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妾の心が導く儘に  作者: ぬまし
僕と妾はこうして出会った

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第三十一話  吸血鬼は大学祭を楽しむ

「おぉ~、さすが賽岐祭さいきさい。いつもより人であふれておるの」

「こんなに人入るんだ……自分の大学ながら、少しびっくり」

「なにやらその辺の町中で神輿をあげとるらしいしの。地域の人たちも物珍しさに来とるのじゃろ。賑やかでよいことじゃ」


 ついに訪れた賽岐祭の一日目。一年に一度の学園祭というだけあって、土曜日だというのに構内は学生でごったがえしている。賽岐大学はすべての学部が同じキャンパスに集まっている大学だから、余計に人が多く見えるのだろう。

 少し足を進めれば、すぐに模擬店やステージが目に留まる。いつもはただの移動経路でしかない道も、今は歩行者天国のようになっていた。


「いつもより派手な服装のやつが多いの」


 ククルが周りをぐるりと見渡して、ポツリと呟いた。僕も周りに目を向けると、出店している人たちだけではなく、ただ遊びに来ただろう人たちまで、たくさんの人たちが気合の入った格好をしているように見えた。なかにはフェイスペイントを入れている人や、コスプレをしている人までいる。


「……そういえば、昨日ハロウィンだったね。せっかくのお祭りだし、気分的にはハロウィン継続中なのかも」


 一方隣の吸血鬼はというと、ブラウスの白がボルドーのケープとスカートに隠れて、全体的におとなしめな雰囲気でまとまっている。それでいて、ちりばめられたリボンやフリルを綺麗な白い髪と一緒に揺らして歩くから、かわいらしい雰囲気も捨ててはいない。いつもどおりのとてもかわいい服だ。

 とはいえ、ククルの服装はロリィタの中でも控えめ。普段は浮いてしまうようなデザインも、このお祭りの中ではむしろおとなしく見える。

 いや、着慣れているからこそ、派手に見えないのかもしれない。普段からこの服を着こなす努力をしている彼女だから、周りが似たような服を着たとき、より自然に見えるのだ。

 ククルの服装が浮いたように見えない。それこそが彼女が努力をしている証で、僕はそれを知っている。人の目を気にせず歩けている今が、誇らしく思えた。


「なにをニヨニヨと笑っておるのじゃ。恥ずかしいからやめんか」

「ご、ごめん。今日のククルもかわいいなって思って」

「それは、まぁ、ありがと。じゃが、妾だけでそんな風になっていては、今日一日ヘンテコな笑みが止まらぬのではないか?今日はおぬしが好きな服があちこちで見られそうじゃし」

「たくさん見られるのは嬉しいけど……ククルにしかこんな表情はできないかも」

「なぜじゃ?」

「ククルが一番似合ってるから」


 ククルはムッと口を紡ぎながら目を見開いて、僕を見上げる。そのあと、耳を赤く染めながら「はぁ~」と長く息を漏らした。


「この女たらしが」

「ひ、人聞きの悪い!正直に感想言えって言ったのはククルでしょ!ククルにしかこんなこと言わないよ!」

「それじゃそれ!もう!」


 眉をしかめて、頬を染めながら僕に指をさす。プンプンという擬音が聞こえてきそうなセリフを吐いて、僕の一足先をツカツカと歩きはじめた。


「どこ行くか目星はつけとるのじゃろ?さっさと回るぞ!」

「わかった、わかったから!」


 そのまま僕の手をつかみ、強引に引っ張り始める。僕の先を歩いていては僕に案内をさせようがないと思うのだけれど、そんなことはお構いなしにククルはズンズンと進んでいく。バランスを崩しかけながらも駆け足でククルの隣に追いついて、僕は吸血鬼様の望むままに案内を始めた。


 ――ドクン、ドクン。


 急に走ったからなのか、隣に並び立っても小さな手が離れないからなのか、心臓がやけにうるさい。平静を装う僕を見上げる吸血鬼は、どこか不満げな表情を浮かべながら、僕の手に爪を食いこませていた。



 ***



 僕たちが訪れたのは、天文研究会が行っているプラネタリウム――の前に出ている焼きそばを提供する模擬店。

 ここは食事をとりながら星を見られるコンセプトらしいのだけれど、どうやらプラネタリウムが大好評らしく、すぐには中に入れなくなっていた。その代わり、中で食べられる焼そばを外でも販売しているようだ。

 僕がここに目星をつけたのは、昨日シュンくんと日下部くさかべさんに話を聞いたからだ。お昼を過ぎたタイミングで、お昼の人混みを乗り切った先輩方が休憩に入るから、その穴を埋めるために二人が売り子をやるのだとか。

 どこかで軽く食事をとる予定ではあったから、せっかくならとここを選んでみたのだ。


「おっ、こうじゃん!」

「あっ!ククルちゃん!」


 焼きそば待ちの待機列に並び始めると、すぐ後ろから名前を呼ばれた。

 振り向けば、手作り感満載の看板を抱えたシュンくんと、宣伝のチラシを抱えた日下部さんがパタパタと駆け寄ってきていた。


「本当に来てくれたんだな!」

「なにか食べたかったから、ちょうどよくて」

「ククルちゃん、来てくれてありがとう」

「こちらこそじゃ。忙しそうじゃの、かおり」

「全然!……いや、そこそこ?でも、ククルちゃんのおかげで元気出た」

「あっはは!それはよかったの」


 二人は宣伝のために構内をぐるっと回った帰りのようだった。あとは焼きそばを提供する売り子を小一時間やって、お役目は終わるらしい。


「オレたち明日は暇だから、ククルさんの演奏見に行くよ」

「ぁえ?二人に話したかの?」

「あ、ごめん。僕が二人に話した。ククルの演奏を聴いてほしくて」

「いつの間に。少し妬けるの」

「安心して、ククルちゃん。伊藤くんと話したことは事細かく隅々まで教えてあげる」

「さすがかおりじゃ」

「……僕のプライバシーは?」


 くだらない話をしている間にも列は進み、僕たちの分の焼きそばも出来上がっていた。


「オレたちはしばらく手伝いがあるから一緒に回れないけど、また見かけたら声かけてくれな」

「二人とも、楽しんでね」


 二人に見送られて、少し離れた場所で焼きそばの蓋を開ける。

 二人はさっそく仕事に入ったようで、視界にうつる僕たちに声をかける暇もなさそうだ。


「うむ、見た目通りの味じゃ」

「でも、二割増しぐらいでおいしいかも」

「それもそうじゃな。初めての経験じゃが、なんというか、良いものじゃな。こういうの」


 ただ学園祭にきて、友達が入っているサークルが作った焼きそばを食べているだけなのに、二人してしみじみとしてしまった。普通の人なら高校生のときに経験していたようなことも、僕たちにとっては新鮮で味わい深い感覚だ。

 僕が焼そばを啜る横で、「見た目通り」と言いながらとてもおいしそうに箸を進めるククル。垂れてくる横髪を耳にかけなおしては焼きそばを啜り、その不自由さもまた醍醐味と言わんばかりに笑顔を浮かべる。その顔を見ていたら、僕の頬も自然と緩んでしまった。

 今、隣にいるのがククルで本当によかった。できることなら、ククルも同じことを思っていてくれたら嬉しい。柄にもなく、そう願っている自分がいた。




 軽くご飯を食べ終えた僕たちは、次の目的地――ジャズ研究会が行っているジャズ喫茶へと向かった。ジャズ喫茶とはその名のとおりの企画で、部員の生演奏を聴きながらコーヒーや紅茶、軽食をいただくという、言うなれば喫茶ピアノフォルテのようなジャズクラブを参考にした企画だ。ジャズ研究会には花紅月の先輩方が所属しているから、タイミングがよければ先輩方の演奏も聴けるかもしれない。

 生演奏を聴きながらコーヒーをいただく“良さ”は、ククルのおかげで僕も理解している。さすがにピアノフォルテのようなクオリティの食べ物や飲み物が提供されるわけではないけれど、それでも楽しめる自信が今の僕にはあった。


「まさか、紅から誘われるとはの」

「この企画を見たときから気になってて。僕も前よりは多少音楽に詳しくなったし、ククルに演奏してもらったときよりもジャズクラブを楽しめるようになってる……はずなんだけど」

「そんなに気張らなくても楽しめるのが音楽のよいところじゃぞ?」

「気張ってないよ。ククルの演奏を最大限楽しもうと思ったら、こうなってただけ」

「……すーぐそういうことを言う」


 ククルは呆れたようにため息をついて、さっさとお店と化した教室へと入っていってしまう。僕は急いで追いかけて、なんとか二名様で入店をさせてもらった。



 お店の中は薄暗く、しっとりとした雰囲気に包まれていた。

 机が二人から四人席の島に分けられていて、僕たちは二人席の島に通された。席に着くと手作りのメニュー表が出迎えてくれて、とても普段講義を受けている教室とは思えない空気感に、子供のようにわくわくしてしまった。

 顔をあげると、僕の記憶では教壇だったはずのステージの上には誰もいない。演奏者の転換のタイミングで入店や退店を行うシステムのようだ。ステージの上に残された楽器たちが逆に“ライブ感”を出していて、これまたわくわくしてしまう。

 僕たちを席に案内してくれた店員さんが注文を聞きに来てくれたので、僕はコーヒーを、ククルはコーヒーとシュガートーストを注文した。ニコっと笑いながら「少々お待ちください」と立ち去る彼女もまた、このサークルの部員なのだろう。僕の見立てでは、彼女は飲食店でバイトをしている。

 注文した物たちは一分ほどで僕たちのもとへ届けられた。早さの割にはコーヒーもトーストもほかほかとしている。なるほど、入退店を演奏者の転換のタイミングと決めているから、頃合いを見て作り置くことができるということか。なかなか考えたものだ。

 僕たちがコーヒーに手を付けようとすると、開いていた教室の扉が閉められる。ステージには五名の演奏者が上がり、軽く音を鳴らし始めた。


「おっ。桃花とうかせんぱいと心葉ことはせんぱいじゃ」


 五名の演者のうち、トランペットとキーボードは知っている顔だった。てっきり花月のみんなは一緒に演奏するものだと思っていたけれど、ずっと一緒というわけでもないらしい。

 そんな見覚えのあるトランペットの口が僕たちを捉えたとき、パーと鳴っていた音が急に止んだ。口を下ろした秋峰あきみね先輩は春風はるかぜ先輩になにやら呟くと、春風先輩は明らかに僕たちの方を見ながら笑顔を咲かせ始めた。どうやら僕たちが見に来たことに気づいたようだ。

 ククルが手を振って、僕は軽く頭を下げる。知り合いがステージに上がっている経験なんて初めてなのだけれど、どうやら少し気恥ずかしくて、それでいて嬉しくて、言葉にするのが難しい気持ちでいっぱいになるらしい。きっと、明日も同じような気持ちになるのだろう。

 準備を終えた演奏者の面々はお互いの顔を見合わせて、笑顔で頷く。カン、カンと一定間隔でドラムのスティックが音を鳴らし、ついにカウントが始まった。


「――ワン、ツー、ワンツースリーフォー」


 ベンベンベンベンとゆっくり歩くようなベースに、せせらぎのように小さく刻まれるハイハット。薄く広がるギターの和音の上に乗っかる、穏やかなトランペットのメロディ。決して主旋律を邪魔せずに、足りないなにかを埋めていくピアノのトーントンというバッキング。

 あぁ、やっぱり音楽とコーヒーは相性がよいみたいだ。




 一曲が終わって拍手が広がるなか、僕たちは背後から声をかけられた。


「どう?楽しめてる?」


 僕たちが振り向くと、そこには冬崎ふゆさき先輩と斎夏さいか先輩がいた。


「うむ。お腹も膨れるし、演奏も上手で、言うことなしじゃな」

「めっちゃ褒めるじゃん。あーあ、それならあたしたちの演奏も聴いてほしかったな」

「なんじゃ、もう演奏せぬのか?」

「これの一個前のグループで演奏してたの。あとは最後にやる参加型の何曲かで助っ人に入るだけかな。あ、ククルちゃん参加する?」

「さすがに最後までおるわけにはいかぬの」

「だよねぇ~」

「まぁまぁ、二人がきてくれただけでも私たちは嬉しいんだから。ほら見てよ、あの桃花ちゃんのアホづら」


 冬崎先輩に促されて春風先輩を見ると、エッヘンと声が聞こえてきそうなドヤ顔をしていた。これを「アホづら」と表現した冬崎先輩の言葉がじわじわときて、少しだけ笑ってしまいそうになる。それは斎夏先輩も同じだったようで、先輩も肩を震わせはじめた。

 僕たちが顔を隠していることに気づいたのか、春風先輩は表情を一転、眉を寄せて口を尖らせる。


「あ、あいつ、絶対今なんか文句言ってる」

「もう、他にもお客さんいるんだから……ことはもため息ついてないで注意しなよ、もう!」

「心葉も話しかけたくないんでしょ、絡まれるから」

「もーー!私が一緒に乗るべきだった!」

「いや、瑠深るみが『アホづら』とか言うから……ふ、ふふっ」

「おぬしら、部活でもこの調子なんじゃな……」


 あのククルが気圧されるようにぽつりと漏らす。そんな言葉が漏らせるくらいに、先輩たちとはうまくやれているようだ。この縁が続いて、この先もククルが演奏するきっかけになれば嬉しい。

 そんなこんなで始まる次の曲。幕間のドタバタとはほど遠い心落ち着く素敵な演奏が続いて、なんやかんや最後までしっとりと楽しむのであった。



 ***



「あー、楽しかった」

「満足?」

「満足じゃ。たらふく食べたし、先輩たちの演奏も聴けた。ステージも見れたし、かおりたちとも話せた。心残りがあるとすれば、プラネタリウムには最後まで入れなかったことかの」

「それは、まぁ、仕方ない。またリベンジしよう」

「それは『来年も一緒に回ろう』というお誘いでよいのかの?」

「ち、ちが!……くはないけど!言い方!」

「あっはは!素直じゃないのう!」


 僕のスケジュールで動いた一日目の賽岐祭。ククルの「あっはは!」を聞くことができたから、僕としても満足だ。


「このあとどうするの?」

「明日に向けてピアノフォルテで最終調整じゃな。先輩方も片づけを終えてから合流することになっておる」


 一方で、二日目の賽岐祭でククルが「あっはは!」と笑えるかは、彼女たち花紅月はなあかつきの舞台にかかっている。心の底から楽しむために、心のままに笑うために、日が暮れ始めた今からククルたちは練習を始める。

 今は笑顔でも、練習になれば真剣な顔になるだろうし、本番を控えたら強張るかもしれない。すべては明日のためだけれど、明日のためにこそ、今日は最後の最後までククルに笑っていてほしい。


「今日は少し遅くなるじゃろうし、おぬしは先に――」

「じゃあ行こうか、ピアノフォルテ」

「ぁえ?ちょっと待つのじゃ、だから――」

「行く。僕も行く、絶対に」


 困惑するククルに僕は言葉をかぶせる。たまに照れるところを見ることはあれど、オロオロするククルを見るのは新鮮だ。

 僕はククルを困らせたいわけではないけれど、僕だってククルのためにやりたいことがあるのだ。ここで引き下がるよりも、絶対にククルのためになることができるという自信が、今の僕にはある。


「最後まで付き合うから。絶対に」

「め、珍しく強情じゃな……」


 僕から視線を外しながら、胸の前で両手の平を僕に向けて距離をとる。

 立場が逆転するとこんな感じなのか。なんというか、悪くはない。


「わかった、わかったのじゃ。……もう、おぬしを気遣ってやっとるというのに」

「ありがとう。でも、気遣ってくれるなら一緒にいさせてくれた方が嬉しい。とくに今はね」

「……はぁ。そういうとこじゃ、そういうとこ」


 諦めたようにため息をついて、僕の胸をツンと押した。今日のククルは「それ」だの「そういうとこ」だの、指示語が多い。

 ツカツカと歩き出す小さな背中を追いかける。僕の肩ほどまでしかない体なのに、僕より強い力も、心も、才能も、努力もある。僕はそんな彼女を尊敬していて、信頼している。彼女のためになにかをしたいという気持ちは、紛れもなく本物だ。

 無意識に握ったこぶしには、何度も握ったミルの感触が残っている。

 今日は最後の最後まで、ククルのためになることをしよう。

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