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妾の心が導く儘に  作者: ぬまし
僕と妾はこうして出会った

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第十七話  吸血鬼は友達の家に行く

 金曜日の実験は何事もなく終わり、無事買い物を済ませることができた。

 土曜日はバイトに行く前にしっかりと片付けと掃除を済ませたから、かつてないほどに僕の家は綺麗になっている。

 あとはククルを家に迎えるだけなのだけれど――落ち着かない。もしかしたら何か見落としているのではないか。用意が足りていないのではないか。そんな不安ばかりが渦巻いて、まったく落ち着かない。


「コップよし、飲み物よし、お菓子よし、掃除よし、片付けよし……」


 既に確認を終えている物たちに何度も指をさしながら家の中をウロウロしていると、こたつ机に置いていたスマホがブブブと音を鳴らした。

 画面を点けると、ククルからのメッセージが表示された。


『もうすぐでつく。なんか道空いてた』


 レポートのやり取りで知ったのだけれど、ククルはこと文面では“のじゃ”はつけないらしい。あの話し方は口癖のようなものなのだろう。

 僕は『了解』とだけ返信して、一度落ち着くために椅子に腰かける。

 掃除と片付けを済ませただけあって、綺麗で殺風景な部屋。実家の僕の部屋では考えられないほどに、僕らしくない部屋だ。 


「……もし実家から服もってきたら、ククルは着てくれるかな」


 ――自分が持っている服を着せたいだなんて、気持ち悪いにもほどがあるだろう!

 万が一にもククルがいるときにそんなことを口にしないように、ペチン、ペチンと頬を叩いて邪な考えを頭の外へ振り払う。

 大きな深呼吸で気持ちを静めている間にも時間は刻々と過ぎていて、いつの間にかスマホには『ついた』の一言が送られてきていた。



 ――ピンポーン。



 インターホンの音が部屋に響く。

 玄関までソロソロと歩き、念のため覗き穴から外を見る。そこには、控えめにあしらわれたフリルとリボンを揺らしながら、旅行に来たのかと疑ってしまうほどに大きなカバンを持つ少女が立っていた。

 湧き出る手汗をズボンで拭い、唾を飲み込んでから、ゆっくりとドアノブを握る。


「――いらっしゃい、ククル」

「すまぬの、少しばかり早くついてしま――」


 ククルは僕の顔を見た瞬間に言葉を失い、すぐに引きつった薄ら笑いを浮かべる。


「……どうしたのじゃ、その顔」

「ちょっと手が滑って」

「そうはならんじゃろ」

「は、はは……」


 僕の乾いた笑いに迎えられながら、ククルは敷居をまたいだ。

 見慣れた姿、見慣れた言葉遣いのはずなのに、彼女が僕の家にいるというだけで、僕の心臓は早くも大きな音を鳴らしている。

 そんなことに気づくよしもない元凶たるククルは、ズンズンとキッチンを進む。そして、ついに僕のプライベート空間に足を踏み入れた。


「これがおぬしの部屋か。綺麗に片付いとるではないか」

「綺麗に片付けたからね」

「そりゃそうじゃな。ほい、これは差し入れじゃ」


 ククルは大きなカバンの中から小さな保冷バッグを取り出して、僕に手渡す。

 中を開けると、アソートの箱アイスとカップアイスが二つ入っていた。


「……レシートある?」

「差し入れと言っておろうが。おぬしは厚意を素直に受け取ることを覚えたほうがよいぞ」

「……善処します」


 ククルをずっと立ちっぱなしにさせるわけにもいかず、椅子か座椅子の好きな方に座るように促してからアイスを冷凍庫にしまう。

 部屋に戻ると、彼女は椅子に座りながら部屋をキョロキョロと見渡していた。


「おぬし、妾の着とるような服を持っとると言っておらんかったかや?」

「ここにはないよ。実家に置いてきたから」

「そうか。残念じゃ、楽しみにしておったのに」


 ――楽しみにしていた。

 振り払ったはずの邪念が再び頭に浮かび上がってきて、僕はわざとらしく咳払いをする。


「そ、それより、ククルはゲームをしに来たんだよね」

「おっと、そうじゃ。なにならやってよいのじゃ?」

「なんでもいいよ。僕のデータで遊んでもいいし、新しいデータ作って最初からやってもいいし」

「せっかくなら一緒にできるやつにしようかと思っとったのじゃが……」

「……できればしばらく一人でやっててほしいんだけど」

「なんかあるのかや?」

「実は――」


 僕は今の今になって重要なことに気づいてしまった。

 ククルを迎えることばかりに気を取られていて、忘れてしまっていた重要なことだ。


「――今からご飯作る」

「おぬし……」

「ちゃんと準備できてるか確認してたら、うっかり……」

「うっかりでお昼ご飯を忘れるかや、普通。……まぁよい。それならしばらく好きにやらせてもらうとするかの」

「そうしてもらえると……」


 今ある食材でできる簡単な料理を考えるために、冷蔵庫を開ける。

 パンパンの冷蔵庫の中で真っ先に目に飛び込んできたのは、今日のために用意をしていたものたちだった。


「ククル?リンゴジュースとオレンジジュースとお茶と水、どれがいい?」

「おぬしに任せる」

「……じゃあ、リンゴジュースにしよ。赤いし」

「リンゴを血に見立てる人は初めて見たのう……」


 これまた今日のために用意したコップにリンゴジュースを注いで、部屋に戻る。

 さすがのククルも僕が相手とはいえ人の家の物を勝手にいじりはしないようで、お利口に座って待っていた。

 僕は飲み物を手渡しがてら、我が家のテレビの使い方と使ってもよいコントローラー、一人で遊べるゲームの説明をする。すると、「ありがと」と一言だけ告げて、さっそくコントローラーを握った。

 僕はククルが遊び始めたのを確認してから、簡単にできる料理――焼うどんを作るためにキッチンへ戻った。



 ***



 僕の家は大学から歩いて十分ほどにあるアパートの三階にある1Kの部屋だ。それなりの広さと収納があり、家賃も安く、光回線も通っている。欠点があるとすれば、キッチンが狭い点とユニットバスである点があげられるけれど、大学生には十分すぎる家といえるだろう。

 この家で一人暮らしを始めて半年、さすがにこの狭いキッチンにも慣れてきた。

 キッチンに一口だけ用意された小さなガスコンロの上にフライパンを用意して、薄く油をひいてから火をつける。フライパンを熱している間に、冷蔵庫からウインナーとカット野菜とうどんを取り出して、ウインナーはハサミで一口大にカットしておく。フライパンが十分に熱されたら、準備した物たちをつぎつぎと放りこんで炒めていく。

 いまどきは鍋も焼きそばも焼うどんも、それらに使えるカット野菜が売られているのだから便利なものだ。包丁すら使用しないこの調理を自炊と呼んでよいかは怪しいものだけれど、おかげさまで“お母さん”という存在は偉大だと気づくことができた。このずぼらな自炊を続ける限り、僕は主夫にはなれないのだろうと思う。

 適当に炒めた具材たちに焦げ目がついてきたのを確認してからソースを投入すると、食欲をそそる香りがブワッと広がった。焦げ付かせないように軽く炒めてから皿に盛り付けて、砕いた海苔をパラパラとまぶせば、簡単手抜き焼うどんの完成だ。


「ん~!良い香りがするの~!」

「匂ってごめんね」

「よいよい。あ~、妾も食べたくなってきたの~」

「ククルはお昼食べたんでしょ?」

「もちろんじゃ。でも、目の前にこんな香ばしい料理を出されたらの……のう?」

「のう?と言われても……」


 完成した焼うどんをこたつ机に持っていくと、ククルはゲームを中断して僕の隣にちょこんと座りだした。

 言わんとすることをなんとなく察しながらも、僕は気づかないふりをして手を合わせる。


「いただきます。……うん我ながらうまい」

「おいしそう。……一口だけ、だめかや?」


 焼うどんを食べ始める僕の横で、彼女は目を輝かせながら僕から許可を得ようとする。もはや吸血鬼というより、ワンコだ。


「……わかった。箸持ってくるから待ってて」


 簡単なものとはいえ、自分の作ったご飯を「おいしそう」と言われるのがこうも嬉しいとは思わなかった。

 僕はつい気分がよくなってしまって、彼女が使える箸を用意するために立ち上がる。


「一口だけじゃから、これでよい」


 僕が気づく頃には、食べかけの焼うどんの皿に掛けていた箸を握り、吸血鬼はズズズと焼うどんを啜っていた。


「ん~!うまい!」

「く、ククル……」

「もう食べぬから安心せい。おぬしのお昼ご飯を全部奪うわけなかろう?」

「そういうことじゃ――」

「わかったわかった、買ってきたアイス分けてやるから、それで堪忍じゃ」

「そういうわけでも……まぁ、今更かぁ」


 既にククルが間接キ――を気にしないところは見てきた。見てきたけれど、自分で「今更」とは言うけれど、僕の心が耐えられるかという話はまた別問題なのだ。

 今回に至っては、ククルが口にした箸を僕がまた口に運ばなければならない。もし僕が新しい箸を持ってきて食べようものなら、ククルのことを不潔と思っているように見えてしまうかもしれない。

 ククルは満足したようで、「早く食べんと冷めるぞ」と言いながらゲームに戻っている。ククルが本当に気にしていないのなら、僕だってこんなにも気にする必要はない。分かってはいる。分かってはいるけれど、そうはいっても――


「僕はククルが心配です」

「んあ?なんじゃ急に」

「ククルのお父さんの気持ちが分かった気がする」

「今度は妾の父さまになるつもりかや?勘弁してほしいの」


 僕は腰を下ろして、ククルが口をつけた箸を手に取る。彼女がゲームに集中しているのを確認してから、急いで焼うどんをかき込んだ。

 先ほどまで自分でもおいしいと感じていたはずの僕の舌は、まったくと言っていいほどそれを味わう余裕を失っていた。

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