第十八話 吸血鬼はゲームをする
僕が焼うどんを食べている間にククルが遊び始めたのは、広大なオープンワールドを自由に駆け巡るアクションゲームだった。名作中の名作ではあるのだけれど、広大すぎるがゆえに僕も未だに完全クリアはしていない。
ククルはこの手のアクションゲームはあまりやったことがないと言いながら、スポンジのような吸収力で操作方法や仕様を理解して、ズンズンと先へ進んでいく。やはりというべきか、彼女はことゲームにおいても器用らしい。
そんなプレイングに見惚れながら、僕は背もたれに身を預けてお腹をさする。
「……お腹痛い」
「あんなに一気にがっつけばお腹も痛くなるじゃろ。すきっ腹なら尚更じゃ」
「……返す言葉もない」
僕が痛みに耐えている間にも話は進み、チュートリアルのステージにも終わりが見え始める。たしか、僕がそこにたどり着くまでには数時間はかかったはずだ。
スタミナのギリギリをせめる動き、距離感を完璧に把握したジャンプ、敵の弱点にビタリと張り付くような狙い――タイムアタックかと疑ってしまうほど効率の良い動きに、見惚れるどころか恐れすらも抱いてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってククル、初めてなんだよね?うますぎるというか……」
「初めてじゃ。……これ、めちゃくちゃ面白いの。何時間も溶けてしまいそうじゃ」
「まだ数十分しか経ってないんだけど……」
あまりにも驚きすぎたからだろうか、いつの間にか腹痛も治まっている。
このままでは時間を忘れて見入りかねないと気づいて、僕はいったん食器を片付けるために立ち上がった。
「あ、そっちに行くならアイスが欲しいのじゃ」
「どれにする?」
「チョコのでかいやつ」
「じゃあ僕はもう片方もらうね。お言葉に甘えて」
「それでよい」
食器をサッと洗って水切り台に掛ける。お客さん《ククル》を待たせるのも悪いし、ふき取りまではしなくてよいだろう。
手を拭いてから冷凍庫をあけて、先ほどしまったアイスを取り出す。ククルからもらったカップアイスは、片方はチョコで、片方はバニラだ。
「ククルってチョコ好きなの?」
僕がククルにチョコアイスとスプーンを手渡すと、ククルはゲームを中断して受け取りながら、こたつ机の前に座りなおした。
「……言われてみれば、よく選ぶのはチョコじゃのう」
「気づいてなかったんだ」
気を使ってくれているのだろう、わざわざ座椅子の隣に座ったククルにクッションを渡して、僕はありがたく座椅子に座ることにした。
ククルは座りなおしながらクッションを脚に挟み、すぐにアイスの蓋を開ける。
「ほれ」
開けたばかりのチョコアイスをスプーンですくって、僕に向ける。
「え?」
「焼うどんのお礼じゃ。言ったじゃろ、アイスを分けてやると。ほれ、あーん」
ククルはすぐにこういうことをする。さっきの箸で僕の心はギリギリなのに、こんな追い打ちをされてしまっては、いよいよ大変なことになってしまう。
「気にしないでいいから。自分で食べて」
「……ほんとに?」
「ククルにおいしいって言ってもらえただけで満足だから、僕は」
「……あとから欲しいって言ってもあげんからの」
なぜか頬をプクッと膨らませながら、彼女は僕に向けたスプーンを自分の口に運ぶ。膨らんだ頬はみるみる緩んでいき、「ん~!うまい!」と声を漏らした。
満面の笑みでアイスを頬張るククルを横目に、僕もアイスの蓋を開ける。
僕はこれぐらいの距離感でよい。これぐらいの距離感じゃないと、ダメなのだ。
***
食べ終えたアイスを片付けて部屋に戻ると、ククルはゲームの一覧をパラパラとめくっていた。次に遊ぶゲームを考えているらしい。
「二人で遊ぶならどれがおすすめかの?」
「んー、これかこれかな」
僕は一覧の中から二つのゲームを指さす。
一つは有名なキャラクターたちが集まってボコスカと殴りあう格闘ゲーム。もう一つは有名なキャラクターたちが集まってワチャワチャと競い合うレースゲーム。
どちらもパーティー要素を強くしたルールも、実力が物をいうルールも設定可能で、実家ではよく妹と遊んでいた。悲しいことに、一人暮らしを始めてからというもの、これらのゲームは押し入れに眠る服のようになっている。
そういえば、最近の僕は『エンサバ』をたまに遊ぶくらいで、それ以外の暇な時間は何もしていない。レポートやバイトの時間を差し引いても自由な時間はたくさんあるのに、文字通り何もしていなかった。
あまりにももったいない時間の使い方だと、今になって思う。
「んじゃ、こっちにしようかの。今宵の妾は血に飢えておる」
「お昼だけどね」
ククルが選んだのは格闘ゲームの方だった。どうやらククルはこのゲームを遊んだことがないらしく、前々からやってみたかったらしい。
初めてのゲーム体験を悪いものにしたくはないから、最初はチームを組んで戦い、あとからチームを分けて戦うことにした。
僕も久しぶりではあるけれど、器用なククルが相手とはいえ、さすがに初見の彼女を相手に負けることはないだろう。
負けることはない、と思っていたのだけれど――
「……嘘でしょ」
「なんじゃ、そんなものか?」
「待って、本当にやったことないんだよね?」
「そうじゃと言っておろう」
「……まじか」
チームを分けて戦い始めて数戦、最初は僕も手加減をしてやっていたのだけれど、少しずつ本気を出さなければ勝てなくなっていった。
そして今、僕は本気を出したうえで連敗している。
「も、もう一戦!」
「よいぞ。何度でも挑んでくるとよい」
僕が言うはずだった言葉を、なぜか初見の彼女が口にしてから始まった試合。
牽制の攻撃の隙を突いて殴りかかるも、軽くいなされてカウンターの攻撃が飛んでくる。それをすんでのところでかわせても、そのあとの追撃が避けられない。
ならばと距離を取ってタイミングをはかろうとすると、まるで僕がその動きをすると知っていたかのように詰め寄ってくる。ジャンプの隙を突いても、攻撃の後隙を突いても、どれもこれもいなされてしまって逆転の兆しが見えない。
後手後手に回る試合展開。圧倒的なリードをつけられているわけではない。それでも徐々に徐々に差は広がっていって、結局反撃ののろしは上げられずに決着。連敗記録の更新だ。
「……まじか」
「勝った!今回は危なかったのう!」
「本当にそう思ってる?」
「本当じゃ。今回は色んな方法で攻めてきたじゃろ?さすがにすべてをその場で読むことはできんからの」
「待って。……僕の動き、全部読んでたの?」
「じゃないと、経験者のおぬしには勝てぬじゃろ?」
僕の攻撃が届かなかったのは、僕が攻撃を避けられなかったのは、すべて動きを読まれていたからだった。そんなことが初見の人間にできるのだろうか。
疑いたくもなるけれど、事実ククルはそれをやって見せた。経験者なら知っていて当然のテクニックを一切使用していなかったククルは間違いなく初見で、そのうえで何回も僕に勝って見せた。僕の動きを完全に読み切っていたのだ。
「おぬしは……あれじゃな、次に何をしたいのかがわかりやすいタイプじゃ。動きに気持ちが出とるから、対応もしやすい」
「そんなつもりなかったんだけど……」
「こと人との戦いにおいて気持ちを隠すのは重要じゃぞ?自分だったらどうするか、自分がされたら嫌なことは何か、それを考えて相手の気持ちを読む。そうすれば、あとはそれを逆手にとって――おしまいじゃ」
ククルは手をパンパンと叩いてからエッヘンと胸を張る。「簡単じゃろ」と言わんばかりに僕にウインクをして、自分の手の内を明かした。
彼女が言わんとすることは分かる。たしかに、対人戦においてそれは重要だ。
だからといって、それ一本を武器に勝てる人なんて、そうはいないだろう。いてたまるものか。
「……もしかして、ククルって対人戦のゲーム得意?」
「いんや?こういうのは今日初めてやった」
「……嘘でしょ」
ククルには対人戦の才能が有りすぎる。
僕からは決してククルには戦いを挑まないようにしようと心に誓った。
――ばかりなのだけれど、そんな彼女にも少しは弱点があったようで。
「ずるじゃ、ずる!イカサマじゃろ!」
「ずるじゃないし、イカサマなんてできないよ!ボタン押すだけなんだから!」
サイコロの出目で役を作り競うゲーム。僕が平均的なスコアを出す一方で、ククルはズタボロなスコアを何回も叩きだす。
「インチキ、インチキじゃ!」
「痛い痛い!爪刺さってる!」
――彼女は絶望的に、運が無かった。




