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妾の心が導く儘に  作者: ぬまし
僕と妾の隠しごと

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第四十七話  吸血鬼はそこに居ない

「お前からオレを呼び出すなんて珍しいな」

「ちょっと相談したいことがあって」

「というか、ククルさんは?いつも一緒だろ」

「相談っていうのは、まさにそのことなんだけど……」


 十二月二十二日。大学に通う今年最後の一週間の始まり。僕は学食前の談話スペースにシュンくんを呼び出していた。

 ククルやシュンくんたちとファミレスでご飯を食べたのが、約一か月前。あのときからシュンくんに言われた『僕にしかできない方法でククルを守る』ことについて考えていた。

 ククルに関連することで、僕とシュンくんや日下部くさかべさんで違うこと。僕が思うに、それは一緒にいられる時間だ。

 シュンくんたちがククルのいないところで睨みを利かせるのなら、僕はククルの傍で彼女を守る。できるかは置いておくとして、それが『僕にしかできない方法』だという結論に落ち着いた。

 いつもどおりククルと共に過ごして、邪な考えを持つ人が近づいてきたら、僕がククルの前に立つ。そうしようと考えていたはずなのに――


「……ククルに、嫌われたかもしれない」


 ――この数週間、僕はククルとまともに会話すらできていない。



 ***



「なるほど。それで嫌われたのかも、と」


 僕はシュンくんにここ数週間の僕たちの様子を伝えた。

 いつもは食べに行こうと誘われるご飯も誘われない。僕の方から誘っても断られる。いつもは弾む会話もどこかよそよそしくて、早めに切り上げられてしまう。いつもは講義のときに隣の席に座ったり座らせたりしようとするのに、一人になりたがる。

 ここまで普段と違う扱いをされると、さすがの僕でも距離を取られているのだと分かる。ただ、そうされる理由が思い浮かばない。僕が『ククルを守る』なんておこがましいことを考えたから嫌気がさしたのかもとか、ひねり出してもそれぐらいだ。


「シュンくん的にはどう思う……?」

「うーん、そうだなぁ……」


 シュンくんは首を捻って天井を見上げた。

 ククルはシュンくんと通じあう部分があるから、僕には見えない部分が見えるかもしれない。日下部さんにも聞けたらよかったのだけれど、残念ながら彼女は用事があってここにはいない。僕の中で解決できなかった今、頼れるのはシュンくんしかいないのだ。

 藁にもすがる思いで、シュンくんの言葉を待つ。長いようで短い間のあと、シュンくんは持論を述べた。


「ククルさんに限ってお前を嫌うことはない。これは絶対だ。だから、お前と距離を取るのは他に理由があると思う。例えば、注目を集め始めた自分にお前を巻き込まないようにするため、とかな。お前はどっちかというと内気だからな、気遣われてもおかしくない」

「それは僕も考えて、『迷惑じゃないよ』って伝えたんだけど」

「お、おう……なかなか直球に伝えてんだな……」


 少しだけ驚いた声色で僕を見直すシュンくん。僕の言葉のどこに感心することがあったのだろう。

 とりあえず、おそらくシュンくんの言うそれが理由ではないのは確かだと思う。


「他になにかない?」

「他は、そうだなぁ……お前を巻き込みたくないんじゃなくて、お前の虫よけじゃ力不足だと思われてたとか」

「それは……そう思われても仕方ない……かも」

「そういうとこだぞ?そこで『そんなことねぇ!』って言えるようにならねえと」

「うっ……」


 ぐうの音も出なかった。

 なよなよしている僕が一緒にいる方が、絡まれやすくなるかもしれない。それなら一人でいた方が楽。そう考えると腑に落ちるところがある。

 実際のところ、本当にそうなのかは分からない。それでも、もっともらしい理由だと感じてしまうだけに、凹んでしまう。


「そういえば、前言ってた悪い虫を追っ払う『僕にしかできない方法』ってなんだったの?」

「お前……そんなこったろうとは思ったけど」

「一応僕なりに考えて、近くで守れってことだろうなとは……」

「まぁ、間違ってはないな、うん」


 シュンくんは頭をポリポリとかいて、「あー」と言葉を漏らした。その先を伝えるべきか否か、迷っているように見える。僕が真の意味を察せられればよかったのだけれど。

 しばらく唸ったあと「しゃあねえか」と呟いたシュンくんは、答え合わせを始めてくれた。


「あれはな、お前がククルさんと付き合えばいいって話だよ」

「は!?え!?僕が!?」

「声でかいっつの」


 そりゃ分からないわけだ。僕はそういう関係にならないように意識していたのだから。


こう。お前、ククルさんのこと好きだろ」

「え!?いや、え?あの、えーっと……」

「分かりやすすぎるだろ……いっとくけど、かおりも気づいてるぞ」

「え、嘘……そ、そんなに分かりやすいかな」

「まぁ、分かりやすい方だな。ククルさんが気づいてるかは知らんけど」

「まじか……」


 ククルへの気持ちを隠せていると思っていたのは自分だけだったなんて、本当にそうだとしたら恥ずかしいどころの騒ぎではない。

 もしククルが気づいていたらどうしよう。ククルが気づいていることに気づいていないふりをしていれば今まで通りの関係で――ってあれ、僕は何に気づいちゃだめで、ククルとどういう関係でいたいんだっけ。頭がこんがらがってきた。


「そんで、ククルさんが好きなお前は、ククルさんのことをろくに知らないやつが言い寄ってくるのを嫌だとも思っている」

「ま、まぁ、ククルにもいろんな事情があることは知ってるし……」

「だから、付き合えばいいと思った。ククルさんはお前のことを好ましく思っているのは間違いないし、そもそも傍から見たらお前らはお付き合いしてるそれの距離感だ」

「そうなんだ……」

「……ま、とにかくだ。彼氏や彼女がいるっていうのは、虫よけにはもってこいなんだよ。関係に名前を付けるだけでもいい。実際、オレたちには効果があったしな」


 『僕にしかできない』のは、僕がククルのことを好きだから。そして、僕がククルのことを好きなことは、シュンくんたちにはバレている。

 衝撃の事実が波のように押し寄せて、頭を抱える手が足りないったらない。


「話を戻すけどな……実際のとこ、ククルさんが何考えてるかなんて本人にしか分からんぞ。紅の話を聞いた限り、まったく会えないって訳じゃないんだ。直接聞いてみたらいいんじゃないか」

「本人に直接は、さすがに聞きづらいっていうか……」


 避けている本人に「どうして僕を避けているんですか?」と聞くなんて、心臓に毛が生えてないとできないことだ。

 あいにく、僕のハートはガラス製。今の関係を続けるために、恋心を隠すくらいには。


「無理やり二人きりの時間を作って聞いちまえ。恥を忍ぶのなんて今更だろ?」

「それはそう、だけど……ご飯も最近は断られてるし、二人きりになるのも難しいし……」

「それなら断られなさそうな口実を考えろ。誕生日祝いとか、クリスマスとか……あ、誕生日はもう過ぎてるか」

「え、ククルの誕生日、もう過ぎてるの?」

「え、お前知らねえの!?嘘だろ!?」


 誕生日なんて家族にしか祝われたことがなかったから、他人を祝うという発想がなかった。


「……二十日だよ。十二月二十日。一応聞くけど、プレゼントは?」

「渡してない。知らなかったから……」

「絶対これが原因だろ……誕生日の予定も聞かれず、プレゼントもなく、おめでとうの一言もない。これ以上の理由ないだろ」


 シュンくんが今日一番のため息をついた。我がことながら、ため息をつきたくなる気持ちは分かる。

 会話も人付き合いも成長してきたと思っていたけれど、自惚れもいいところだった。大切な人のお祝いもできない僕が、大切な人の何を守れるというのか。


「よし、紅。今すぐククルさんをクリスマスに誘え。今週末は実験が無いから昼から空いてるはずだ。誕生日プレゼントも渡したいからって。プレゼント渡すときに一緒に告れ」

「え、えぇ!?プレゼントはわ、分かるけど、こ、告白は……こ、心の準備が……」

「前も言ったけどな、ククルさんを狙うやつは確かにいるんだぞ。ククルさんだって、そいつらに流れるとも限らない。嫌なんだろ?ククルさんをろくに知りもしない人が表面だけ見て言い寄ってくるのは」

「そ、そうだけど……」

「今が楽しい気持ちも、関係が壊れる不安も分かる。でも、自分の心を誤魔化し続けたところで後悔しか残らんぞ。少なくとも、お前が気持ちをぶつけたとして、ククルさんは悪い気はしないはずだ。あの人、お前に向ける視線だけは別物だからな。恋情かどうかは知らんけど」

「でも――」

「それともなんだ。ククルさんはお前の気持ちを聞いたら『絶交しよう』と言うとでも思ってるのか?お前から見たククルさんはそんなに薄情な人か?」


 ククルがそんな人ではないのは分かっている。僕が一歩を踏み出すなら今しかないというのも分かっている。分かっていても、不安は拭えない。一歩を踏み出したせいで関係が壊れてしまう『もしも』を考えると、怖い。

 ――いや。一番怖いのは、ククルの気持ちを知らないまま、ククルと距離ができてしまうことだ。僕たちの時間が一炊の夢になるなんて、それだけは絶対に嫌だ。

 なら、行け。伝えろ。心のままに伝えれば、心のままに生きるあの人は、どんな結果になったとしても誠実に応えてくれるはずだ。


「……うん、分かった。誘うよ、クリスマス」

「そうこなくっちゃな。とりあえず予定を聞くところからだ。スマホかせ」

「え、ちょっ、ま、待って!待って!」

「この期に及んでごちゃごちゃいうな!こういうのは勢いだ!決意が揺らぐ前にやるんだよ!」

「えぇ!?」

「元はといえばお前がククルさんの誕生日を把握してないのがわるいんだからな!付き合わされたオレの身にもなれ!」

「うっ!」


 僕のスマホを奪い取って、シュンくんはタタタタと高速で画面をタップする。僕に「これで送るぞ」と文面を見せてから、ククルにメッセージを送信した。


『了解。予定空けとく』


 返信はすぐに帰ってきた。いつも通りのさっぱりとした文面で、OKの返事だ。

 ひとまず、胸をなでおろした。大事なのはこのあとだとは分かっているけれど、僕にとってはこれだけでも大きすぎる一歩なのだ。


「……ねぇ、シュンくん」

「なんだ?」

「付き合わせたついでに、もう少し付き合ってもらっていい?」

「……聞くだけ聞こう」

「プレゼント選び……手伝ってほしいんだけど」

「……ちなみに、紅はセンスに自信が?」

「ない。まったく」


 額に手を当てて天井を見上げるシュンくん。「スゥー」と大きく息を吸い込んだあと、顔を下ろした。その表情は、なんというか、なにかを諦めた顔だ。


「……オレたちだけじゃ無理だ。助っ人を呼ぼう」

「もしかして、シュンくんも……」

「皆まで言うな。こういうときはおとなしくセンスがあるやつに聞くに限るんだよ」

「もしかして、日下部さん?」

「あぁ。ただ、あいつは今バイト中だから、バイト終わりに付き合ってもらうことになる。……なにが必要か、分かるな?」

「お礼、だね」

「そういうこと。焚きつけたからにはオレも手伝うけど、期待はするなよ」

「……考えるプレゼント、増えた」

「あぁ、増えたな……」


 初めての友人への、そして、初めて好きになった人への、初めて選ぶ、贈り物。

 この胸の音の正体が緊張なのか、興奮なのか、恐怖なのか、よく分からないけれど、僕がやることはただ一つ。

 ククルが喜ぶものを贈って、ククルを笑顔にさせる。ただそれだけだ。

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