第四話 吸血鬼はご飯を食べる
十二時を回る前だというのに、学食はそこそこ混んでいた。席に座れないことはなさそうだけれど、注文の列は外にまで伸びかかっている。
しかし、さすが食べ盛り大学生を捌く学食といったところか、回転がかなり速い。数分も待てばレジまでサクサクと進み、いつの間にかお昼ご飯をのせたプレートを抱えながら空いた席を探すフェーズに突入していた。
「あそこ、空きそうじゃ。いくぞ、紅」
「……っす」
ククルさんはスタスタと歩いていき、僕はそれに続く。
分かってはいたけれど、彼女のクラロリという服装がロリィタの中でも落ち着いたデザインのものとはいえ、ここではかなり目立っている。そのうえ、口を開けば変わった話し方をするものだから、歩を進める度に注目を集めてしまう。それでいて、二限目のときとは比べ物にならないほどの視線を向けられていながら、彼女はまったく意に介さない。ここまで来ると頼もしさすら感じてしまう。
――問題は、その注目が僕にも集まっていることなのだけれど。
体を縮こませる僕と対照的に堂々と歩くククルさんが向かった先は、窓側の二人席。そこには食べ終えた食器をまとめて立ち上がろうとする二人組の女性がいた。
「この席、使わせてもらってもよいじゃろうか?」
「え?あ……ど、どうぞ……」
彼女たちは困惑した表情を浮かばせながらも、僕たちに席を譲ってくれた。立ち去り際に「あんなかわいい服着てる人みたことある?」とか「それより“のじゃ”って言ってなかった?」とか小声で話しているのが耳に入る。ククルさんにもその会話は聞こえていただろうに、彼女はそれすらも意に介さずに席に座った。
僕も彼女に続いて席に座りながら、ぐるりと周りの様子を確認する。どうやらこの席を狙っていたのは僕たちだけ――というよりは、他の人たちは僕たちと被らない席を探しているように思えた。
きっと、僕だけだったら席を取ることができずにもう少しウロウロしていたことだろう。ククルさんという存在は、席取りに一役買っていたようだ。
「やぁ~っと座れたの。せっかくのどんぶりが冷めてしまうわ」
「なんか、ありがとうございます」
「それはなんの感謝じゃ?」
ククルさんは水を一口飲んでから、手を合わせて「いただきます」と呟いて箸を手に取る。“ククル・フェルネスタ”という名前、銀色の髪、赤い瞳という、あまりにも日本人離れした特徴でありながら、あまりにも日本人らしい仕草をするものだから、つい頭の上に疑問符が浮かんでしまった。
それにしてもクラロリとどんぶりという組み合わせは、なんともミスマッチなものか。彼女にとってはそれが私服で当たり前の食事風景なのかもしれないけれど、僕はその服が汚れないかが気がかりでしょうがない。ロリィタファッションのクリーニングはいろいろと大変で、お金がかかるのだ。
「……紅、おぬし――」
「ご、ごめん、なんでもない!いただきます!」
ククルさんが次に何を言うのかが予想できて、僕はすぐに手元の豚生姜焼き定食に手を付けた。
人をジロジロと見るのは本当に良くない。反省しよう。
***
僕たちはしばらく無言でご飯をかきこんだ。ククルさんの食べっぷりを見るに、彼女もそれなりにお腹を空かせていたらしい。
食欲のままに箸を進めたところ、僕の胃袋はビックリしてしまったようで、食事のペースを少しだけ落とすことにした。お腹を労わる僕に対して、ククルさんはほとんど食べ終えていて、今は静かに味噌汁を啜っている。
「食べるの早いですね」
「お腹が空いていただけじゃ。それに、そんなに量も多くない」
「けっこう大食いなんですね」
「おぬしが少ないのじゃ。どうやったらその量でその身長の体を動かせるのじゃ?」
「え……コスパがいい、とか?」
「だーれが燃費の悪い女じゃ、たわけ」
ククルさんはぷくっと頬を膨らませながら僕に指をさして吐き捨てると、残りのどんぶりをかきこんだ。
なぜか僕はククルさん相手だと口下手ながらに会話ができるみたいだけれど、経験の少なさはにじみ出てしまうらしい。今だってそんなつもりで選んだ言葉じゃないのに、彼女を怒らせてしまった。
もしかして、このまま“充実したキャンパスライフ作戦”を始めたところで、うまくいかないのではないだろうか。接点を見つけて話し始めることができたとしても、言葉のチョイスで怒らせてしまっては元も子もない。
そもそも、口下手な僕が話を振るという作戦の根幹から既に現実的ではないかもしれない。楽観的に考えすぎていたことをククルさんと話したことで気づけたのはよかったけれど、だからといって代案は浮かばない。
「おーい、こう~?なーに険しい顔しとるのじゃ」
「……あ、ごめん。なんだった……?」
ククルさんは「まったく……」と呟くと、あらためてと言わんばかりにコホンと咳払いをする。
「妾がここまでついてきた目的、忘れたわけではなかろう?」
ククルさんは、二限目が始まる前に僕が話そうとしたことを聞くためにここまでついてきた。あの場で話すと同じ学科の人からさらに注目される可能性があったし、僕が空腹に耐えられないこともあって、学食まで一緒に来てもらうことにしたのだ。
そして、ククルさんにはここまで来てもらってなんだけれど、僕の話はそんな大した内容ではない。
「して、おぬし。講義前になんと言おうとしたのじゃ?」
「本当にちょっとした疑問なんですけど……」
「かまわん」
「ククルさんって、前期もうちの学科にいたんですか?」
こんなにも特徴的な人であれば嫌でも目や耳にするだろうに、今までまったくククルさんのことは知らなかった。考えられるとすれば編入ぐらいだが、一年生に編入の制度はない。他には講義に出席していない可能性もあるけれど、“ククル・フェルネスタ”なんて名前が出席確認で呼ばれたら、さすがに印象に残るはずだ。
彼女が今までどこにいたのか、それが純粋に疑問だった。
「もちろん、おったぞ」
「え、本当に?」
「ほんとじゃ。おぬしが妾を知らんかったのは……あれじゃな、妾が“大学デビュー”をしておったからじゃな」
「大学デビュー……?い、今じゃなくて?」
「おぬし、本当に失礼な奴じゃな……」
ククルさんは「はぁ」とため息をつくと、やれやれと肩をすくめながら前期のククル・フェルネスタについて話してくれた。
「前期までは妾もその辺の奴らのような恰好をしておったのじゃ。髪も黒く染めての。まぁ、あれじゃ、親の意向じゃな」
「も、もしかして……話し方も違ったり?」
僕の言葉を聞いたククルさんは、背筋を伸ばしながら横髪をサラッと手でなびかせて、絶妙に聞き馴染みのない話し方を始める。
「そうですよ。気に食わない話し方で、毎日頑張っていたのですから」
「……それでもお嬢様口調なんだ」
「黒髪清楚はお嬢様と相場が決まっておりますので」
お淑やかな敬語口調で話した数秒後、すぐに不服そうに目を細めて眉をひそめたククルさんは、「これで満足かや?」と頬を膨らませた。
「……ということは、今のククルさんが本当のククルさんなんですね。まさか、そんな人がいるとは……」
「それよりも、おぬしの方こそどうなのじゃ。おぬしのことは黒髪清楚時代の妾の記憶にはないのじゃが」
「普通にいましたよ。ただ、その……話すのが下手で友達がいないから、すぐに帰っていただけです」
話はいつの間にか僕の話題へと切り替わる。
僕が聞きたかったことは答えてくれたし、ククルさんも聞けたわけだから、目的は達したはずだ。ただ、本当にこれだけのために学食までついてこさせたことが申し訳なく思えて、話を続けることにした。先ほど会話の経験が足りていないことに気づいたばかりだし、練習にはちょうどよいだろう。
「“ぼっち”というやつじゃな。今の妾と一緒じゃ」
「こう、オブラートに包めませんか?言葉を」
「あっはは!」
ククルさんは声をあげて笑ってから、残りの味噌汁を飲み干した。それに合わせて、僕も最後の生姜焼きを口に放り込む。
彼女の“大学デビュー”は僕の“大学デビュー”とは方向性がまったく違ったけれど、訪れた結果は僕と同じようだった。
「それにしてもおぬし、話すのが下手という割に普通に話せとるではないか」
「ククルさん相手だと多少は話せるみたいです。それでも、さっき怒らせちゃいましたけど」
「燃費の話かや?あんなので本気で怒るわけなかろう。その場のノリじゃ、ノリ」
ヒラヒラと手を振って「気にするな」とククルさんは僕に伝える。
こういうところからも、人付き合いの経験の差をひしひしと感じる。ククルさんはおかしな人ではあるけれど、少なくとも僕より人付き合いが上手なのは間違いない。今後を考えるなら、僕も彼女とまではいかずとも、コミュニケーション能力を磨く必要がある。
「ほれ」
「痛っ、いった!」
「また険しい顔しとるぞ」
「つ、爪……」
「あ、すまん」
鋭い爪によるデコピンのせいというべきか、おかげというべきか――いつの間にか変わっていたらしい険しい表情が、自分でも分かるほどの苦悶の表情へと変わった。
会話中に思考にふけってしまうのも僕の悪い癖みたいだ。反省しよう。
「そ、れ、よ、り、も!」
ククルさんはこれからが本題と強調するように声を張る。
何を聞かれるのかと身構えていると、彼女は質問ではなく、提案――いや、“命令”を僕にくだした。
「おぬしはいつまで“ククルさん“と呼んでおる」
「え?でも名前はククルさん――」
「妾はククル・フェルネスタ。“ククルさん”ではない」
「え、と、つまり……」
「妾のことは“ククル”と呼ぶのじゃ、紅!」




