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妾の心が導く儘に  作者: ぬまし
僕と妾の隠しごと

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第四十六話  吸血鬼は人気らしい

「もうすっかりおなじみだね、ファミレス」

「嫌だったかや?」

「そんなことないよ。ククルちゃんと一緒なら、どこでも」

「なぁ、オレが決めたときと反応違い過ぎないか?」

「ま、まぁまぁ……」


 ククルと話し合ったとおり、僕たちはシュンくんと日下部くさかべさんを誘ってファミレスに来ていた。

 誘うときに「過去問のお礼がしたい」という話をしたら、案の定「気にするな」という二人らしい回答が返ってきた。いつもなら引き下がるところだけれど、この気持ちは譲れないと「ドリンクバーぐらいなら奢らせてくれる?」と食い下がったところ、「それなら」と二人が折れてくれて、今にいたる。

 僕だって押すときは押すのだ。今の僕には、それぐらいの勇気ならある。


「みんなでつまめるもの頼むか。なにがいい?」

「テスト終わった記念で、パーティー感があるものとか?チキンみたいな……」

「……ピザ?」

「つまみって言葉分かってる?」

「手でつまんで食うからつまみだろ」

「屁理屈」

「いった!蹴ることはねえだろ!」

「あっはは!いつにまして息ぴったりじゃな!」

「息ぴったり……?」


 結局ピザも頼んだらしい。ここにいる女性陣は、どこにその量が収まるのかと疑問に思うぐらいたくさん食べられる人たちだ。僕がギブアップしても残すことはないだろう。

 でも、そう思ったことは口にしない。野暮なことは頭に浮かんだとしても口にしない。この二か月弱で学んだ、楽しく会話をするコツだ。


「おぬし、失礼なこと考えとるじゃろ」

「えっ!?い、いや、べつに……」

「ばか」


 小さな罵声と共に、手の甲を爪でつねられる。思わず「い゛っ!」という悲鳴が漏れた。

 赤くなった手の甲をさする僕を、ククルは優しい笑顔で見つめる。

 僕の横顔をチラッと見ただけなのに、なんで分かったんだろう。




「そういえば知ってるか?最近うちの学科でククルさんの人気が出つつあるって話」

「はぁ?なんじゃそれは」


 好きな飲み物を入れてきて、ご飯が届いて、乾杯したあと。食欲のままに進む箸の手を止めて、シュンくんはククルの話題を切り出した。


「簡単に言えば、ファンが増えてるってこと」

「いつもぼっちの妾がかや?」

「その『ぼっち』の意味合いが変わってる。言うなれば、今のククルさんは『高嶺の花』扱いだな」

「はぁあ?」


 理解できないと言うように、ククルは特大の疑問符を浮かべた。

 器用、頭が良い、かわいい、の三拍子が揃ったククルは、そこだけ聞けば人の注目を集めてもおかしくはないほどにハイスペックだ。それこそ、高嶺の花のような扱いをされてもおかしくはないほどに。

 ただ、彼女には三拍子の裏に人に理解されづらいものを抱えていて、迷惑をかけないように人と距離を取って生きてきた過去がある。ポジティブな注目を集める機会なんてなかっただろうし、そうなることを理解できないのも彼女のバックボーンを思えば分かる話だ。

 一方で、ククルとの付き合いがあるとはいえ、僕はただの落ちぶれた一般人。一般人の視点から見たとき、彼女が高嶺の花となった瞬間には思い当たる節があった。


「もしかして、賽岐祭からそんな感じ?」

「さすがこう、ご明察」


 今まで絡みの無かった人。何をしているのか分からない不思議な人。そんな人が、学内外からたくさんの人が集まる賽岐祭のステージで、派手な演奏を披露した。

 きっと、あの演奏を見ていた同期はこう思っただろう。

「あの人ってこんなことができたんだ」

「実はすごい人だったんだ」

「よくみたら、かわいいしかっこいいじゃん」

 もし僕がククルのことをよく知らない人間だったら、間違いなくそう思っていた。

 “手を付けないようにしていた人”が“手の届かない人”に昇華される瞬間なんて、その人が評価されたときぐらいなもの。僕が思い当たる中でその瞬間があるとすれば、それは賽岐祭だと思ったのだ。


「服装も、一人でいることも、実験ぐらいでしか同期と話さないのも、『音楽をやっているなら納得』ってことらしい」

「なんじゃ、その『ベーシストは変態』みたいな理論は……」

「だから、『友達になりたい』ってより『遠くから見ていたい』って人が多いみたい。一部の男子はお近づきになりたそうだったけど……下心見え見え。そいつらには私が目を光らせておくから、安心して」


 日下部さんがいつにまして冷たい視線を放ちながら、にっこりと笑う。それが僕に向けられていないことは分かっているのに、肝が冷えた。

 日下部さんの目が黒いうちは、男子たちにチャンスは訪れない。僕はそう確信した。


「ありがと、かおり」

「ううん、いいよ。困ったことあったらいつでも言ってね」

「さすが『氷の女王様』だな」

「なんじゃ、それは」

「そう呼ばれてるんだよ、かおりは。相手が男だろうと女だろうと冷たい反応しかしないから」

「次そう呼んだら手足を縛って椅子に括りつけてあげるね」

「お、お手柔らかに……」


 「そこは『もう呼びません』じゃないんだ」と心のうちでツッコミを入れた。

 前からシュンくんは尻に敷かれている節があったけれど、もしかしたらシュンくんがそれを望んでいるのかもしれない。

 まぁ、そういうのも人それぞれだから、僕がどうこう言う話ではない。――悪くはないと僕も思うけれど。


「……ちと、目立ちすぎてしまったかの」


 眉を八の字に寄せて、ククルが小さく呟いた。

 そうだ。ククルが迷惑をかけないように人と距離を取っているのは今も変わらない。僕やシュンくんや日下部さん、先輩たちが例外なだけで、それ以外の人たちと交流しようとしているところは見たことがないのだから。

 もしかしたら、今回のことをきっかけに距離を詰める人が増えるかもしれない。今は遠くから見ているだけの人も、友達になりたいと思うかもしれない。ククルの過去も、ククルの気持ちも知る由がないのだから、そうなってもおかしくはない。

 そして、こうなった原因――賽岐祭での演奏をククルに促したのは、僕だ。


「ごめん、ククル。僕がククルに我儘を言ったから……」

「妾がやりたくてやったことじゃ。妾は後悔しておらぬし、おぬしに謝ってほしいとも思っておらぬ」

「ごめ……じゃなくて、……ありがとう。あらためて」

「それでよい」


 僕に感謝を引き出した後も、ククルの表情は晴れない。いつもなら微笑んだり、からかったりするような場面なのに、彼女の表情は暗いままだ。

 嫌な感じがする。ククルの笑顔が消えていくような、そんな感じ。


「……ほんとに大丈夫?」

「大丈夫じゃ。妾がうまくやればいいだけの話じゃからの」

「……困ったことがあったら言ってね。日下部さんほどは頼りにならないかもだけど、僕にできることならなんでもするから」

「ありがと、紅。その気持ちだけでも嬉しいのじゃ」


 ようやくククルがニコっと笑った。――笑ったはずなのに、やっぱりどこか影がちらついているように見えた。

 僕がもう一度口を開くよりも先に、ククルはコップを持って立ち上がる。一緒に立ち上がった日下部さんと一緒にドリンクバーへ向かう姿は、いつものククルそのものだった。

 ――僕の勘違い、だったのだろうか。




「なぁ、紅。ちょっといいか」


 二人がドリンクバーに向かったあと、彼女たちの様子を窺うようにしながらシュンくんは僕を呼んだ。


「さっき香が話してたことなんだけど」

「えっと、男子がお近づきになりたいって話だっけ」

「そう。あれな、思った以上に色んなやつらが狙ってるぽくてな」

「狙ってるって……そんなに人気なんだ、ククル」

「『人気なんだ』じゃねえよ。実際のとこ、陰キャも陽キャも男も女も関係なく興味津々だ。そのうち本気のやつから遊び半分のやつまでククルさんに迫りかねない。ククルさんはそういうの、嫌だろ?」

「でも、日下部さんが目を光らせるって……」

「お前、あいつが学科全員に睨み利かせられるって本気で思ってんのか?」


 シュンくんは呆れるように眉をひそめた。

 言われてみればそうだ。数名の男子相手ならともかく、七十人ほどいるこの学科全員に目を光らせるのは、よっぽどカリスマのあるリーダーでないと難しいだろう。

 そもそも、日下部さんもククルと同じく人を避ける側だ。勝手に人が寄ってくるのが嫌でシュンくんと一緒に過ごすぐらいなのだから、学科の人たちと深い交流があるわけでもない。

 そのうえで、あの宣言だ。

 嫌な思いをするかもしれないと分かっていながらあの宣言をしたのは、ククルのことが大切だからに他ならない。

 友達のために体を張る女性一人に、一瞬でも自分の大切な人を任せようとしていた自分が恥ずかしい。ククルと一番距離の近い僕が不甲斐ないばかりに、嫌な思いを覚悟させてしまったことが恥ずかしい。


「言っとくけど、俺にも悪い虫を全部追っ払うことはできねえからな。俺だってそこまで学科内の交流は広くない」

「……そう、だよね」

「だから……言いたいこと、分かるよな?」

「え?」

「『え?』じゃねえよ。こりゃククルさんも苦労するわけだわ」


 シュンくんは分かりやすくため息をついた。僕には呆れて、ククルには同情しながら。

 察しが悪い僕に呆れるのは分かるけれど、どうしてシュンくんがククルに同情するのだろうか。二人は波長が合うようだし、なにか通じるところがあるのかもしれない。


「いいか、紅。お前が、悪い虫を追っ払うんだ。お前にしかできない方法もあるんだからな」

「『僕にしかできない方法』?それって――」

「なんの話をしておるのじゃ?」


 僕がシュンくんに詳しい話を聞こうとしたとき、ククルたちが戻ってきた。

 シュンくんは笑顔に戻っているし、ククルの表情には影が消えている。


「人気が出るといろいろ大変そうって話。いっそアイドルになるとかどうよ?」

「あいにく、妾は不特定多数に対する承認欲求は持ち合わせておらぬ。この格好も、この話し方も、全部自分のためじゃ」

「そりゃ失敬。なら、興味ねぇ奴らがククルさんに寄ってくるのは、迷惑千万ってことだ」

「そうかもしれぬの」

「よし。なら、困ったときは紅を頼れ」

「えぇ!?」

「なんでこやつが驚いとるのじゃ……」


 急に振られて驚いた。驚いた僕にククルが驚いた。

 シュンくんが言う『僕にしかできない方法』も分かっていないのに、こんな振りをされても困ってしまう。僕の考える方法とシュンくんの考える方法が違ったらどうするつもりなのか。

 僕の抗議の視線を、シュンくんは爽やかな笑顔でいなす。これだからイケメンは困る。


「まっ、そういうことなら頼りにさせてもらうかの」

「う、うん。あ、あはは」

「まったく頼りにならぬ返事じゃ。それも紅らしいがの。あっはは!」


 情けないと思いながらも、ククルが笑ってくれて嬉しいと思う自分もいる。

 ククルの笑顔を守りたいのは日下部さんだけじゃない。不甲斐ないのに違いはないけれど、僕だってククルの笑顔を守りたいと本気で思っている。さっきみたいな陰のある笑顔じゃなくて、今みたいに花が咲いたような笑顔を。

 とりあえず、シュンくんには後日抗議をするとして――『僕にしかできない方法でククルを守る』、これはしばらく僕の課題になりそうだ。

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