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妾の心が導く儘に  作者: ぬまし
僕と妾はこうして出会った

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第十六話  吸血鬼は交流する

 どうして学生実験という時間は僕に牙を向けるのだろう。

 先週の金曜日はククルとペアだと判明して“充実したキャンパスライフ作戦”が崩れ去ったし、純粋に不器用が災いして実験がうまく進まなかった。

 今週はせめて実験をスムーズに進められるようにと意気込んできたのに、まさかここにきて違う方向から僕を苦しめてくるとは――


「伊藤くん……だよね。オレは上之郷谷かみのごうたにしゅん。苗字は呼びづらいと思うからシュンって呼んで。よろしく」

「あ……伊藤、紅、です。よ、よろしく……」

「えっと……たしか、小林さんだったかな」

「ククルと呼ぶがよい」

「ククルさんね、りょーかい。よろしく」

「うむ」


 クールな話しぶりながら陽の雰囲気を醸し出すイケメン――シュンくん。


日下部くさかべかおり。好きに呼んでいいよ」

「かおり、じゃな。よろしく頼む」

「よろしくね、ククルちゃん」

「よ、よろしく……お願いします」

「うん、伊藤くんもよろしくね」


 誰も寄せ付けようとしない冷たい圧を放ちながらも優しい声色で話す美人――日下部さん。


「二人のことは前から気になってたんだわ、オレら」

「そうじゃったのか?」

「正確には、オレは伊藤くんに、香はククルさんに、だけど」

「ぼ、僕……?」

「なんじゃ、話しかけてくれたらよかったのに」

「さすがに実験の邪魔するのは悪いと思ってね。てことで、今日はよろしく、お二人さん」


 ――まさか、この四人で実験を進めなければいけないなんて。




 シュンくんと日下部さんは、同じテーブルで実験をしているもう一つのペアだ。

 テーブルの中心は道具置き場で遮られているし、実験はペアで行うものだから、先週は一度も話しはしなかった。これからもペアで実験を行うものだと思っていた僕は、今日の実験の説明を聞いた瞬間に頭が真っ白になった。

 今日の実験は実験室に二台しかないドラフトチャンバー、通称ドラフトに用意された有機溶媒を使う都合上、テーブルごとの四人組で進めるというのだ。

 先週の実験は、相手がククルだからなんとかなっていた。帰るのが遅くなったのも、ククルが相手だから許された。もし、僕のせいでシュンくんと日下部さんまで帰るのが遅くなってしまったら、僕は自責の念で潰れかねない。


「心配せんでよい、紅。妾が思うに、あやつらはおぬしにとやかく言うような者たちではない。仮に何かあっても、妾が守ってやるしの」

「嬉しいけど……情けなくて泣きそう」

「……この時間のおぬしのヘタレっぷりは凄まじいのう」


 嘆いていても仕方がない。四人で進めるとはいえ、試料を準備するのはいつものペアだ。幸い、試料を用意する手順は先週の実験ほど細かくなければ難しくもない。ここで時間を食わなければ、彼らに迷惑をかけることもないはずだ。


「……じゃあ、ククル先生。一緒にやってもらっていいですか」

「あいわかった。さっそく始めようかの」


 ククルが先に始めて、僕はあとから続く。手先がプルプルと震える僕を見て、ククルは「あっはは!」と笑っていたけれど、僕はそれに何かを返す余裕すらなかった。



 ***



 試料は思っていたよりも簡単に用意できた。それらをキャピラリーで滴下して、分析を行うためのプレートの用意も済んだ。あとは誰かがドラフトで簡単な作業を済ませれば一段落だ。


「んじゃ、妾がやってくるとするかの」


 ククルが席を立とうとする。この場に僕を残してほしくないという本音を口に出すこともできず、だからといって「僕が代わりに」と申し出ることもできない。

 不安と緊張で額に汗がにじみ始めたとき、日下部さんが立ち上がった。


「わたしがやってくるよ。みんなは暇してて」


 僕たちが何かを言う前に、彼女はプレートを持ってドラフトに向かっていった。

 僕からしたらとてもありがたいことなのだけれど、どうしても申し訳なさは拭えない。


「伊藤くん」


 うつむく僕に声がかけられる。いつの間にか、シュンくんは僕の隣に座っていた。


「前から気になってたんだけど、伊藤くんのリュックについてるそれって『エンサバ』のやつ?」

「え?そ、そうだけど……知ってるの?」


 『エンサバ』こと『エンドレスサバイバーズ』は、あまり対人ゲームを遊ばない僕が珍しく遊んでいるゲームの名前だ。キャラクターデザインや世界観の作り込みが評価されているものの、知名度が低く、グッズ展開はまったくといいほどされていない。


「そんなグッズなかったと思うんだけど」

「こ、これ、は……妹が作ってくれて」

「すげーな……器用なんだ、妹さん」

「え、と、うん、僕と違って」


 予想もしていなかった話題にあわあわしていると、隣にいたククルがグイッと身を乗り出してきた。


「なんじゃおぬし、妹がおったのか?」

「あれ、ククルさんも知らなかったん?」

「……言ってなかったっけ?」

「聞いておらぬ!これはまた根掘り葉掘り聞きださねばの……」

「おっ、面白そうじゃん。そんときはオレも呼んでよ」

「どーしよーかのー?名前呼びも許されておらぬ奴には早いのではないかのー?」


 なぜか僕の話で盛り上がる二人に挟まれて、僕の肩身が文字通り狭くなっていく。「あの」と僕が声を出しても、二人は話に夢中で気づきもしない。どうしてこんなことになってしまったのだろう。


「随分と仲良くなったね。しばらくは待ち時間だよ」

「おっ、ありがとう、香」

「助かるのじゃ」

「あ、ありがとうございます……た、助かった……」


 僕が二人に押しつぶされそうになったとき、ドラフトで作業を終えた日下部さんが戻ってきた。彼女が声をかけてくれたおかげで両サイドの壁から解放されて、僕は肩で大きなため息をついた。

 日下部さんが戻ってきたのにあわせて立ち上がったシュンくんは、自分の席に戻る前に「そうそう」と付け加える。


「伊藤くん、今日飯食いにいかん?」

「あ……ごめん、今日は買い物、行きたくて」

「あ~そっか。じゃ、今度暇なときに」

「う、うん……わかった」


 正直、シュンくんと一対一で話すのは気が引ける。僕の口下手を気にしていなさそうなのはありがたいのだけれど、彼のグイグイとくる陽の気に慣れるのは難しく感じてしまう。彼とご飯を食べに行くにしても、もう一人僕が話せる人が――ククルがいてほしい。

 思えば、ククルもグイグイとくるタイプなのに、シュンくんのように気が引けはしない。ククルとシュンくんで何が違うのだろうか。


「なんか、妾のせいで断らせたみたいになって申し訳ないの」

「そんなことないよ。知ってるでしょ、僕がうまく話せないこと」

「あやつなら気にせぬと思うがの」

「それは……なんとなく分かるけど……僕の気持ち的に、ね」

「まぁよい。シュンが言う『今度』には付き合ってやるのじゃぞ?妾のことは気にせずともよい」


 僕を散々連れまわしているククルが、人から距離を置いているククルが、まさか今日初めて会話したばかりのシュンくんにそこまで気を遣うとは。

 たしかに、彼女たちはなぜか僕の話で気が合っていたようだし、楽しそうだった。僕相手ですら友達になれて嬉しいと喜ぶぐらいなのだから、シュンくんのような明るい人が相手ならもっと嬉しいに違いない。そう考えると、彼に気を遣うのも納得だ。

 ――少し寂しくはあるけれど。


「なにをしけた面をしとるのじゃ。まさか、自分で立てた作戦を忘れたわけではあるまい?」

「え?」

「『え?』じゃないわ。“実験でペアになった人と友達になる”。絶好の機会ではないか」


 ――シュンくんのためではなく、僕のため。ククルは僕のために「シュンくんに付き合え」と言ってくれていた。


「そう――そうだね。うん。ありがとう、ククル」

「本当は妾が独占したいのじゃが、友達を応援するのも友達である妾の役目じゃからの」


 ――嬉しい。ククルが僕と友達になってくれて、ククルが僕の言葉を覚えていてくれて、ククルが僕のことを考えてくれていて、どうしようもないほどに嬉しい。

 にやけそうになる頬を両手で押さえて顔を塞ぐ。間違いなくこの気持ちは本物で誤魔化しようがないのだけれど、ククルには知られたくない。知られたら、間違いなくからかわれて「あっはは!」と笑われてしまうし、なにより――


「……なんで僕のことをそんなに気にしてくれるの?」

「友達じゃからと言っておろう?あとは――」


 口元に指をあてながら片目を伏せる。悪戯っぽい笑みにも、照れ隠しにも見える表情で、僕を上目遣いで見上げる。


「――内緒じゃ」


 ――なにより、心のダムが決壊してしまいそうだから。

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