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妾の心が導く儘に  作者: ぬまし
僕と妾はこうして出会った

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第二十二話  吸血鬼は決意する

 ペペロンチーノは思っていたよりも辛かった。食べ始めたときは「それほどでもない」と感じていたけれど、後になればなるほど舌と喉の奥がヒリヒリとしてきて、食べ終わるころには水を片手に持っていないと耐えられないほどだった。もしククルのように大盛りにしていたら、胃袋の容量とは別の意味で食べきれなかったかもしれない。

 一方で、そんな僕を横目にククルはデミオムライスを平らげて、幸せそうな笑顔を浮かべている。彼女が一押しするだけあって、この料理が本当に好きなのだろう。

 そして僕たちがご飯を食べ終わるころには、萎れていた先輩方も話し合いが終わったらしく、再び楽器を手に立ち上がっていた。


「ククル、聞いてもいい?」

「なにをじゃ?」

「先輩方の演奏、なにが惜しかったの?すごくいい演奏だったと思うんだけど」

「そうじゃなぁ……端的に言うならば――」


 僕はお預けにしていた疑問をあらためてククルに尋ねる。

 彼女は自分の感覚を言葉にすることが難しいのか、それとも僕に伝わる言葉を選ぶのが難しいのか、手に顎を乗せながら少しだけ悩む。悩んだ末に見つけた言葉は、たった一言だった。


「“圧”じゃ」

「圧?」


 僕がオウム返しのように聞き返すと、ククルは考えがまとまったのか、指を立てながら説明を始める。


「そうじゃ。あやつらは学園祭のステージで演奏すると言ったじゃろ?つまり、外で演奏するわけじゃ。そこで演奏することを考えると、圧が足りぬ。全員が上手なだけに、とても惜しい。惜しすぎるのじゃ」


 感覚的ではあるけれど、なんとなく理解はできた。要は、僕が先輩方の演奏に感じた生演奏の迫力は、外で聞いてもあまり感じることができないということなのだろう。たしかにそれでは生演奏の魅力は減ってしまうし、演奏が上手であればあるほどもったいなく感じてしまうかもしれない。

 ククルから説明を聞いている間にも、先輩方は演奏を始めては曲の途中で止めて、「んー」と呻吟している。耳を澄ませると、「やっぱり薄いよね」とか「誰かトラ呼べる人いる?」とか「今更受けてくれるかなぁ」とか話していて、とりあえず現状打破に苦労していることは伝わってきた。「トラ」がなんなのかは分からないけれど。

 ここまで先輩方の悩みに察しがついているククルのことだから、この状況を好転させる策まで思いついているかもしれない。


「ククル的にはどうすればいいと思う?」

「まぁ、手っ取り早いのはメンバーを増やすことじゃろうな。おぬしも多少は音楽を聴くなら、バンドをやるには重要なポジションが欠けとることがわかるじゃろ?」


 僕は先輩方に悟られないように、一瞬だけ彼女たちへ目を向ける。それぞれが持っている楽器は、ラッパとギター、多分ベースと、キーボード――


「あっ、……ドラム?」


 四人がそれぞれ楽器を持っているけれど、用意されているドラムには誰も座っていない。

 そういえば、お店に入ったときからずっとあの席は開けられたままだ。


「でもドラムの音、なってたよね」

「キーボードのあやつが鳴らしておるんじゃろ。あらかじめ設定しておいたものを鳴らしたり、強弱をいじったり……まぁ、そういうのがあるのじゃ」

「それってめちゃくちゃ忙しいんじゃ……」

「じゃろうな。打ち込みじゃから、ミスったら仕舞いじゃ」

「ひ、ひえぇー……」


 ククルがいうには、キーボードの人はかなり重要な役どころのようだ。彼女がいなかったら僕が感じたような迫力は出せないし、だからといって、このままではこれ以上の生演奏の魅力は引き出せない。

 実際に僕がステージで演奏を見たら、きっと今のままでも「すごい」、「かっこいい」と感嘆の声をあげるとは思う。しかし、本人たちからしたら百パーセントの実力を発揮できなかった後悔が残るだろうし、その話を知ってしまった僕としても心残りになるだろう。


「ドラムがおれば、あやつの負担も減って演奏に集中もできるじゃろう。打ち込みではなくなるからお互いが合わせやすくもなるし、単純に音の圧も増すはずじゃ。じゃから、手っ取り早いのはメンバーを増やす……だと思うのじゃが、それはできぬのじゃろうな」

「なんで?」

「あやつらもこんなことはわかっとるはず。メンバーが増えぬということは、何か事情があるのじゃろ」


 ククルも視線を先輩方に向ける。目を向けた先にある表情は、解決の糸口を模索しながらも、どこか諦め混じりのようにも見えた。


「そういえば……」


 僕は今の話であることを思い出した。前にこのお店に来たときに、ククルから聞いた言葉だ。


「ククル、前にドラム出来るって言ってなかった?」

「……おぬし、人の話聞いておったか?」


 ジトッと睨むククルの視線が突き刺さる。話の流れ的に僕が悪いのは百も承知だけれど、思い出してしまったのだから仕方がない。

 だって、ククルがドラムを叩く姿を想像してみたら――ロリィタ姿とのギャップが大きすぎて想像は難しいけれど、多分、いや絶対にかっこいい。ピアノを演奏するククルには、お淑やかな雰囲気の中に厳かなかっこよさを感じたものだけれど、それとは別系統のかっこよさが生まれるはずだ。

 それに、見た目だけじゃない。ピアノの繊細な音運びからは想像もできないような何かを、僕に魅せてくれるという信頼がある。なにより、前に披露してくれたピアノの演奏はブランクがあった。彼女の本気を僕はまだ知らないのだ。


「もしかしたらーなんて……」

「そもそもじゃ。事情を抜きにしても、急に知らんやつが『メンバーに加えよ』なんて言ってきたら困るじゃろ?」

「それは……そうなんだけど」


 僕の想像を超えた妄想は、彼女のこれ以上にない正論によって打ち砕かれる。それでも、僕はこの妄想を諦めきれなった。

 ククルの本気は計り知れない。そんなククルが、先輩方の演奏に「惜しい」と感じるほど魅力を感じているのだ。もし先輩方の演奏にククルの本気が加わったらどうなってしまうのか――僕は気になって仕方がない。

 なにより、ククルは音楽が好きなはずなのに、演奏する機会はまったくない。誰かと演奏する機会なんてもってのほかだ。彼女が周りを気遣える優しい人だからこそ、これからもそんな機会は訪れない。それが、彼女が受け入れた現実だから。

 それでも僕は、ククルには諦めていた人との演奏を楽しんでもらいたい。楽しんでいる演奏を、僕は聴きたい。


「僕は――」


 たとえククルが傷ついたとしても、無責任だと僕を嫌うとしても、それがエゴだと分かっていながら、ピアノを聴かせてくれた時のように“心のまま”を言葉にする。


「ククルの本気の演奏……聴きたいな」


 僕の本心を聞いたククルは、耳をピクリと震わせた。


「……」


 感情が読めない無言。彼女の気持ちを知ることが怖くて、僕は静かに息をのむ。


「……マスター。出しておるからには、使ってよいのじゃろ?」

「もちろん、かまいません」


 一言マスターに確認を取ったククルは静かに立ち上がり、コツコツと音を立てながらステージへ歩き出す。


「く、ククル……!」


 席を立とうとする僕の肩を、なぜかナナさんが押さえる。僕の視線での訴えに、彼女は首を振って答えた。

 ナナさんは「見守れ」と言わんばかりに、僕の肩を押さえたままククルの方へ目を向ける。


「ごきげんよう」


 ククルの凛とした声が響く。


「あっ、常連さん。うるさくてごめんなさい」


 答えてくれたのは、キーボードを演奏していた桃色の髪の先輩だ。

 申し訳なさそうにする先輩に、ククルは笑みを返す。僕が知らない、笑えていない笑顔だ。


「いんや、そんなことはない。とても丁寧で、素敵な演奏じゃ。BGMにはもったいないくらいじゃった。……じゃが――」


 ぎこちない笑みを解いて、目を細める。


「――おぬしらは少し物足りないと思っておる。違うかの?」


 ククルの言葉に、先輩方の目も鋭くなる。

 図星――というよりは、「部外者が口を挟むな」といったところだろうか。少しだけひりついた雰囲気に、僕の心臓はドクンドクンと大きな音をたてはじめる。

 もしケンカになったら、ナナさんの手を振り払ってでも止めに入って、ククルは悪くないと説得して、土下座をしてでも謝罪をする。それが、好き勝手なことを言った、僕の責任だ。


「常連さん、何が言いたいのかしら?」


 朗らかな口調の奥に底知れない圧を込めるのは、ギターを演奏していた銀髪の先輩だ。

 返答によってはただでは済まなさそうな黒さを孕む笑顔を、彼女はニッコリと貼り付ける。


「なに、ちょっとした提案があるのじゃ」


 そんな雰囲気にも物怖じせずに、ククルは淡々と目的を語る。


「妾にドラムを任せてみてはどうじゃろう?」

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