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妾の心が導く儘に  作者: ぬまし
僕と妾はこうして出会った

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第二十六話  吸血鬼はミックスドリンクを作る

 ククルが先輩方とバンドを組むことが決まったからといって、講義や実験がある日中の生活が大きく変わることはない。翌日の木曜日、翌々日の金曜日と専門科目の講義と実験は続き、さらに言えば、実験はここからが本番といわんばかりに複雑なものへと変わり始めた。いわばチュートリアルだった今までの実験で躓いていた僕は、これからどうなってしまうのだろう。

 そんな今週の実験も、ククルのおかげでなんとか乗り越えることができた。どうやら今回の実験で時間がかかったのは僕たちだけではないらしく、ほとんどのペアが十七時近くまでかかっている。


「ククルはこのあと練習あるの?」

「いんや。先輩たちは部活じゃし、ピアノフォルテではもう音は出せぬ。さすがにうちにドラムは無いからの、夜にもらった譜面を見つつ、基礎連するぐらいじゃ」


 ドラム以外なら家にありそうな口ぶりだ。実際のところ、オーダーメイドのロリィタを持っている娘がいる家庭が貧しいことはないだろうし、昔から音楽をやっていたというのなら、ピアノぐらいあっても――たぶん、おかしくはない。


「お二人さん、ちょっといい?」


 そんなことを考えている僕と片付けを進めるククルに声をかけてきたのは、同じテーブルで実験をしているペアの一人、上之郷谷かみのごうたにしゅん――シュンくんだった。


「今からかおりと飯食いに行くんだけど、二人も一緒にどう?」


 僕とククルが日下部くさかべかおり――日下部さんを目で追うと、彼女は手を振って返事をした。

 彼らと出会って一週間経った今でも、二人が僕に好意的なのはありがたい話だ。一方で、僕はあいかわらず僕だけで彼らと話すことにハードルの高さを感じている。

 先週はシュンくんの誘いを断ってしまったし、ククルが言うように“充実したキャンパスライフ作戦”の目標である“友達を作る”絶好の機会であることに違いはないから、できることなら参加したい。それでも、そびえたつハードルが恐ろしくて、即答することができない。


「まったく、しかたがないの」


 ククルがボソッと呟くと、彼女は僕の手を引っ張って体を寄せる。突然の行動に動揺する僕を気にすることなく、彼女はシュンくんに返事をした。


「行くのじゃ。もちろん、こやつも一緒にの」

「よっしゃ!そうと決まれば、さっさと片してさっさと行こうぜ!」

「うむ」


 ククルが勝手に僕の分も答えて、シュンくんも「待ってました」とすぐに返事をしてから片付けに戻る。最初から決まっていたかのようにスムーズに進むやり取りにあっけにとられていると、ククルがさらに僕の手を引っ張って無理やり僕を屈ませた。


「妾がおる方が安心できるのじゃろ?存分に交流するとよい」


 小声でそう告げてから手を放し、何事もなかったように片付けへ戻る。しばらくの間僕は茫然としてしまっていて、トートバッグを抱えたククルにどつかれるまで何も考えることができなかった。




「ところで、なに食いたい?」


 四人で実験室をあとにして、まず口を開いたのはシュンくんだった。


「私は肉食べたい」

「妾は米が食べたいのう」

「僕は……なんでも」

「オレは定食かな~。バランスいいもの食いたいわ」

「なんじゃ、もっとガッツリいくかと思っとったわ」

「最近食事偏ってるから仕方ねぇの。男の一人暮らしの悪いとこよ」


 シュンくんたちはどこへ食べに行くかまでは決めていなかったようで、僕たちの意見を聞く。

 車を持っていない僕の意見で遠出することになることを恐れてどっちつかずの返答をしたけれど、後になって「なんでもいい」はよくない回答だったと気づいた。ただ、今更訂正しようにももう遅い。


「それならファミレスでいいんじゃない?なんでもあるでしょ」

「二人がよければそうするけど、どうする?」

「かまわぬ。実はファミレスに行ったことが無くての、興味はあったのじゃ」

「大丈夫。……僕も行ったことないけど」

「まじか!ファミレスの楽しみ方、二人に教えてやろうじゃないの!」

「お願いだから、お店の迷惑にはならないでよ」


 日下部さんの提案で行き先はファミレスに決定し、僕たちはエレベーターに乗り込んだ。

 そういえば、前にククルとご飯を食べに行ったとき、彼女は上の階にある知り合いの先生とやらの研究室で着替えてきた。今日は実験用の私服のままだけれど、いつもの服に着替えなくてもよいのだろうか。


「ククル、着替えなくてよかったの?」


 エレベーターを降りたあと、僕はククルに小声で問いかける。


「かわいい服ジャンキーのおぬしならともかく、こやつらを待たせるわけにはいかぬじゃろ。おぬしには申し訳ないが、今日はこのままじゃ」

「かわいい服ジャンキーって……今の服もかわいいとは思ってるよ」

「『とは』とはなんじゃ、『とは』とは。……まぁよい、こうらしいといえばこうらしいしの」


 謎に納得されて、ククルはスタスタと歩みを進める。一応本心を伝えたつもりだったのだけれど、ククルには言葉どおり以外の意味を感じたらしい。


「店までどうやって行く?オレ車あるから、乗せてけるけど」

「妾も車じゃから、右に同じじゃ」


 どうやらシュンくんも車で通学しているらしい。一人暮らしで車持ちとは、なかなかリッチだ。

 ククルも車、シュンくんも車ということは、僕がシュンくんに乗せてもらうことになったら、車内の空気は地獄になる。ここで僕が取れる行動は一つしかない。


「……ククル、いい?」

「……はぁ。そういうと思ったのじゃ」

「じゃあかおりはオレとね」

「え、ククルちゃんに乗せてもらおうと思ったのに」

「寂しいだろ!オレの話し相手になれ!」


 日下部さんはあからさまに不満げな顔をしながら、しぶしぶ了承する。そんなやりとりにククルが笑い、それにつられてみんなも小さく笑う。

 そして、僕たちは二組に分かれて、ファミレスへ向かった。



 ***



 駐車場で合流して、全員でファミレスへ入る。夕食どきにはやや早いからか、店員さんが一度フロアを見渡してから「お好きな席へどうぞ」と案内をしてくれた。お言葉に甘えて、僕たちは窓側のテーブル席に座る。

 テーブルにあったのは、メニュー表と、限定メニューの宣伝と、一台のタブレット。


「……へぇ。タブレットで注文なんだ」

「おぬしはいつの話をしておるのじゃ?」

「ククルも来たことないんでしょ?」

「なめるでない。今はピンポンを押さないことぐらいは知っておる」


 僕が「ピンポンって……」と呆れる向かいで、日下部さんが何かを堪えるように顔を隠し、その隣でシュンくんが腕を組みながらウンウンと頷いている。それはどういう反応?


「とりあえず各々好きな物を頼もう。つまみも適当に頼んじゃって、それはあとで割り勘な」


 シュンくんはタブレットを手に取って、既に見当をつけていたのだろう、自分が食べたいものをサッサと注文する。次にタブレットを受け取ったククルが画面を眺める横で、僕と日下部さんはメニュー表を広げた。

 僕は――無難にハンバーグ定食とかにしておこう。いかにもファミレスっぽくて、逆によいかもしれない。


「ドリンクバーとスープバーがあるらしいのじゃが、どうするかの?」

「「いる」」


 ククルが問いかけた瞬間、シュンくんと日下部さんは同時に即答する。

 そういえば、ファミレスといえばドリンクバー、みたいなイメージがある。僕も興味があるから「欲しい」と答えると、ククルも「んじゃ妾も~」と呟きながら、四人分のドリンクバーとスープバーを注文した。

 ハンバーグ定食に、ドリンクバー。まさか僕にファミレスを楽しむ機会が訪れるとは――

 次に僕がタブレットで注文して、次に日下部さんが注文する。最後にシュンくんが僕たちに食べたいものを聞きながら、ポテトなどのつまみをいくつか注文して、タブレットを片付けた。


「……よっしゃ!」


 掛け声とともにテーブルに手をついたシュンくんは、突然勢いよく立ち上がる。


「ドリンクバーに行くぞ!ついでに水も持ってきてやろう」


 すでに注文を終えているから、すぐにでもドリンクバーは使えるらしい。今は水でよくても結局はセルフサービスだから、どのみち取りに行かなくてはいけない。


「僕も……」


 一人で全員分の水を持ってくることは難しいだろう。僕も手伝うべく立ち上がろうとすると、小さな手がそれを制した。


「ここは妾が行こう。シュン、頼むぞ」

「……!任せてくれ、ククルさん」


 なにかが二人の間で通じ合ったのか、僕と日下部さんを残して二人はドリンクバーの方へと歩いて行った。


「あれは悪だくみの顔だね。伊藤くんも気を付けた方がいいよ」


 二人を見送った日下部さんは、すべてを悟ったように僕へ注意を促す。


「気を付けるって……」

「大学生の野郎がファミレスのドリンクバーでやることなんて一つだけだよ。まさかククルちゃんも乗り気になるとは思わなかったけど……ほんと、かわいいなぁ」

「大学生の野郎……」


 僕が抱いている日下部さんのイメージとかけ離れた言葉遣いと、恍惚にも見える表情でボソッと付け加えた一言。知らない彼女の一面に、少しだけ背筋がゾクッとする。


「お待たせ」


 僕たちの一言二言の会話の間に、シュンくんはすぐに水を持って帰ってきた。その後ろにククルの姿はない。


「ククルさんはすぐ戻って来るよ。期待して待ってて」

「期待……?」


 シュンくんは僕にそういうと、再びドリンクバーへと向かう。次は自分の飲み物を取ってくるのだろう。

 そんなシュンくんと入れ替わるように、ククルが戻って来る。彼女の手には、二つのグラスが握られていた。


「紅、お待たせ。まだ飲むでないぞ?全員揃ってからじゃ」


 彼女は一つを僕の前に、もう一つを自分の前に置いてから、僕の隣に座りなおす。僕に用意してくれたのは炭酸のグレープジュースで、自分に用意したのは炭酸のオレンジジュースのようだ。


「かおり?妾の顔になにかついておるか?」

「いや、なんでもないよ」


 さっきまでの様子のおかしい表情とうって変わって、無表情でククルを見つめる日下部さんにククルが問いかける。なんでもないわけないと思うけれど、それを彼女に直接聞くことは、僕にはできそうにない。

 ジュースには手を付けずに日下部さんがどういう人なのか考えていると、シュンくんも二つのグラスを抱えて戻ってきた。


「これはかおりの分で、これはオレの分」


 それぞれの前にグラスをコトリと置くと、シュンくんは「ゴホン、え~」とわざとらしく前置きをする。


「それでは、今日のくそ長かった実験が無事に終わったことと、このグループの出会いを祝しまして~……お前ら、グラスを持て!」


 シュンくんに促されるまま、ジュースが入ったグラスを手に持つ。

 ここまできたら、さすがの僕にもこの後に続く言葉は分かる。


「乾杯!」

「かんぱーい」

「かんぱい!」

「か、かんぱーい」


 シュンくんが突き出したグラスに全員がグラスを寄せて、小さくコンと音を鳴らす。そして、ククルが持ってきたジュースを口に運んだ――のだけれど――


「まっず!!あまっ、え、にがっ!!な、なにこれ!!」

「あっはは!」

「ちょっと、ククル!!」


 見た目からは想定していない味が飛び込んできた。

 グレープジュースの味はするのに、ブドウではない強烈な苦みと酸味が口の中に広がって、味の不協和音を起こしている。決して飲めないほどではないけれど、罰ゲームでもなければ飲みたくはない強烈な味だ。

 思わず顔をしかめる僕を見てククルは大笑いし、そんな彼女にシュンくんは親指を立てる。

 どおりで、二人が立ち上がったときに妙な雰囲気を感じたわけだ。きっと日下部さんが言っていた「気を付けたほうがいい」ことはこれだったのだろう。――してやられた。


「……シュン?」


 ククルたちの雰囲気とは真逆の冷気をまとわせながら、日下部さんはシュンくんの名前を呼ぶ。

 僕に忠告をしてくれただけあって、彼女は乾杯のあとジュースを飲んでいなかったらしい。一ミリも中身が減っていないグラスを、わざとらしくコンと音を鳴らしながら置いた。


「い、いやぁ、やだなぁ……オレがそんなことするわけ……」


 言いたいことを察したのか、楽しそうな雰囲気から一転、シュンくんは頬を引きつらせながら否定の構えへ入った。この反応をするということは――まぁ、言わずもがなだろう。


「そう……なら信じるよ。もし裏切られたら、ショックのあまりククルちゃんたちを連れて先に帰っちゃうかもしれないな、私。もちろんお金は出さずに」

「……す、すんません」


 小さく謝ったシュンくんは、すぐに自分のグラスと日下部さんのグラスを取り換える。そして、鼻をつまみながらジュースを飲み干して、到底イケメンがする表情とは思えないほどに顔を歪ませた。

「ゲホッゲホッ」とむせる彼を見て満足そうに笑う日下部さんと、手を組んだ仲間が返り討ちにあったことが面白いのか、さらに爆笑するククル。僕も同じものを飲まされているはずなのに、自業自得なシュンくんが面白くて、いつの間にか声をあげて笑ってしまっていた。

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