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妾の心が導く儘に  作者: ぬまし
僕と妾はこうして出会った

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第三十四話  吸血鬼は舞台を楽しむ

「今日も今日とて人が多いのー」

「なんか、町内会のお祭りみたい」

「大学祭のことをそんな風に言うやつ、おぬし以外におらんじゃろ……」


 賽岐祭さいきさい二日目。いよいよ迎えた、ステージで花紅月はなあかつきが演奏する本番の日。

 ステージのプログラムでは、昼を過ぎてからは音楽関係が続いていくようで、みんなの出番はその中間ぐらいにある。

 当日を迎えたとはいっても出番まで時間に余裕のある僕たちは、ひとまず腹ごしらえをすべく、キッチンカーなどが集まるエリアに来ていた。


「さすがお店の味、学生たちが作ったものとは一味も二味も違うの」

「その分お値段も張るけどね。……というか、食べ過ぎじゃない?」

「腹が減っては戦はできぬというじゃろ?」


 そんなことを言う彼女の両手には、折りたたまれたピザと肉汁滴るハンバーガーが握られていた。なんとも猛々しい。一方の僕はポテトを爪楊枝で突き刺して、ちまちまと一つずつ食べている。

 彼女の小さな体でも、最高のパフォーマンスを発揮するにはこれぐらいのエネルギーが必要なのだろう。今までのククルを見ているとただ大食いなだけなように思えるけれど、きっとそうなのだ。


こう、先輩たちのステージまであと何分じゃ?」


 ククルは両手がふさがっているアピールをしながら、僕に尋ねる。

 先輩方のサークル「ジャズ研究会」もステージで演奏する予定で、今日のプログラム最初の音楽ステージとなっている。大人数で演奏する迫力のあるジャズと聞いているから、音楽ステージを盛り上げる一番槍としてうってつけなのだろう。

 その流れを受けて、花紅月が演奏するわけだ。きっと、盛り上がれば盛り上がるほど緊張が増していくに違いない。ステージに上がるわけではない僕でさえ、頭が真っ白になってしまいそうだ。


「え、と……十五分ぐらいかな。前のステージが終わって、今転換中だと思う。もう行く?」

「場所を取らねばならぬし、そうしようかの。まぁ多少物足りなくてもあっちにも模擬店があるからお腹も大丈夫じゃろ」

「それで物足りない可能性があるの……?」


 僕の不安に対して、今のククルの頭の中は飯、飯、飯。あいかわらずというべきか、緊張の「き」の字すら浮かんでいなさそうないつものククルが見られて、少し安心した。

 ククルなら、僕の緊張を吹き飛ばすほどの演奏をしてくれる。これは期待ではなく、確信だ。


「んじゃ、行くかの」

「了解。……片方持とうか?」

「そうやって妾の飯を奪うつもりじゃろ?」

「僕は燃費がいいので要りません」

「人をアメ車みたいに言いよってからに……んじゃ、こっち持ってて。どうしても食べたいなら一口だけよいぞ」

「要らないってば」


 ――はやくステージに上がったククルが見たいなぁ。



 ***



 僕たちがステージの前に着くと、既に観客が集まっていた。学生たちだけではなく、一般のお客さんもたくさんいるのが印象深い。

 ステージの上では本番前の音だしと音響の確認を行っていて、セッティングはほぼ終わっているようだった。


「おや、けっこう集まっておるの。飯どきじゃし、注目の的じゃな」


 ククルのあとを追いかけて、ステージの向かいのど真ん中の場所をとる。この場所ならステージ全体を見渡せるし、音もよく聞こえそうだ。


「先輩たちは全員のっておるはずじゃが……心葉ことはせんぱいが見えぬ」

「……ちゃんといるよ。ちょっと見にくいけど、ほら、後ろの列の真ん中」


 僕たちはステージを見上げる形。そして、ステージにはたくさんの人と譜面台。さらには、秋峰あきみね先輩は身長が低く、一番後ろの列の真ん中。僕でさえ先輩の顔がよく見えないのだから、僕よりも身長が低いククルからはほとんど見えていないだろう。


「ほう、ほんとにリードじゃったのか。あんな小さな体でパワフルな演奏ができるのじゃから、さすがじゃの」


 「それ、ククルが言う?」というツッコミは胸の中にしまった。ククルも小柄なことを気にしているかもしれないから。

 なんというか、僕の知り合いの女性はみんな力強い。一番体の大きい僕が一番弱いのはいかがなものかと、ふと思った。




「お待たせいたしました!次は『賽岐さいき大学ジャズ研究会』の皆さんです!」


 司会のアナウンスが入って、ステージ前のざわつきが一瞬消える。その隙を見計らったかのように、ドラムのスティックが速いテンポを刻み始めた。


「ワン、トゥー、ワントゥースリー!」


 二十数名が一斉に音を奏でる。

 地盤を固める低い音。響きを増やす綺麗な音。頂点で踊り狂う高い音。それらが塊になって、僕に正面からぶつかってきた。


「おぉ……すご」

「あっはは!新鮮な反応じゃ!」


 まさか、大人数で奏でる生演奏の迫力がここまでだとは。思わず漏らしてしまった感嘆に、ククルは楽しそうに笑った。

 生演奏を聴いたことが無かった僕にとって、ククルの演奏や花紅月の演奏は新鮮で、音楽の楽しさを知るきっかけになった。そして今日、人数が変わるだけ、ジャンルが変わるだけ、楽器が変わるだけでこんなにも印象が変わることを知った。コーヒー然り、音楽然り、そしてククル然り――実際に触れてみないと、関わってみないと、その本質的な良さは分からないものだ。


「おっ、心葉せんぱいじゃ」


 ククルの呟きと同時に、最後列にいた小さな影がひょこひょこと狭い隙間をかき分けながら前に出てきた。

 僕のことを気遣ってくれる二つ上の先輩で、迫力のある演奏を堂々とこなす、あまり表情は動かない秋峰先輩。かっこいい方ではあるのだけれど、ククルよりもやや小さい身長のせいか、いちいち動きがかわいく見えてしまう。


「ん?前で演奏するの?」

「ソロを演奏するときは立ち上がったり前に出たりするものじゃ。まさか、リードをやりながらソロもやるとはの……さすがじゃな」


 かわいらしい動きで前に出てきた彼女は、深呼吸をすると、堂々と胸を張ってトランペットをまっすぐに持ち上げる。一変した雰囲気に、誰しもがその視線を秋峰先輩へと向けた。

 聞こえないはずなのに、聞こえてくる息の音。そして、少し長めの音からソロが始まる。

 階段を駆け巡るような綺麗なメロディ。たまにピョンと飛び跳ねる音がかわいらしく、音に表情が加わった。ときおり入る他の楽器の合いの手に合わせて、軽やかにステップを踏む。さながらコールアンドレスポンスのようなやり取りを終えると、主役は私だと言わんばかりの高い音が空に響く。おそらく、秋峰先輩はこの高い音に自信があるのだろう。他のトランペットからはあまり感じられなかった、太く延びるような音で僕たちの体の芯まで響かせる。キンキンとしているわけでもなく、叫ばれているような不快感もない。繊細なのに質量のある音がこのステージを包み込んだあと、風呂敷をたたむように音を着地させた。

 観客の視線を独占した秋峰先輩は、ソロが終わると満足そうに口角をあげながらぺこりと腰を折る。その瞬間に湧き上がる拍手。演奏の一部となったハンドクラップに見送られながら、ひょこひょこと定位置へと帰っていった。


「さすが心葉せんぱい、かっこいいの~!桃花とうかせんぱいのバッキングも完璧じゃ!さすがずっと一緒に演奏しとるだけある!」


 ククルもキャッキャッと盛り上がり、いつの間にか空っぽになっていた両手で拍手をしている。一目でお腹も心も満たされていることが分かった。


「すごい、かっこいい。楽しいし、おもしろい!」

「そうじゃろ、そうじゃろ?昼一番にジャズ研を持ってきたのは正解じゃな!あっはは!」


 なぜか得意げにククルは笑う。

 ――嬉しい。彼女を見た瞬間に、僕の中にその一言が浮かんだ。

 好きなのに人とも音楽とも距離を置いていたククルが、今は友人ともいえる先輩の演奏を心のままに楽しんでいる。そんなククルと、僕は楽しさを分かち合っている。

 あのとき「ククルの本気の演奏が聴きたい」と言葉にしなければ、この瞬間はなかっただろう。僕の気持ちを素直に伝えてよかったと、今ならそう思う。

 でも、まだそれを噛み締めるには早い。ククルの本番はまだ始まっていないのだから。




「『賽岐大学ジャズ研究会』でした!ありがとうございました~!」


 音楽ステージの一番槍として間違いなく最高のパフォーマンスで、先輩たちの演奏は終わった。

 ククルたち花紅月の出番は、次の軽音楽部が終わってからだ。彼らはロックバンドを主としているようで、ジャズ研とは方向性は違うけれど、間違いなくステージの盛り上がりを引き継いでみせるだろう。

 その間に万全の準備をして、隣にいる吸血鬼が――


「……なんじゃ?急に見つめて」

「……口の周り」

「ぁえ?綺麗に食べたつもりじゃったのに。どこ?」

「ここ」

「ここ?」

「もうちょっと右」

「もう、おぬしがとってくれぬか」


 急に不安が込み上がったけれど、まぁ、これもククルらしくリラックスしているともいえる。

 とはいえ、明らかに油で輝きを増したリップグロスを見ると、気を抜きすぎではないかと心配したくもなる。


「……はぁ」


 なんの躊躇いもなく、ククルは目を閉じて口を差し出す。まったく、本当に色々な意味で心配になる。

 ポケットティッシュを一枚取り出して、ククルの口の周りを優しく拭う。ニコっと笑って、「ありがと」と一言。僕の心配など杞憂だというように、ルンルンと舞台袖へと向かう彼女を、小走りで追いかけた。



 ***



「あ、二人とも!私たちの演奏聴いてくれたの?」

「もちろんじゃ。最高じゃったぞ!」

「すごくかっこよかったし、楽しかったです」

「それならよかった!」


 僕たちが舞台袖にある控えのテントに向かうと、近くにいた冬崎ふゆさき先輩が声をかけてくれた。

 冬崎先輩の後ろには、撤収作業を終えたジャズ研の人たちがたくさん残っている。全員が楽しそうに笑っているから、ステージでの演奏が彼らにとって満足のいくものだったことがすぐに分かった。


「どう?賽岐祭、楽しんでる?」

「うむ。昨日あらかたまわって、今日あらかた食べつくしたところじゃ」

「もう?さすがはククルちゃんだ。……私はうちの楽器見てなきゃいけないから動けないけど、しばらく見て回ってきても大丈夫だよ?」


 ククルが使うドラムと春風はるかぜ先輩が使うキーボードはジャズ研の物を借りることになっていて、先輩たちがその許可をとってくれている。つまるところ、花紅月として冬崎先輩たちがステージで演奏することを、ジャズ研の全員が知っている。冬崎先輩の後ろで解散せずに残っているジャズ研の人たちは、先輩たちの出番を楽しみに待っているのかもしれない。

 ジャズ研の演奏の時点で観客はたくさんいた。軽音楽部の演奏で新たに足を止める人も多いだろう。花紅月が演奏するときには、いったいどうなってしまうのだろうか。ステージに上がらない僕の緊張が、ますます増していく。


「これ以上食べると演奏に支障が出そうじゃ。妾はここで待機していようかの。こうはどうするのじゃ?」

「僕も一緒にいるよ。ククルと違って、これ以上食べられないし」

「トゲのある言い方じゃのう」


 もしククルが「足りない」と言ってご飯を求めて歩き出したらどうしようかと思ったけれど、さすがの彼女もお腹を落ち着かせる時間は必要なようだ。


「……そういえば、春風先輩たちはどこかいかれたんですか?」

「あぁ、えっとね……しゅうちゃんは楽器片付けがてらエレベ取りに行ってて、桃花ちゃんとことはは……お色直し?」

「おいろ、なおし……?」

「もうすぐ戻って来ると思うけど……と、噂をしたら、ほら」


 冬崎先輩が指をさす先には、魔女が身につけていそうな大きな帽子をかぶる女性と、ククルのような服を着た少女。――というか、あれは前にククルがきていた服そのもの(・・・・)だ。


「お待たせ~!あ、ククルちゃんに伊藤くん!おつかれ!」

「お、お疲れ様です……というか、その、それは?」

「どう?似合ってる?ことちゃんにも絶対似合うと思って、ククルちゃんにお願いしてたんだ~!」


 春風先輩は秋峰先輩をずいっと僕たちの前へ引き出した。

 フリルとレースで胸元を彩った白のブラウスに、レースとベージュの編み込みが上品なネイビーのフレアドレスを合わせたコーデ。忘れるはずがない。あの日、僕の家で僕の中に刻み込まれた、あのコーデだ。


「あっはは!似合っておるではないか!」

「はい、その、とても……」

「あれ、ククルちゃんからは『褒め殺される』って聞いてたのに」

「あ、あれはククルが言えって……!というか、ククルはなに勝手なことを!」

「そうじゃった、そうじゃった!妾の専売特許じゃったな!あっはは!」


 たしかに似合っている。似合っているし、かわいいし、間違いなく僕が好きな服なのだけれど――なぜだろう。ククルのときほど、胸が高鳴りはしない。


「なら仕方ないか~!残念だったね、ことちゃん」

「なんで私が振られたみたいになってるの……」


 遠い目をする秋峰先輩に並んで「あっはは!」と声をあげるククル。ひとしきり笑ったあと、なにかを思い出したのか、「あっ」と声をあげた。


「そういえば、今日はまだ紅から感想を聞いておらぬ」

「い、いま?今じゃなきゃだめ?」

「だめ」

「……はぁ」


 こういうとき、ククルは絶対に譲らない。いつもと違って先輩たちが見ているなかだというのはお構いなしで、僕は折れるしか道がない。

 今日のククルは、白いブラウスを黒のリボンで飾り、ワインレッドのコルセットスカートで腰を絞っている。いつもと違ってフィッシュテールなのが印象的で、羽織るケープも相まってシルエットが美しくもみえる。

 これからドラムを演奏することをふまえて、機能性も考えながら、かっこよくもかわいくまとめ上げたコーデだ。


「今日のための一着って感じ」

「もう少し具体的に」

「……かっこよくて、かわいくて、演奏のことも考えてる。色々ひっくるめて、す……素敵、だと思うよ」

「ん、ありがと。本番も頑張れそうじゃ」


 柔らかい笑みが僕に向けられて、思わず目を逸らした。なんだか、いつもよりも恥ずかしい。


「羨ましいなぁ、ククルちゃん」

「桃花ちゃんもかわいいよ、その帽子。アホっぽくて」

「なんだと?かわいい服着たからって調子に乗りやがって!わたしも着たかったのに!」

「ごめんね、桃花ちゃん。私とククルちゃんには身長で結ばれた絆があるから。みて、姉妹みたいでしょ」

「こ、このっ!」


 秋峰先輩の頬をつまむ春風先輩と、「ひょいひょい(ちょいちょい)ひゃめんか(やめんか)」と情けない声をあげる秋峰先輩。二人のコントに、「アホなことやってないで準備するよー」と冬崎先輩が終止符を打つ。先輩たちのやり取りに「あっはは!」とククルが声をあげると、先輩たちも笑い出した。

 今の彼女たちに「緊張」という二文字は欠片も浮かんでいないのだろう。僕の中にあったその二文字も、いつの間にか薄れてきていた。


「ちょっと、伊藤くん」


 和みきった雰囲気の外、声をかけてきたのはベースを抱えた斎夏さいか先輩だった。


「今……どういう状況?」

「……え、えぇと……」


 あらためてどういう状況かと問われると、言葉に詰まってしまう。

 準備をしなければいけない時間のはずなのに、これからステージに立つとは思えない空気でキャッキャと騒いでいる。そりゃ斎夏先輩もジトっとした視線を送るはずだ。


「桃花がまたなんかやった感じ?」

「秋峰先輩が春風先輩を煽ったというか……」

「心葉から?そりゃだいぶノッてんねぇ。ククルちゃんの服のおかげか?」

「え、そうなんですか?」

「心葉が饒舌になったら、ノッてる証拠だね。いいじゃん、楽しくなってきた!」


 斎夏先輩はみんなのところに突撃して、冬崎先輩にたしなめられる。そこでもう一笑いが生まれて、その雰囲気のまま演奏の準備を始めた。

 ――なるほど。僕たちは今、最高に大学生をしているらしい。

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