコートもあれば、違う階には飲食店が並んでいる。当たり前と言えば当たり前の話ではあるのだけれど。


「まさか、こんなお店があったとはの」

「知らなかった?」

「豆を売っとるのは知っとったのじゃが。なかなか良い雰囲気ではないか」


 プレゼント選びのとき、僕は下見も兼ねてシュンくんたちとここへ訪れた。初めて入ったとき、外観よりも広く感じられる店内に驚いたものだ。

 店内は奥に広がっていて、カウンター席からテーブル席まで用意されているから、一人でも複数人でもゆったりと過ごせる空間になっている。

 焙煎屋も兼ねているからコーヒーのクオリティも高いし、メニューも豊富。お腹まで満たそうと思うと多少値は張るけれど、そのおかげか店内で騒ぐ人もいない。

 一言で言い表すなら、ククルの言うとおり「良い雰囲気のお店」だ。


「おぬしも好きじゃな、喫茶店」

「ククルも好きでしょ?」

「まぁの」



 注文したものはすぐに届けられた。一瞬店員さんがククルの姿を見て目を丸くしたけれど、すぐににっこりとした笑顔で「ごゆっくりどうぞ」と伝票を残していった。こういうところも「良い雰囲気」と感じる理由の一つなのだろう。


「……なかなかの量じゃない?」

「普通じゃ、普通」


 目の前に届けられた大きなハンバーグに頬を緩ませるククル。

 その顔が見られただけで、僕はただただ嬉しかった。




 ククルと一緒にご飯を食べて、一緒にコーヒーを飲みながらのんびりする。今日の目的の一つを達成した僕は、喫茶店から出た足を専門店街へと向けた。

 ご飯だけが目的ならショッピングモールにあるお店を選ぶ必要はない。わざわざここを選んだのは、もう一つの目的を達成するためだ。


「ところで、渡したいものとやらはいつくれるのじゃ?」

「それのことなんだけど……」


 僕の目的に一区切りついたのを察したのか、ククルはもう一度今日の本題を聞いてきた。

 渡したいものはカバンの中に用意している。ただ、それとは別に用意しているものが――いや、用意できなかった(・・・・・・)ものがある。もう一つの目的と言うのが、まさにそれだ。


「僕じゃ選べなかったから、ククルに選んでほしい」

「ぁえ?どういうことじゃ?」

「ククルに似合いそうなものを見つけてはいたんだけど、もし好みじゃなかったら嫌だなって……だから、ククルに選んでほしくて」

「プレゼントという割にサプライズ感が皆無じゃが……まっ、こうらしいといえばこうらしいかの」


 ククルは僕を見ながら「あっはは!」と笑う。久しぶりに聞けたその笑い声とその笑顔が嬉しくて、僕も笑った。やっぱりククルは笑っている方が良い。


「ククルって髪飾りにこだわり、ある?」

「まぁ、あるといえばあるかの。こういう格好で、髪色もこんなんじゃ。色と派手さには気を遣うかの」

「なるほど……例えばそのリボンが『大切なものだから絶対に身につけておきたい』みたいなものだったりとかは?」

「ないの。この格好にはこれが似合うと思ったからつけとるだけじゃ。かわいいじゃろ?」

「うん、似合ってる。すごくかわいい」


 僕の言葉を聞いて、すぐにククルは目を逸らした。自分から振っておきながら、頬が赤く染まっている。

 いつもなら赤く染めながらも「ありがと」と言って流しそうなところだけど、今日のククルは「不意打ちだった」と言わんばかりに口を尖らせている。それが珍しくて、それ故にとてもかわいい。


「……で、そ、それがなんなのじゃ」

「僕がククルにプレゼントしたいのが髪飾りで――」


 話を途中で切り上げて、僕は目的地の前で足を止めた。

 このお店はヘアアクセサリーやピアス、イヤーカフなどをたくさん取りそろえた雑貨屋だ。男一人が入るには勇気がいるお店だけれど、プレゼント選びのときに日下部さんが付き合ってくれたおかげで堂々とお店に入ることができた。そこでいくつかククルに似合うものを見繕ってはいたものの、こういったアクセサリーは好みやこだわりがあるからと、購入まではしていなかった。

 本命のプレゼントは別にあることだし、お出かけがてらククル本人に選んで貰おうと思って、ここにやってきたわけだ。


「――っと、あったあった。これなんだけど……どうかな」


 目星をつけていたアクセサリーのもとまでククルを案内する。

 僕が手に取ったのは、赤色の生地にレース刺繡が縫われたリボンと、先端のチェーンから紅い宝石のような装飾が揺れるかんざし。

 僕の見立てでは、どちらもククルに似合うはずだ。


「なるほどのう」


 ククルは僕から受け取った二つをまじまじと眺める。途中困ったように眉を寄せるものだから、思わず心臓が跳ねた。

 もしかしたら、どちらも好みじゃないかもしれない。その時はまた別のものを見繕うつもりだけれど――

 しばらくすると、そんな考えは杞憂だと言わんばかりに、ククルは嬉しそうな笑顔で僕を見上げた。


「どうしよう、紅。妾にも選べぬ」

「どういうこと?」

「おぬしが選んでくれたもの、どっちも好みで、どっちも捨てがたい。一つには絞れぬ。贅沢な悩みじゃ」

「あっ、そういうこと」


 嬉しそうな笑顔から、申し訳なさそうな笑顔へと変わる。眉を寄せた理由はポジティブな意味で選べなかったかららしい。

 そうと分かれば、僕ができることは一つだけだ。


「こ、紅、それはさすがに――」

「いいの。ちょっと待ってて」


 僕は僕が選んだ二つを手に取ってレジへと向かう。どちらも好きだと言ってくれるなら、どちらも贈ればよい。これらをつけているククルが見られるなら、僕としても贈りがいがあるというものだ。

 ククルはすぐそこに居るけれど、一応レジでは贈り物として包んでもらう。こういうのは形が大事だと思う。

 お支払いを済ませて、お店の外に出る。一足先に店を出ていたククルが、パタパタと駆け寄ってきた。


「なんか、申し訳ないの」

「僕が二つとも贈りたいって思っただけだよ。……はい、く、クリスマス、プレゼント」

「あ、ありがと」


 ククルは少し照れながら受け取ってくれた。ただ、どうしても申し訳ないという気持ちが拭えないのか、小動物のように僕を見上げる。

 あの堂々としていた吸血鬼の威厳はどこに行ったのか。それがまたかわいいところではあるのだけれど。


「く、クリスマスプレゼントということじゃったら、妾も用意しておくべきじゃったな。す、すっかり抜けておった」


 どうやら「貰ってばかりいる」というのも申し訳ないと感じる理由の一つだったらしい。僕が付き合わせているのだからそこまで気負うことはないのだけれど、真面目なククルはそうもいかないようだ。


「それなら、一つお願いしてもいい?」

「な、なんじゃ?」

「それを、つ、つけてみてほしい」

「そんなことで……よいのか?」


 ククルは包んだばかりのプレゼントに目を落とす。僕の反応をうかがうククルに頷きで答えると、彼女は丁寧に包みを開いた。

 包みの中から手に取ったのはかんざし。綺麗でかわいらしいデザインのそれを握っただけで、僕には絵のように思えた。

 ククルは編み込みまとめ上げたお団子の髪の様子を手で確認しながら、慣れた手つきでかんざしを差し込む。頭を軽く左右に振って、かんざしが固定されていることを確認すると、ゆっくりと僕へと振り返った。


「ど、どうじゃ……?」


 不安げに問いかけながら、首をかしげる。かんざしの装飾はキラッと揺れて、彼女の瞳と一緒に僕を覗き込んだ。

 クラシカルな服装に、青白い髪。ワンポイントの紅い光を煌めかせながら、僕を見つめる紅い瞳。想像していた何倍も、何百倍も――


「――すごく似合ってる。すごく、かわいい。これ以上にない……プレゼントだよ」

「そ、そうか。さ、さすがに……照れるの」


 恥ずかしそうに目を逸らしてポリポリと頬をかくククル。

 かわいい以上の語彙が浮かばないことが悔しく思うくらい、この高鳴る鼓動の収め方が分からないくらい、かわいい。かわいくて、好きだ。


「すまぬが、リボンは今つけられぬの」

「大丈夫だよ。好きなときに使ってくれれば」

「……ありがと、紅。大事にする」


 リボンの入った包みを、目を伏せながらギュッと握る。

 ――今日、ククルを誘ってよかった。

 そう感じた、一番の瞬間だった。

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