第十三話 吸血鬼はもっと知りたい
僕たちは大学から車で五分ほどの距離にある中華チェーン店にやってきた。
十七時はご飯には早いと言っておきながら、お店を前にしてお腹の虫は鳴きだしている。ククルはよほどお腹を空かせているのか、さっさと店内に向かっていった。
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
僕たちがお店に入ると、すぐに店員さんの元気な声に迎えられた。ククルが指を二本立てれば、すぐに「お好きな席へどうぞ~」と案内をされ、彼女は端のテーブル席へ吸い込まれるように歩き出す。
店内の様子はといえば、食事時にはやや早いからか、席はほとんど埋まっていなかった。調理の時間はかかれど、他の客の分の待ち時間はあまりないだろう。
「ご注文は後でよろしいですか?」
水を運んできた店員さんにククルは頷きで答えて、すぐにメニュー表をテーブルに広げる。
「慣れてる?」
「何回か来ておるからな」
メニュー表には各種ラーメンからチャーハン、餃子と、一般的な中華料理がずらっと並んでいた。シンプルがゆえに、逆に迷ってしまう。
「おすすめはある?」
「チャーハンじゃな。やたらと量が多いのが特徴じゃ」
「なるほど。ククルは決めた?」
「妾は辛口ラーメンと餃子じゃ」
「服、大丈夫?」
「跳ねさせずに食べるのには慣れておる」
「さすが。……でも、気を付けてね?クリーニング大変なんだから」
「おぬしは妾の母さまか。……もともとクリーニングに出す予定のものじゃ、気にするでない。どうせ匂いもつくからの」
ククルは「それよりもはよせい」と言わんばかりに、悩む僕の手を爪でつつく。
せっかくククルがおすすめしてくれたのだからチャーハンを頼もうと思ってはいるのだけれど、量が多いという情報が気がかりでしょうがない。このチャーハンの小サイズがそれなりの値段をしていることが、余計に不安を煽ってくる。
ラーメンと小サイズのチャーハン、食べきれるだろうか。
「小サイズのチャーハンってどれくらいある?」
「頼んだことないから分からぬが、おぬしなら食べきれるじゃろ。たぶん」
「え、こわ……僕が食べきれなかったら……ククル、食べれる?」
「おぬし、レディにカロリーを押し付けるつもりかの?」
「今のトレンドは“いっぱい食べる女の子はかわいい”だよ」
「なんとも都合のよい言葉じゃ……少しだけじゃったらな」
「よし……じゃあ、ラーメンと小サイズのチャーハンで」
僕は手をあげて店員さんを呼ぶ。店員さんはすぐに駆け付けて、「お伺いします」とメモを取り出した。
僕はラーメンと小サイズのチャーハンを頼み、ククルはメニュー表の辛口ラーメンと餃子を指さす。
注文を取り終えた店員さんは「お待ちください」と言葉を残して、早々に去っていった。
「なんで黙ったまま?」
「配慮じゃ、配慮」
「ふーん」
ククルの返答に適当な相槌を打って、僕はテーブルに広げたメニュー表を片付ける。彼女のそれが深堀りしてもいい内容なのかを悩む僕に、ククルは「そういえば」と別の話題を振った。
「おぬし、実験のときに作戦云々と言っておらんかったかや?」
「あぁ……よく覚えてたね」
「意味深に流されたからの」
今日の学生実験が始まる前、まさかククルとペアになると思っていなかった僕は、ぽろっと「作戦」という言葉を漏らした。
僕の作戦こと“充実したキャンパスライフ作戦”については、ククルに話していない。大学生にもなって“友達を作るための作戦”という小学生じみた内容を口にするのが恥ずかしいという思いもあるけれど、これを成功させるためにククルと距離を取ろうと考えていることを本人に言えるわけがないからだ。
今日学生実験のペアがククルだと分かったとき、作戦は失敗したようなものだと思ったし、距離を取るなんて話をわざわざ本人に伝える必要もないと気づいて、ククルには「今度説明する」と保留にしていたのだ。
「バカにしてくれてもいいんだけど」
僕は保険をかけるように前置きをしつつ、作戦について説明をすることにした。今更ククルにこの話をしたところで、彼女が特別何かを感じることはないだろう。
「僕には友達がいないから、学生実験でペアになった人と友達になろうと考えてたの。それが、今日僕が言っていた作戦の内容」
「なるほど。んじゃ、もう作戦は成功じゃな」
「え?」
「『え?』とはなんじゃ。妾はおぬしの友達なのじゃろ?おぬしが言い出したことじゃ」
言われてみれば、ククルは初めての友達で、その彼女が学生実験のペアになったのだから、作戦成功と言えなくもない――のかも?
「……言わされただけだし」
「あっはは!照れておる、照れておる」
「照れてない!」
――危ない。またククルのペースに乗せられるところだった。
僕が目指しているのは、たくさんの友達を作って充実した楽しい大学生活を送ることだ。ククル一人と親密になれたところで、真の目的が達成されるわけではない。
「ククルこそどうなの?」
「どう、とは?」
「僕なんかと、その、友達……になってよかったの?わざと人から距離を取ろうとしてたんじゃないの?」
僕へこれ以上矛先が向かないように、ククルに質問を返す。
ククルだって、僕のことを友達と呼ぼうとしたときに頬を染めていた。あらためてククルから友達と言わせれば、彼女を照れさせられるかもしれない。いつものお返しだ。
「妾は自分を偽って築く関係性に嫌気がさしただけじゃ。おぬしは素の妾を受け入れてくれたじゃろ?」
「それは……たまたま、結果的に」
「だとしても、おぬしが友達なのには変わりあるまい。これでもかなり嬉しいと思っておるのじゃ。ありがと、紅」
今回も僕のカウンターは綺麗に流されて、ククルは僕にかわいらしく微笑んでみせた。
「おっ、照れておる!」
「照れてない!こっち見るな!」
どうやら僕はククルの笑顔にめっぽう弱いようで、おそらく彼女も薄々それに感づいている。きっとこの先、僕をからかえる内容を見つけては、こうやって僕を赤くさせるのだろう。いったい僕は何回ククルの笑顔にドキドキしなければいけないのか。
「ほんと、かわいいのう」
「……嬉しくない」
なによりも、僕はこれからもククルと友達の距離でいつづけられるのだろうか。
――心配だ。
しばらくすると、僕たちのもとに注文した品々が届けられた。
僕が戦々恐々としていた小サイズのチャーハンは、他のお店の標準サイズと同等か、やや少なめといった印象だった。人によってはこれだけでお腹が膨れてしまうだろう。小サイズでこれなら、大サイズはいったいどうなってしまうのだろうか。
とはいうものの、あらかじめククルから聞いていたから、目が点になるほどではなかった。問題は、一番目立つ場所に伏兵が潜んでいたことだ。
「……まさかラーメンもでかいとは」
「麺類は飲み物みたいなものじゃから、いけるじゃろ」
「流石に同意しかねるよ……」
なんと、標準サイズのラーメンがやたら大きいのだ。
トッピングで頭が盛られているわけではない。純粋に器が大きく、麺とスープの量が多い。食べきる前に麺が伸びてしまわないか心配になるほどだ。
ラーメンとチャーハン、どちらかだけで僕のお腹は満たされるだろうと察しはするけれど、だからといって手を付けずに残すわけにもいかない。
「い、いただきます……」
「いただきまーす」
僕にあわせてククルも箸を手に取る。僕と同じ器を前にしているはずなのに、彼女は余裕そうな表情でラーメンと餃子をパクパクと口に運びだした。
なにかとかわいいと感じることが多いククルだけれど、今ばかりは彼女のことが恐ろしく思えた。
***
「そういえばおぬし、家では何をしておるのじゃ?」
せっせとラーメンを口に運び、少しずつチャーハンにも手を付け始めたころ、ククルは箸休めと言わんばかりに僕へ問いかける。
「うーん……なんだろ」
「四六時中ファッションのことを考えておるわけでもあるまい」
趣味なら「ロリィタファッションの収集」と答えられるけれど、普段何をしているかといわれると、答えに困ってしまう。
昔はよく本を読んでいたけれど、最近はめっきり読まなくなった。今やっていることをあえて挙げるなら、ゲームぐらいだろうか。それについても、一人暮らしを始めてからは、そこまで身を入れて楽しめているわけではない。あとは、軽く動画を見るくらいだ。
あらためて思い返すと、なんとも寂しい日常生活だろうか。
「そんな悩むことかや?」
「いや……なにもしてないことに気づいて哀しくなってきた」
「なにかはしとるじゃろ?」
「まぁ……ゲームとかはするけど」
僕がそう答えた瞬間、ククルは完全に箸を止めて目を輝かせ始める。
「今、ゲームと言ったかや?なにをしとるのじゃ?!」
「え?えー……アクションとか、RPGとか、エクササイズみたいなやつとか……?」
「いいなぁ~!羨ましすぎるのじゃ!」
まさか、ククルがこんなにもゲームに興味を持っているとは思わなかった。
話しぶりをみるに、ククル家はあまりゲームをしない家庭なのだろう。
「ククルはあんまり?」
「リビングにあるといえばあるのじゃが、妾が遊び始めると父さまが鬱陶しくての。『一緒にやろう』と誘われるならまだよいのじゃが、一人で遊んでいても、やれ『そっちは危ない』だの、やれ『あっちに何かあった』だの……妾は集中して遊びたいのに」
「あぁ、なるほど」
一人で遊んでいる横で指示をされるのは、たしかに気分がよくない。一緒にリアクションが取れたり、一緒に悩んだりできるのはよいことだと思うけれど、自分のプレイを暗に強制してくるのは勘弁願いたいと僕も思う。
きっと、ククルのお父さんにそんな意図はまったくないのだと思う。僕が考えるククルのお父さん像が間違っていなければ、ただ大好きな娘と遊びたいだけのはずだ。ただその関わり方が、一人用のゲームと相性がすこぶる悪いだけ。なんとも悲しいすれ違いだろうか。
「……紅、お願いがあるのじゃが」
「だめ」
この話の流れでククルが「お願い」と口にした瞬間、僕は反射的にノーと答えた。その先を聞かなくても、僕を悩ます要求をすると直感で分かったからだ。
「まだ何も言っておらぬ!」
「だめ!」
「……チャーハン食べてあげぬぞ」
「ず、ずる!食べてくれるって言ったから頼んだのに!」
「血の契約を交わしたわけでもあるまい!ほれ、おぬしにお店のご飯を残すことができるのかや?」
なにか物騒なワードが聞こえた気がするけれど、それは今重要じゃない。
ククルは僕の性格を知ったうえで条件を出してきた。なんて狡い吸血鬼だろうか。
「……一応聞くけど、まさか“僕の家に来たい”って言わないよね?」
ノーと返事が来ることを祈りながら、僕はククルに確認する。
もしかしたら、ククルのお願いは簡単に片付けられるものかもしれない。そうであるなら、ここまで必死に断る理由はない。
「そのまさかじゃ」
――ですよね。
ククルが言わんとすることは分かる。邪魔をされずにゲームを楽しみたいのなら、一人暮らしをしている僕の家という場所は都合がよい。
僕のことをククルのお父さんと同じように鬱陶しいと感じてくれていたらよかったのに、僕が彼女の話に「なるほど」と理解を示してしまったがばかりに、どうやらそこは信用されているくさい。
頭を抱えた末に、ククルにはこの手は効かないと思いながら、一応脅してみることにした。
「……男の下宿先に一人で来る気?何かされるとは思わないの?」
「人の子が吠えよる。妾は吸血鬼じゃぞ?襲えるものなら襲ってみるがよい」
結果は、まさかの方向性でノーヒット。
それなら――
「か、片付いてないから……」
「妾が手伝ってやってもよい」
結果は、状況が余計に悪化。
まだまだ――
「ば、バイトあるし……」
「なら日曜日じゃな。日曜はバイトないのじゃろ?」
結果は、過去の僕のせいで失敗。
もしかしたら――
「も、もてなせないし……」
「むしろ妾が差し入れを持ってってやろう」
結果は、綺麗なカウンター。
「ど、どうしても……?」
「どうしても。頼むのじゃ、こう~!」
ククルは手を合わせながら頭を下げて、チラッと僕を見る。
僕のプライベート空間である家にククルが上がるということが、僕の心をどれだけ揺さぶる出来事なのかというのを、彼女は分かっていない。僕の気持ちなんて知るはずもないのだから、当然と言えば当然ではあるのだけれど。
自分の心を整理できるのか不安に思う僕に、なおもククルは期待に目を輝かせ続ける。
「……チャーハン、食べて」
「……っ!やった!ありがと、紅!楽しみじゃ~!!」
「はぁぁ……」
――案の定、勝てなかった。
ククルは僕に対して圧をかけたり、からかったりしてくるけれど、根は真面目で人思いなことは知っている。きっと今の話を僕が断っても、「無理を言ってすまぬ」と引き下がってくれたとは思う。
ただ、表情に出やすい彼女のことだから、笑って見せながらも落胆した気持ちは隠せずに眉を下げるはずだ。
それを想像したら、断れなかった。
コロコロと変わる表情は魅力だけれど、ククルには笑いながらフリルを揺らしていてほしい。
それが僕の結論だった。
「そうじゃ。部屋の片づけ、いつやるつもりかの?」
「お願いだから一人でやらせて……」
「あっはは!」
帰ったら片付けるものを確認しておこう――
僕がまたまた頭を抱えるよそで、ククルは僕の食べかけのチャーハンをなんの躊躇いもなく口に運んでいた。




