第二十七話 吸血鬼はみんなと仲良くなる
ドリンクバーで作るミックスドリンクは、よほど変なものを組み合わせない限り、そこまでまずくなることはないようだ。さらにいえば、ファミレス側が組み合わせて楽しむことを推奨していて、おいしく飲めるレシピが掲示されている。つまり、ククルやシュンくんは、わざとまずくなるよう組み合わせたわけだ。
僕が飲まされたジュースにあった苦みはおそらくコーヒーで、ファミレス側が推奨している組み合わせにコーヒーは一つもない。そもそもジュースが出てくるものとコーヒーが出てくるものではマシンが違う。そりゃあまずくもなる。
いつかククルに仕返しをしてやろうと思いながら、僕はグレープジュースを自分で注いだ。席を立つときにククルから「持ってきてやろうかの?」と言われたけれど、丁重に断った。彼女のことだから、天丼で大笑いをするに決まっている。
僕が正真正銘グレープジュースを持って席へ帰ってくると、ロボットが注文した品々を届けに来ているところだった。ファミレスではロボットが配膳していると知っていたけれど、実際にその様子を見たら「すごいなぁ」と感嘆の声が漏れ出てしまった。いったいどういう仕組みで衝突を回避して、倒れないように段差を越えて、あちこちへ配膳しているのだろうか。僕は理系ではあるけれど工学系ではないから、まったく分からない。技術の進歩には感心するばかりだ。
品々を届け終えたロボットはかわいい表情を浮かべて、厨房へ戻ろうとする。僕は彼――いや、彼女?の邪魔にならないように避けて、ククルの隣に座った。
「なんじゃおぬし、ただのジュースではないか」
「普通はただのジュースを飲むんだよ」
僕がククルの不満げな声に迎えられて、席に全員がそろった。みんなの前には料理が並び、あとは食べるだけだ。
「じゃ、食べるか」
シュンくんの言葉を皮切りに、僕たちは箸を手に取った。
こういうところでもククルは「いただきます」と呟いてから料理に手を付ける。言わずもがな、これも彼女の魅力の一つだ。
僕も「いただきます」と小さく声に出してからハンバーグを口に運ぶ。ククルのように、僕も礼儀正しさは忘れないようにしたい。
「そういえば――」
ご飯を食べ始めてから、話題を切り出したのはククルだった。
「おぬしらは随分と仲がよさそうじゃが、実験が始まる前から付き合いがあったのかや?」
言われてみれば、シュンくんたちは言葉を交わさずとも理解しあっていそうな仲の良さを感じる。実験のペアというだけで、ここまでの仲にはそうそうならないだろう。
「オレらは同じサークルに入ってるからね。前期からの付き合いではあるかな」
「別に私はシュンと仲良くなりたかったわけじゃないんだけど……」
「泣くぞ」
「冗談だよ。シュンには助けられてるからね、いろいろと」
「なんじゃ、それは聞いてもいいエピソードかや?」
ククルはやたらと目を輝かせながら食い気味に尋ねる。まさに興味津々といった表情にシュンくんたちは困惑すると思いきや、軽く笑って「大丈夫」と答えた。
「一番の助けられたエピソードは……新歓のとき?」
「まぁ、オレ的にも一番自覚があるのはそれだな」
新歓ということはせいぜい半年前の出来事のはずなのに、二人は昔のことのように天井を見上げて思い返す。そして、ククルの要望に応えるべく、二人で補足しあいながら語り始めた。
「オレたちは天文研究会に入ってるんだけど、新歓のときにヤバい先輩に香が絡まれてたんだよ」
「なんていうんだろう……セクハラおやじ?みたいな?新歓で一人だけ酒飲んでたのもやばかったけど、酒癖が悪いのが一番ヤバかった。そいつに目をつけられたのが私っていう」
天文研究会とは、サークルが所持している望遠鏡を使って天体観測をしたり、お月見をしたり、みんなが集まって緩く活動するサークルのようだ。直近では中秋の名月を見る会を行っていて、二人も参加していたらしい。星に関連すること以外にもバーベキューなどのイベントも定期的に開催しているそうで、緩く楽しみたい人には人気のサークルとのことだ。
そのサークルの新歓で日下部さんと同じテーブルについた先輩が、そのヤバい先輩だった。その人は新歓にもかかわらず一人だけ酒を飲み、日下部さんにだけ執拗に絡んでいたのだそう。
「『彼氏いるの?』とか『好みのタイプは?』とか『スタイルいいね』とか言われて、これがセクハラってやつかって初めて知った。あとは『俺の親は社長で』とか自分語りをしてきて……今思えばあれって自慢だったのかな。すごいのはあいつじゃなくて親なのに」
「オレは隣のテーブルだったんだけど、その様子が目に入ってかなり不快だったんだよね。たまたまオレのテーブルにいた部長に香たちのテーブルのことを話したら、なんと部長、想像以上にブチキレ。そのまま突っ込んで行きそうだったから、仮にも新歓だし雰囲気ぶち壊すのはよくないだろってんで、『オレに任せてください』って間に入ることにしたわけ」
シュンくんはその先輩のもとに「話を聞きたい」と言いながらお酌をしにいって、日下部さんから引きはがした。その間に部長はその先輩を連れ出す用意をして、シュンくんが自分のテーブルまでついてこさせたあと、部長は先輩を連れてこっそりと店を抜け出した。しばらくして、戻ってきたのは部長だけだったらしい。
「そのあと部長が私とそのテーブルのみんなに謝ってくれて、そのあとは楽しい時間だったよ。それまではクソ不快だったけど」
「セクハラに加えてナンパされたら、そりゃな。視界に入っただけのオレも不快だったんだから」
「そういえば、あのヤバい先輩は前科があったらしくって、次に同じことやったら退部って話だったらしいの。それで、私たちが正式に入部するころにはもういなかったっていう」
日下部さんはとても美人だ。常に冷たい圧を放っているのは、過去に悪い虫が寄ってきた経験があるからなのかもしれない。
そんな彼女のことを、当時は何も知らなかっただろうに、助けに入ったシュンくんはとてもかっこいいと思う。それも、事を荒立てない方法を考えて場の空気も守るなんて、そう簡単にできることではない。僕だったら助けに入ることもできないし、仮に助けに入ったとしても新歓の空気感を損なわせてしまうだろう。
――もしククルが同じ状況になったら、僕は助けに入ることができるだろうか。ククルは「助けなど要らぬ」と言いそうだけれど、できることなら僕は――
「かおり、次からは妾も頼るとよい。おぬしに寄り付くゴミどもは妾が蹴散らしてやろう」
「く、ククルちゃん……」
「オレにもそれぐらいの反応してくれてもいいのよ」
「シュンは『オレを頼れ』なんて言わないじゃん」
「背中で語ってんの!その方がかっこいいから!」
――むしろ僕が守られる側になってしまいそうだ。
「ところで、なんで天文研究会なのじゃ?それだけ不快な思いをしたのなら、他のサークルに入る選択肢もあったじゃろう」
「私、星が好きなんだよね。この大学で望遠鏡を借りて星を見れそうなところがここしかなかったっていうだけ」
「オレも似たような感じだな。別にサークルの人に興味ないし。それよりも――」
シュンくんはパンと手を鳴らして、無理やり二人の話を終わらせた。
「オレは二人のことが知りたい。人のこと言えないぐらい二人仲いいじゃん」
「それは私も知りたい。ククルちゃんのことも伊藤くんのことも、後期に入るまで知らなかったし」
僕はククルへ視線を送る。ククルのことをどこまで話していいのか分からないのもあるけれど、そもそも僕ではうまく話すことができないだろうから。
僕の意図を察したのか、ククルは「はぁ」とため息をついた。
「妾たちは後期からの付き合いじゃ。初めて会ったのは、今月頭の講堂で説明があったときじゃな」
「今月から!?」
二人は食べる手が止まるほどに驚いた。その様子に僕が驚いてしまったぐらいだ。なにかおかしかっただろうか。
「隣の席に座った紅が声をかけてきてな。妾に声をかけるやつなんておらぬから、興味がわいたのじゃ」
「伊藤くんから声かけたんだ」
「い、いや、先に声かけたのはククルでしょ」
「おぬしがジロジロ見るから『なんじゃ』と聞いただけじゃ。そこから急に名乗って名前を聞いてきたのはおぬしじゃろ?ナンパかと思ったわ」
「ち、ちがっ!そもそも僕がナンパできるわけないでしょ!」
「たしかにのう」
肯定されたら肯定されたで、なんか悲しい。言葉に詰まってしょぼくれる僕を見て「あっはは!」と笑うククルに、シュンくんたちも小さく笑った。
「そっから色々とあっての。実は趣味嗜好が近いと知って、今にいたるわけじゃ。こやつに妾を“友達”だと認識させるのは大変だったのじゃぞ」
「だって友達なんていたことなかったし……」
「じゃあオレたちも伊藤くんの友達になったということで、乾杯でもするか」
「え!?」
「今の『え!?』はなんの『え!?』だ!?」
「だから言ったじゃろ?こやつに“友達”と認識させるのは大変なのじゃ」
やれやれと首を振るククルに、「あぁ……」と妙に納得するシュンくん。一方の僕は納得がいかずに首を捻った。
そもそも、シュンくんたちと話したのは先週が初めてで、今日が二回目だ。お互いがお互いのことをよく知らない他人のような状態なのに、これを友達と言ってよいのかが僕には分からない。
「ほれ、小難しい顔をしとるじゃろ?友達なんて宣言せずともなっとるものじゃろうに。これじゃから理系は頭が固くていかぬ」
「これはククルちゃんにツッコんだ方がいいのかな?」
「理系でもふわふわとした概念を認めるのは大事だぞ~?一緒に飯食って、いろんな話して、一緒に笑ったら、それはもう友達よ。な?」
シュンくんはグラスを僕に突き出す。
僕は“友達”という存在を難しく考えすぎなのだろうか。戸惑いは拭えないまま、流れに身を任せて僕もグラスを突き出した。
「これからよろしくな、紅」
シュンくんはニカッと笑い、つき合わせたグラスからコンと軽い音が鳴る。不思議なことに、その音を聞いてから、モヤモヤとした心に光がさしこみ始めていた。
「ん、待てよ?趣味嗜好が近いってことは、もしかしてククルさんもゲームが好きだったりするの?」
僕と乾杯したジュースを飲み切ったシュンくんは、別の方向へ話の舵をとる。
シュンくんは僕がエンサバを遊んでいる――つまり、ゲームが好きなことを知っている。僕がロリィタファッションを好きなことを知らない彼が、僕と趣味嗜好が近いと聞いて、真っ先にゲームを思いつくのは当然のことだった。
「好きじゃ。紅の家にゲームをしに行ったりもしたの」
「家に!?」
「あれはククルが無理やり……というか、ククルは服を見せたかっただけでしょ」
「前者はともかく、後者については約束を果たしただけじゃ」
「無理やりの自覚あるんじゃん……」
僕の家で遊ぶ約束をしないと、僕が食べきれなかったチャーハンを代わりに食べてくれない。店に迷惑をかけたくないという僕の気持ちを利用した脅しに屈して、ククルの手のひらで踊るほかなかった。結果として楽しかったから、後悔はしていないけれど。
「も、もしかして、伊藤くんって……」
僕たちの会話におそるおそる割って入ったのは日下部さんだった。しかも、彼女が名指ししたのは、僕。
「ククルちゃんの服が――ロリィタが好きなの?」
ドクンと心臓が鳴った。それも、最近ククルといるときにたびたび起きる“それ”ではない。冷や汗が湧き出るような、血の気が引いていくような感じが後に続いていく。
日下部さんの表情はよめない。冷たい圧を放つ美人という印象を変えないまま僕を見ている。
彼女の質問の意図によっては、僕の回答次第で二人から気持ち悪がられてしまう。せっかく友達だと思えそうなのに、二人の方が友達と思わなくなるかもしれない。
なにか答えなければと口を開いたところで、焦りと不安にあふれた頭では言葉が出るはずもなかった。
「紅」
――腕に何度もつつかれる感覚と、小声で僕の名前を繰り返す声。
何十分にも感じる一瞬の沈黙から引き戻してくれた吸血鬼は、固まって動かない僕の手に小さな手を重ねる。
「大丈夫、大丈夫じゃ」
なぜだろうか。ククルにその一言をもらっただけで、本当にそう思えてくる。
いつも自信たっぷりで、物怖じしない彼女の心が、僕に宿ったような気がしてくる。
――正直に好きだと伝えよう。ククルの言葉を借りるなら、「好きなものに自信が持てぬ方が“ダサい”」のだ。僕はこれ以上、ダサい人間になりたくない。
「す……好き、かな。見たり、集めたり。あとは妹に着せたりとか――」
「まて、まて!その話、妾は知らぬぞ!」
僕の言葉を遮ったのは日下部さんではなく、僕からその言葉を引き出させた張本人だった。
「な、なにが……?」
「妹に着せておった?知らぬ!」
「……あれ、言ってなかったっけ。というか、なんでそんなに食い気味――」
「おぬしが選んだ服を着る、おぬしと血が通った兄妹のことじゃぞ!興味あるに決まっておろうが!」
話題を切り出した日下部さんのことなど忘れてしまったように、さっきまでの雰囲気は嘘かのように、ククルは僕に食い下がる。シュンくんは気を使ってくれたのか、半ば無理やりドリンクバーへククルを連れていった。
テーブルには僕と日下部さんが残されて、なんとも言えない空気が流れ始める。
「……なんかごめん」
「楽しくていいじゃん。私は色んなククルちゃんが見れて嬉しいよ」
「あ、あの……日下部さんは、なんでそんなことを僕に……?」
「ククルちゃんがわざわざ服を見せる約束をするってことは、伊藤くんも好きなのかなって思って」
「……“も”?」
「じ、実は……」
日下部さんはそこまで口にしてから、一度つぐむ。少しだけ視線を泳がせたあと、もじもじとしながら次の言葉を選び出した。その姿は、新歓の不快な思い出すらバッサリと言い切った先ほどまでの彼女と、到底同じとは思えなかった。
「私もかわいい服が、好き……でね」
一度口に出したら開き直れたのか、少しだけ頬を染めながら顔をあげる。
「ククルちゃんみたいに着る勇気は無いんだけど、ずっと興味があって。私のイメージとも合わないし。だから、毎日着てるククルちゃんはかわいくて、かっこいいなって……」
「あっ、だから……」
そういえば、先週シュンくんたちと初めて話したときに、シュンくんは僕に、日下部さんはククルに興味があると話していた。シュンくんが興味を持っていたのはエンサバのことだとすぐに分かったけれど、日下部さんがククルのなにに興味を持っていたのかは分からなかった。
今の話と、今日の様子ですべて分かった。日下部さんは、ロリィタ服に興味を持っている。そして、それを毎日着てくるククル自身にも興味を持っていたのだ。
「それより、妹さんの写真とかないの?伊藤くんが着せてたっていう」
「あ、ある……はず。ちょっと待って」
僕がスマホのメディア欄を漁り始めると、シュンくんとククルが戻ってきた。日下部さんが「妹さんの写真を探してもらってる」と二人に話すと、どちらも身を乗り出して僕のスマホを覗きに来た。とくにククルは目を輝かせて、「早くせぬか」と急かしてくる。
やっと見つけた妹の写真は好評で、「他にもないのか」と全員から催促された。僕は思いつく限りの写真を掘り出してみんなに見せる。見せる度にみんなが口々に「かわいい」というものだから、自分のことではないのに嬉しくて、得意気になってしまった。
そう、僕が選んだ服を着る僕の妹――藍は、とてもかわいいのだ。
後期が始まる前は、趣味について話すことも、妹の写真を見せることもできないと思っていた。だからこそ“充実したキャンパスライフ作戦”を考えたわけだけれど、正直なところ初日の時点で失敗に終わると感じていた。
それが、今ではどうだろうか。たった半月で、僕の趣味を知っても引かず、むしろ楽しんでくれる人たちに巡り合えた。
きっと後期の初日に出会ったのがククルでなければ、実験のペアがククルでなければ、実験のテーブルにいたもう一つのペアがシュンくんたちでなければ、今日みたいな日が来ることはなかっただろう。みんなが自分から僕に関わってきてくれなければ、友達になることはできなかった。
――もし、今までの学生生活で僕から誰かに関わることができていたら、今とは違う生活をおくっていたのだろうか。もし、あのときから始まった人と話す恐怖を克服できていたら、なにか変わっていたのだろうか。
考えても仕方のないことが頭をよぎって、僕は頭を振った。
今の僕は、友達と一緒に楽しい時間をおくっている。今の僕にとって、それがすべてなのだから。




