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妾の心が導く儘に  作者: ぬまし
僕と妾の隠しごと

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第四十話  吸血鬼は祝いたい

「――で、結局ファミレスと」

「しょうがないだろ。みんな食べたいもん違ったんだから」

「シュンがコンポタ飲みたいって言わなきゃ他にも選択肢あったって」


 日下部くさかべさんの言葉にシュンくんは口を尖らせて、「急に飲みたくなったんだよ」と小さく反論する。「なんか言った?」と返す日下部さんに、シュンくんは「なんでもありませんよー」と子供のように拗ねた。真っ暗な駐車場で行われるかわいらしいケンカに、僕とククルは顔を見合わせて笑ってしまった。

 賽岐祭さいきさいの最終日に交わした約束通り、僕たちは実験を終えてから四人でご飯を食べに来ていた。実験も徐々に時間がかかるようになっていて、今では片づけを終えるころには十七時を回っていることも少なくない。日が傾くのも早くなってきているから、あと一、二週間もすれば大学を出る頃には真っ暗になっていそうだ。


「うぅさみぃ。さっさと入ろうぜ」

「賛成じゃ」

「っぱ体温めるにはコンポタだよなぁ……」

「どんだけ飲みたいのよ……」

「あはは……」


 コーンポタージュに異常なこだわりを見せるシュンくんとククルがお店の扉を開けて、苦笑いを浮かべる日下部さんと一緒に僕はお店の敷居をまたいだ。



 ***



 前回同様に各々が好きなものを頼んで、好きな飲み物をドリンクバーで注いでくる。さすがに二回目のオリジナルミックスジュースのドッキリはなく、テーブルにはたくさんの料理が並んだ。


「さて、賽岐祭無事終了記念ということで――」

「私たち一緒になにかしたわけじゃないけど」

「揃ったのは一日目しかなかったのう」

「僕が寝過ごしたせいでね……」

「細かいことはいいんだよ!コップ持て!」


 シュンくんの声に合わせてみんながコップを握る。


「それじゃあ、乾杯!」

「かんぱーい」

「かんぱーい!」

「かんぱい!」


 コップをチンと鳴らす。軽くのどを潤してから、スプーンを手に取った。

 今回僕が注文したのはドリアだ。前回はハンバーグ定食だったから、今日は一品メニューにしようと決めていた。デミオムライスと迷ったけれど、そちらは喫茶ピアノフォルテで食べられるから、普段は食べないドリアにしてみた。

 一口食べると、口に濃厚なホワイトソースの味が広がった。もう一口食べると、ぷりぷりなエビがはじけて海鮮の香りが広がった。シンプルながら、とてもおいしい。僕にしては珍しく、あっという間に食べきってしまいそうだ。


「そういえば……ククルちゃん、演奏かっこよかったよ。賽岐祭のとき」

「おー、ありがと、かおり。シュンも一緒に来ておったの」

「え?二人とも来てたの?」

「そりゃおまえ、友達が舞台に立つって聞いたら行くだろうがよ」


 僕がククルに「気づいてたの?」と聞くと、「気づくじゃろ。上から見とるのじゃから」と返された。そりゃそうだ。


「声かけてくれればよかったのに」

「オレもそうしようと思ったけどな。香に止められた」

「え、なんで?」

「伊藤くんが真剣だったから、邪魔しちゃ悪いって思っちゃった」


 日下部さんは「他意はないの。ごめんね」と僕に一言謝った。

 実際、僕はククルの本気を受け止めるのに全力だった。声をかけられていたら、集中力が切れてなにかを見落としていたかもしれない。そう思うと、日下部さんの判断には感謝しかない。


「ククルちゃん、私の声聞こえた?」

「ちゃんと聞こえとったぞ。おかげさまで一段と気合が入ったのじゃ」


 ククルに笑顔を向けられるや否や表情が崩れていく日下部さんに、シュンくんが「顔溶けてるぞー」と声をかける。

 最初こそククルの前では取り繕っていた彼女も、一緒に過ごす時間を重ねるごとに素の表情が出るようになっていた。普段の氷を纏うような日下部さんもかっこいいと思うけれど、気持ちが表情に出ている今の日下部さんも素敵だと思う。


「……まっ、一番効いたのはこうの声じゃったがな」

「さすがに伊藤くんには敵わないか」

「まっさきに妾の名を呼んだのじゃ。そりゃそうじゃろ」

「だって。よかったね、伊藤くん」

「え?あ、うん」


 急に僕の話題が出てきた。やったことがやったことなだけに、思い返すととても恥ずかしい。かなり大胆で、僕らしくなかったと自分でも思う。ククルが喜んでくれたからよかったものの、もし否定的な気持ちを持たれていたら、僕はしばらく立ち直れなかっただろう。先輩たちが感謝してくれているとはいえ、だ。

 それにしても、あの衝動的な行動が『一番効いた』、か。ククルはその方が嬉しいのかもしれないけれど、できることなら、これからはああいう気持ちの伝え方はしたくないものだ。

 恥ずかしいのはもちろんだけれど、伝えてはいけない気持ち(恋心)まで伝わってしまいそうで、少し怖い。

 コーヒーを初めて振舞ったときのように、しっかり準備をして喜ばせる方が僕らしいだろう。


「私、飲み物とってこようかな」

「妾も行こうかの。紅、なんかいる?」

「まだ残ってるから大丈夫。いってらっしゃい」


 日下部さんとククルが並んでドリンクバーへと向かう。二人とも楽しそうに笑っていた。


「あいつ、すっかり素が出てんな」


 シュンくんがぽつりと漏らした。


「日下部さんのこと?」

「ああ。お前らと初めてファミレス行ったときは、もうちょっと頑張ってたんだけど。嬉しいんだろうな、素が出せる友達ができて」

「素、か……」


 素が出せる嬉しさは僕にも分かる。僕も恐怖のあまり趣味をさらけ出すことができずにいたから。

 今ではククルをはじめ、シュンくんも日下部さんも、ありのままの僕を受け入れてくれている。だから僕は今、とても楽しい。きっと日下部さんも同じ気持ちなのだと思う。

 四人でいるとき、僕たちはずっと素でいられる。誰も仮面を被らないし、誰も仮面の下を否定しないから、被らなくても大丈夫だと安心できる。それは僕たちの共通認識だと思うのだけれど、一つ気になることもある。


『もし無理をして付き合ってくれとるなら、妾は――』


 昨日のククルの言葉。

 僕よりも強いククルが、僕の背中を押し続けてくれたククルが、不安を滲ませながら涙を浮かべていた。あんなククルを見るのは初めてだった。

 ククルは、僕たちに見せていない――いや、見せようとしない顔がある。仮面を被っているわけではなく、素の表情よりもさらに下になにかを封じ込めている――そんな気がしている。

 でも、僕はそれを本人に尋ねる勇気がない。もしそこに踏み込んだせいで、僕の前で仮面を被るようになってしまったら、僕は一生後悔する。

 先人の経験則に則るなら、『悩んでいるときに限って、起きてほしくないことは起こる』はず。僕とククルの間に何も起きてほしくないなら、何もしないのが正解のはずだ。


「辛気臭え顔」


 シュンくんがコンポタをスプーンですくいながら、一言。僕以外にその言葉を受け取る人はいない。


「話を聞いてほしいって顔をしてる」

「いや、そんなことは……」

「いいから、言え」


 スプーンをおいて、僕に指を突き付ける。ククルのような強情さを感じて、僕は観念した。

 もし悩みが解決すれば、経験則の前提も崩れてくれる。ククルに聞かれているわけでもないし、シュンくんに打ち明ける分には「何もしない」のと変わらないだろう。


「――もし、シュンくんが、その……日下部さんに隠し事があると気づいたとして、それを本人に聞くことはできる……かな?」


 シュンくんは「なるほど」と呟いて、喉をつまみながら上を見た。そのまま「隠し事……」と反芻して、僕に向き直る。


「――うん、できるな」

「こ、怖くない?距離を取られそう、みたいな不安とか……」

「オレとククルさんぐらいの関係だったらな。でも、オレと香だろ?なら、オレは聞ける」

「ど、どういうこと?」

「オレと香なら、聞いたところで関係は変わらないってこと。答えられないなら『答えられない』って言われるだけだし、『どうして』って聞けば理由を教えてくれる。それ以上食い下がるなら話は変わるけど、あいつならそのときは『縁を切るけどいい?』とか聞いてきそうだしな」


 軽くハハッと笑いながらシュンくんは答えてくれた。

 僕とククルの仲ならどうなるだろうか。仲は良いと思ってはいるし、ククルの性格は分かっているけれど、シュンくんのように『いずれにせよはっきりと答えてくれるから大丈夫』なんて断言はできない。

 僕の不安を見抜いたのか、「紅とククルさんなら同じだと思うけどな」とシュンくんは付け足した。

 シュンくんの言葉は不思議と胸にじんわりと染み込んでくる。本当にそうかもしれないと思うぐらいに。


「もう一ついい?」

「どうぞ」


 昨日気になる言葉をかけてきたのはククルだけではない。放っておけば沼のように僕の足の自由を奪ってしまいそうな言葉をかけてきた、不気味な変人がいた。


「――もし、日下部さんをよく知る人から『これ以上を求めるな』って忠告されたら……どうする?」

「はぁ?なんだそれ」


 シュンくんは顔をしかめて露骨に悪態をついた。


「気にしねえよ。気にしねえ」

「そ、そう?」

「そうだろ。なんで他人にそんなこと言われなきゃなんないんだよ。仮に善意でも、余計なお世話。オレの気持ちにそれは関係ないだろ?」

「な、なるほど」

「もし言うとおりに気持ちに蓋をしてみろ、一生後悔するぞ。オレなら間違いなくするね」


 当たり前と言わんばかりに吐き捨てた。

 シュンくんが言っていることはもっともだ。僕がもう少し強かったら、僕もシュンくんと同じ考えに自信を持てたかもしれない。

 今の関係が壊れても『一生後悔する』し、気持ちに蓋をしても『一生後悔する』。人間関係は――いや、恋心との付き合い方は、難しい。


「まぁ、なんだ。応援してるぜ」

「応援?……なんの話?」

「お前……まじか」


 今までの僕は、悩みがあったら唯一の友達であるククルに相談していた。今の僕には、そのククルには言えない悩みを聞いてくれる友達がいる。


「ありがとう、シュンくん」

「おうよ。なんかあればいつでも聞くぜ」


 込み上げてきた気持ちを一言の感謝にまとめる。シュンくんはそれを素直に受け取って、僕にニカッと笑ってみせた。


「なんの話をしとるのじゃ?」


 ちょうど話に区切りがついたとき、ククルたちが戻ってきた。


「男の秘密~」


 シュンくんの隣に帰ってきた日下部さんは、「やらしい」と吐き捨ててシュンくんを蔑すんだ。シュンくんはすぐに「ち、ちげぇよ!」と声を荒げる。動揺しているようなその様子に、日下部さんの視線はどんどん鋭くなる。

 話を振ったのは僕だし、話の内容もまじめだったのに、こじれて責められるシュンくんについ笑ってしまった。


「おい!紅は味方であれよ!」

「紅も共犯じゃろ?おぬし、へんたいじゃし」

「ち、違うから!」


 すぐに日下部さんの蔑む視線が僕にも送られる。全力で否定しても、日下部さんの耳にはククルの言葉しか届いていない。

 「ざまぁみろ!」と僕を笑うシュンくん、そのシュンくんを手とうで小突く日下部さん、一連の流れに爆笑するククル。


「あ、あは、あははは!」


 悩みが解決したわけではないけれど、僕は今、とても楽しいみたいだ。




「紅、ククルさん、ちょっといいか?」


 メインディッシュを食べ終えて、つまみに手が伸び始めたとき、おもむろにシュンくんが僕たちの名前を呼んだ。


「ん?」

「ぁえ?」


 すっとぼけた声を出す僕たちにフフッと笑った日下部さんが、シュンくんの話を引き継ぐ。


「実は二人に伝えておきたいことがあって」

「なんじゃ、あらたまって」

「実はね――」


 二人はお互いの顔を見合わせてから、僕たちへと向き直る。照れくさそうに、それでいて、嬉しそうに。


「実はオレたち、お付き合いを始めました!」


 二人は堪えきれずに、フフッと照れ笑いをこぼした。見ているこっちが恥ずかしくなりそうな雰囲気だ。


「おぉ、おぉっ!おめでとう、二人とも!」

「お、おめでとう!おめでとう!」

「ありがとう!二人には伝えとかなきゃってシュンと決めてたの」

「自分からふれまわることでもないけど、二人は特別だからな」


 友達と友達が付き合うことが、それを報告してくれることが、こんなにも嬉しいなんて。自分のことではないのに自分のことのように喜べるこの感覚は、きっとこの二人ではなかったら得られなかった。

 二人と友達になれて、二人が幸せそうな表情をしてくれて、僕も幸せだ。気を緩めたら、感極まって泣いてしまいかねない。


「まっ、付き合い始めたっつっても、今までとなんも変わらんけどな」

「今までも付き合ってるようなものだったしね。関係に名前を付けただけ、みたいな?」

「名前を付けて区切りをつける、それが大事なのじゃ!いつから、いつからじゃ?」

「賽岐祭のときからだな。オレが告白して――」

「私がオッケーって」

「シュンから告ったのじゃな!小食のくせにやるではないか!」

「食の太さは関係ないだろ!」


 ククルはやたらと食い気味で、僕がジーンとしている間に根掘り葉掘り質問攻めにしていた。女子は恋バナが好きなんていう話は迷信だと思っていたけれど、本当なのかもしれない。


「お祝いをせねばならぬ!どうする、ピザでも追加するかの?」

「おっ、いいねぇ!贅沢にいこうぜ!」

「あんまり調子に乗らないでよ。……もう」


 テンションに身を預けて、ククルは注文用のタブレットをタタタタとタップする。それに乗せられるシュンくん。口ではたしなめながらも、まんざらではなさそうな日下部さん。僕もタブレットを覗き込んで、その輪に加わった。


「よし、じゃあもう一度乾杯じゃ。香、取りに行くぞ」

「うん、いこ!」

「オレたちは後で行くか」

「そうだね」


 日下部さんの隣でルンルンとステップを踏むククル。本人よりもククルの方が幸せそうだ。僕も似たようなものかもしれないけれど。


「ほんとうにおめでとう、シュンくん」

「ありがとう。まさか紅がここまで喜んでくれるとはな」

「自分でも驚いてる。友達が幸せになるのって、こんなに嬉しいんだね」

「じゃあ、今度はオレたちを喜ばせてくれないとな」

「え?」

「頑張れよ、紅」

「ん?え、うん……?」


 まるで僕の心の内を理解しているような口ぶりで、シュンくんは僕にエールを送った。シュンくんの意図を勘ぐるよりも先にククルたちは戻ってきて、僕たちもジュースを取りに行った。



「香とシュンの関係を祝して――かんぱーい!」

「乾杯!」

「かんぱーい」

「かんぱい!」


 ククルの音頭のもと、もう一度コップをチンと鳴らした。

 一回目の乾杯よりも綺麗に響いたのは、きっと気のせいではない。みんなの表情を見れば、それは明らかだった。




「そういえば、来週物理の小テストあったよね。大丈夫そう?」

「あっ」


 『幸せなときほど辛い現実が訪れる』。先人の経験則(マーフィーの法則)より。

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