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妾の心が導く儘に  作者: ぬまし
僕と妾の隠しごと

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第四十八話  吸血鬼は最後の約束をする

 十二月に入ってから、めっきり寒くなった。それに併せて、妾も妾の計画を進めることにした。

 『こうから距離を取る』。

 大切で、大事なあやつを妾たち(魔族)の問題に巻き込まぬための、唯一の方法。

 あやつを守るためには仕方のないこと。寂しくないと言えば噓になるが、この寒い季節にはお似合いの計画じゃろう。


「とはいえ……さすがに急すぎたじゃろうか」


 一応、少しずつ距離をとることを意識してはおった。じゃが、鈍感なあやつでも、そろそろ「避けられている」と感じていてもおかしくはない。先月までの妾たちを思えば、今の距離感はあまりにも遠すぎる。

 ――寂しい。会いたい。話したい。


「……はぁ。帰ろうかの」


 一人だけの居室。妾の言葉に相槌をうつ者は誰一人としておらぬ。

 紅と出会う前に戻っただけのはずなのに、未だに慣れることができておらぬ。

 紅と一緒のときは時が早く過ぎ去っておったというのに、今は耐え切れないほど遅く感じておる。


「……おや」


 帰り支度を始める妾の後ろで、扉が開いた。


「もう帰るのかい?随分と早いじゃないか」

「特にやることもないからの」

「家に帰っても同じことだろう?」

「……うるさいのう」


 自宅のように居室に上がり込んだレイは、ビニール袋をドサっと机の上に置いた。中から出てきたのは、弁当、お菓子、甘栗。


「まぁまぁ、暇なら話し相手になってくれたまえよ」


 出てきたばかりの弁当をレンジに入れて、コップを二つ用意しながらお湯を多めに沸かし始める。妾の返答など聞く気もなしじゃ。

 とはいえ、レイの言うとおり、家に帰ったところでやることがないのも事実。肩にかけたカバンを下ろして、椅子にふんぞり返ることにした。


「急に態度がでかくなるじゃないか」

「妾はお願いを聞く側じゃからな」

「そんなんだから友達が減るんじゃないかい?」

「おぬしにしかこんなことせぬ。というか、減ってもおらぬ。失礼な」


 「どっちが失礼なんだか」と呟きながら、レイはレンジから弁当を取り出して、コーヒーを二杯分入れる。一つは妾の前に、もう一つは自分の席に。

 もちろん、持ち手の向きは適当。持ち手の向きまで気にして置いてくれるのは、お店の人か紅くらいなものじゃろう。


「減ってないというのなら、伊藤くんでも呼べばいいじゃないか。暇なんだろう?」

「おぬしが勧めてどうするのじゃ。『一般人を巻き込まない』のは、おぬしらも気を遣っとることじゃろうが」

ここ(居室)で会おうが、あんまり関係ないというのが私の見解さ」

「人の気も知らないで、よく言いよる」

「それはお互い様だよ」


 たとえここで会うことが許されたとしても、妾がそれに甘えることは許されぬ。

 一度会ってしまえば、欲が出かねない。そのせいで紅を巻き込んでしまったら、それこそ後悔してもしきれぬのじゃから。


「まぁ、キミがどうしても伊藤くんと会いたくないというなら、別にそれで構わないさ」

「会いたくないわけじゃ……でも……」

「はぁ、こりゃ重症だねえ」


 妾の言葉を聞き届ける気もなく、レイは割り箸を手に取った。パキッと小気味良い音が響かせながら、弁当に視線を落とす。

 なんじゃ、妾を煽りたかっただけかや。性格が悪いやつじゃ、本当に。


「そういえば、先週の土曜日はキミの誕生日だっただろう。祝ってもらったのかい?」

「賑やかなパーティーじゃったよ。妾ももう大人じゃというのに、父さまも母さまも張り切り過ぎなのじゃ」

「アハハ!いつもどおりで結構結構」


 もともとレイは母さまと知り合いらしく、機関の繋がりで父さまとも面識がある。特に母さまとは付き合いが長いのか、たまに会っては一言二言言葉を交わしただけで分かりあったような顔をする。

 レイと母さまではそこそこ歳が離れていると思うのじゃが、どこでそんな信頼関係を作り上げたのじゃろうか。あれは一年二年で作り上げられるようなものではないと思うのじゃが。


「それで、伊藤くんからは?」

「またあやつの話かや……」

「彼を買ってるって言っただろう?で、どうなんだい」

「あやつは妾の誕生日すら知らぬよ。シュンとかおりは知っとるはずじゃが、あやつらにも近づかぬようにしておる。じゃから、家族以外からは祝われてはおらぬ」

「かわいそうに」

「う、うるさいのう!さっきからなんじゃ、煽ってばっかり!」

「そんなつもりじゃないんだ、ごめんごめん」


 まったく、なんなのじゃ今日のレイは!

 手元にあるコーヒーを喉に流し込んでも、気分が落ち着く様子はない。これが紅の淹れたコーヒーじゃったら違ったのじゃろうが。

 インスタントの味を舌の上に転がしていると、机に置いていたスマホが震えた。月曜日の真昼間、こんな時間に連絡が来るなんて珍しい。


「あっ」


 差出人は紅じゃった。

 通知画面では何が書いてあるか分からぬ。じゃが、これを開いて既読が付いたら最後、返信までのタイムアタックが始まってしまう。

 未読スルーは――ダメじゃ。もし実験や講義に関わる内容なら、迷惑をかけてしまう。

 内容を確認して、できれば十分以内には返信をしたい。もし会う約束だとか話を聞きたいだとか、そういった内容なら、うまく流しながら断れるような文言で。


「噂をすれば、伊藤くんじゃないか」

「うわあ!急に後ろに立つでない!あと人のスマホを勝手に覗くでない!」

「中は確認しないのかい?」

「人の話を聞かぬか!もう!」


 興味津々のレイにこれ以上言葉は届かぬじゃろう。

 大きなため息が漏れ出る身体を動かして、紅からのメッセージをタップする。

 表示された文面は思っていたよりも短くて、シンプルなものじゃった。


『今週の木曜日の午後から空いてますか?渡したいものもあるので、付き合ってほしいです。』


 いつもの紅らしくない丁寧なメッセージ。敬語を使わせてしまうぐらい距離ができたのかと思うと、胸が苦しくなる。そして、これを断らなければいけないことにも。


「……はぁ。どうやって断ろうかの」

「行けばいいじゃないか」

「さっきから言っとるじゃろ。妾は――」

「ククル。キミは伊藤くんの気持ちを考えたことはあるかい?」


 背後から言葉をかぶせてきたレイを見上げる。あの鋭い視線ではないものの、ふざけているわけではないことはすぐに分かった。


「キミは中途半端だ。それが伊藤くんを苦しめているとも知らない」

「そ、それは……」

「キミの考えを私は理解している。ただ、それは彼には関係ないことだ。

 彼は、今の状況はキミが作り出したと知らないまま、キミとの関係がどうなるのか不安に思っている。キミが彼を振り回しているんだ。

 理由を説明できないにしても、今後付き合うつもりなのか、それとも付き合えないのか、彼にははっきりと伝えるべきだ。違うかい?」


 まくしたてるように、妾に説く。言っていることはもっともで、反論も言い訳も何一つ浮かばなかった。


「ククル。キミが伊藤くんを大切に思うなら、彼の気持ちを受け止めたうえで、自分の決断を伝えるべきだよ。もちろん、直接会ってね」


 妾にとって紅は特別で、大切で、大事な人じゃ。

 この気持ちを「好き」と呼ぶのなら、妾は紅に恋をしておるのじゃろう。

 じゃからこそ、妾は紅から離れねばならぬ。

 じゃが、妾はあやつと関わりすぎた。無言で立ち去ることも、関係が自然消滅するのを待つことも、今のあやつには負担になってしまう。

 それなら、妾との関係に未練が残らないように、この先の人生を妾が邪魔をしないように、区切りをつける。「おぬしと一緒には居られない」と、はっきり伝える。

 ――たまにはレイも良いことを言うではないか。


「わかったのじゃ。最後に一回だけ、会うことにするかの」


 スマホに『了解。予定空けとく』と打ち込む。既読をつけてから三分も経っていない。


「それにしても、今週の木曜日ねぇ」


 予定帳に書き込む妾の背中に体重を預けながら、レイがポツリと呟いた。


「彼には酷な聖夜になりそうだ」


 その言葉は、妾にも深く深く突き刺さるものじゃった。

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