第十四話 吸血鬼は計画する
結局チャーハンの半分以上はククルが食べて、僕はラーメンと少しのチャーハンでギブアップした。
ククルは辛口ラーメンに餃子、僕が残したチャーハンをすべて平らげて、満足そうにお腹をポンポンと叩いている。彼女の小さな体のどこにこれだけの質量が収まっているのか、まったく不思議でしょうがない。
とはいえ、大食いのククルもさすがにお腹いっぱいなようで、僕たちは食後ののんびりタイムに入っていた。
「チャーハン、押し付けちゃってごめん」
「気にせずともよい。美味かったしの」
「よかった。ありがとう」
「それよりも紅、さっきの話じゃが……」
「あぁ……やっぱり本気?」
「本気。おぬしが遊びに来てもよいと言ったのじゃ。男に二言はあるまい?」
水を喉に流し込みながら、ククルは話を巻き戻す。
“ククルが僕の家に遊びに来る”。まさか出会って三日目でこんな約束をすることになろうとは――
「さっきも言ったが、おぬしは水曜と土曜がバイトなのじゃろ?平日は講義と実験で時間あわせづらいじゃろうし、来週の日曜でどうじゃろうか」
「まぁ、来週なら……多分大丈夫」
「妾は明後日突撃してもよいがの」
「勘弁して……」
「あっはは!」
一週間も猶予があれば人を招く用意はできるだろう。
ただ、僕は自分の家もとい部屋に友達を呼んだことがない。今まで友達がいなかったのだから当たり前ではあるけれど、それゆえ具体的に何を用意すればよいのか、いまいちピンときていない。
今回はそれに加えて、相手が女性というのが厄介だ。コップなどは新しいものを用意するとして、あとは何がいるだろう。消臭剤?
「まっ、せいぜい恥ずかしい物は片付けておくのじゃな」
「……余計なお世話」
恥ずかしいものはパソコンの中にしかないから大丈夫――なはず。
そんな呟きを心に秘めながら、僕は脳内で買い物リストの作成を始めた。
「時間はどうしようかや?あと、車で行っても大丈夫かの?」
「僕は一日空いてるからいつでもいいけど。車は……たしか、来客用の駐車スペースがあったはず。今度写真送るよ」
「なら、昼過ぎに行こうかの。夜にどんちゃん騒ぐわけにもいかぬ」
「昼でもどんちゃん騒がないでよ……?」
「夜までいる気?」というツッコミを水とともに喉の奥へ押し流す。
――そうだ、飲み物も買わないと。冷やした水道水を客人に出すわけにはいかないし。
「……はぁ。いいのう、一人暮らし。羨ましいのじゃ」
「そういえばククルって家近いの?」
「車で二、三十分ぐらいかの。まぁ、近くも遠くもなくといったところじゃ。電車通学に比べればマシかの」
「それは……なんとも微妙なラインだね。研究室に入ったあとも通えちゃいそうなのが、なんとも」
「そうなのじゃ。いっそ遠ければ説得もしやすいのじゃが」
「……勝手な想像だけど、お父さんは許してくれなさそう」
「よく分かっておるの、その通りじゃ。すでに何回かお願いしておるのじゃが、ぜーんぶ『ダメ』の一点張りじゃ」
娘を大切に思うお父さんなら当然のことだと思う。とはいえ、三年生になって研究室に入ったあと、通学に三十分、しかも車で通うとなると――大学の近くに一人暮らしをする方が楽なのは間違いない。
実家通いにも一人暮らしにも利点はあるとはいえ、今後を思うと後者の方がよいと僕は思うけれど、僕が人にとやかく言うことではない。これはお金が関わることだし、家庭の事情にもよることだ。
「……まぁ、ゲームぐらいならいつでもやらせてあげるから、頑張って」
「ぁえ?……なんか急に優しくなって怖いのじゃが」
「失礼な。人の親切心を……」
「じょ、冗談じゃ!嬉しい、嬉しいのじゃ!」
ククルの今後を思って投げかけた親切心は、なぜか恐怖心を煽ってしまったようだった。
「じゃあ、約束通り今日は僕が奢るよ」
「そういえばそういう話をしておったの」
あらためてメニュー表を確認して、ククルが食べた分を計算する。
ククルが食べたのは辛口ラーメンと餃子。暗算で事足りるレベルの足し算の結果――
「少なすぎる……」
「どうしたのじゃ?」
「今日のククル、千円も食べてないから、僕が奢ってもらった分を返せない」
「そんな数百円程度気にせんでもよいじゃろ」
「金額ずれないようにって話してたじゃん。そっか……足りない方は考えてなかったな……」
次回の食事へ持ち越すにしても、残りの金額が微妙過ぎる。それこそ面倒だからとククルはチャラにしようとするだろう。
「……ククル、もう一品頼まない?」
「妾のお腹をはち切らせるつもりかや?」
「だよねぇ……」
今できることは、ククルの言葉にのって数百円は大目に見てもらうこと、もしくは、次ククルと出かけることがあったら、そのときに数百円分を清算すること、のどちらかだ。
僕が頭を悩ませていると、ククルは何かを閃いたのか「そうじゃ」と声をあげた。
「そんなにおぬしがきっちり清算したいというのなら、こういうのはどうじゃろうか」
「なに?」
「このあと、コンビニでアイスを奢ってもらう」
「……お腹いっぱいなんじゃないの?」
「アイスは別腹じゃ」
「な、なるほど……?」
「それでも足りんというのなら、来週の日曜日の準備代にするとよい。それなら、むしろ払いすぎなぐらいじゃろ?」
「そ、それは……そうかもしれないけど」
「んじゃ、それで決定じゃ。支払い頼むぞ、紅」
この話は終了と言わんばかりに、ククルは立ち上がる。こうなってしまったら、僕が口を出したところで結果は変わらないだろう。
僕は財布を取り出しながら、スタスタとレジまで進むククルを追いかけた。
「ありがとうございました~」
「ごちそうさまでした」
お会計を終えた外に出ると、日は完全に暮れていて、秋の涼しさが顔をのぞかせていた。長かった残暑も、ようやく終わりを迎えるようだ。
熱いものを食べたあとだからか、今はこの絶妙な気温がちょうどよい。
「んじゃ、近くのコンビニに寄ってから、おぬしを送ろうかの」
「お願いします」
「そういえばおぬし、今日は歩きなのかや?」
「自転車だけど……ここからなら家の方が近いから、家でいいよ。明日休みだし」
「りょーかい」
「お手数をおかけします」
僕が車に乗り込むと、ククルは「すぐまた降りるから」と僕の膝の上に荷物を投げおく。それもそうだと甘んじて受け入れる僕を確認してから、ククルはすぐに車を発進させた。
***
コンビニは、歩いた方が早く着いたのではないかと思うほどの距離にあった。こっちの方は大学やバイト先と逆方向だから、あまり詳しくはない。ククルとご飯を食べに来たから気づけた、新しい発見だ。
「ククル、どのアイスにするの?」
「おぬしのおすすめはあるかの?」
「え?えーっと……」
売り場を見渡すと、一昨日も学食で食べた六つの円錐台のアイスが目に入った。アイスのおすすめと言われてもピンとこないけれど、僕が食べるアイスを思い返したときに、一番記憶にあるのはこれだ。
「これかなぁ」
「んじゃ、それにしようかの。おぬしはどれにするのじゃ?」
「え?買う気なかったんだけど」
「つれんのう。おぬしは妾が食べるところをマジマジと見続けるきかや?」
「……もう。わかったよ」
なんとなくククルと被るのは気が引けて、近場にあった大福のようなアイスを手に取る。ククルから僕のおすすめアイスも受け取って、一緒にお会計を済ませた。
「はい、ククルの分」
「どーも」
涼しくなったとはいえ、アイスはアイス。
溶けないうちにと、店の外へ出るなり、すぐにククルの分を彼女へ渡す。
「“夜に友達とコンビニでアイスを食べる”。ん~!いいシチュエーションじゃ!」
「随分と限定的なシチュエーションだこと」
「おぬしにはわからぬかぁ~、この青春シチュの良さが」
「せいしゅ……って、分かるわけないでしょ、友達いないんだから」
「今はおるじゃろ?さっ、溶ける前に食べるぞ」
ククルは僕に笑顔を向けて、さらっとそんなことを言ってみせる。
彼女は僕のことを友達だと思ってくれている。純粋にそう思っているから、そう口にしているだけ。
――僕にとってもククルは友達だ。
そう思おうとしている僕にとっては――心のままの彼女の言葉は、たちが悪く感じてしまう。
「ほれ、一つ食うかの?ハート型じゃ」
――本当に、たちが悪い。
「……ハート型はレアだからもらえないよ」
「んじゃ普通のやつ」
「奢った意味……」
「細かいことを気にするでない。どうしても気にするというのなら、おぬしの食いかけを食べてやろう」
「……はぁ。こっちも食べたいのね。食いかけじゃなくて食べてない方あげるから」
「ありがと!お礼に、も一個あげるのじゃ」
「奢った意味!!」
ツッコミもほどほどに、僕の容器に無理やり乗せられた円錐台を口に運ぶ。
一度噛めばチョコの中からバニラアイスが出てきて、口の中いっぱいに甘さが広がっていく。
いつもと同じ甘さのはずなのに、今はなぜかズキズキと胸が痛んで、ほろ苦い。
――どうやら青春の味は、僕には耐えがたいもののようだ。
食べ終えたアイスのゴミを捨てて、僕たちはあらためて車に乗りこむ。
今日も今日とて、いろいろ想定外のことが起きた。そんな一日ももうすぐ終わると思うと、急にドッと疲れがこみ上げてくる。
「今日も楽しかったの~!」
「実験は楽しくなかったけど」
「妾は楽しかったぞ?おぬしの知らない一面も見れたしの」
「忘れて!……って言いたいけど、ククルには隠せないな。これからもお世話になるだろうし」
「あっはは!頼りにするとよい!大船に乗ったつもりでの!」
「お言葉に甘えさせてもらうよ。情けない限りだけど」
「なに、完璧な人間なんて存在せぬ。そんなに卑下せずに、妾との実験を楽しむことじゃな!」
ククルはひとしきり笑ったあと、荷物を僕の膝の上にのせる。次に降りるのは僕だけだけれど、送ってもらう身で苦言を呈するのもどうかと思って、彼女の荷物も一緒に抱えることにした。
「……もっと早くおぬしと――」
「え?」
「なんでもないのじゃ。帰るぞ、紅~」
ボソッと呟いたククルの言葉はエンジンの音でかき消されて、僕の耳には届かなかった。




