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妾の心が導く儘に  作者: ぬまし
僕と妾はこうして出会った

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第十一話  吸血鬼は実験する

 十月三日金曜日。“充実したキャンパスライフ作戦”を実行する、初めての学生実験の日。

 学生実験は、基本的に二人ペアで行うことになっている。それはつまり、作業を分担したり、結果や考察の共有をしたりと、半ば強制的に同期と関わらせられる時間でもあるということだ。僕はこの時間を使って“充実したキャンパスライフ作戦”を実行する。

 唯一の懸念があるとすれば、この作戦の失敗につながりかねない吸血鬼が同じグループにいることなのだけれど――


「……ちょっと、これは想定してなかったな」

「なんじゃ、おぬし。妾が相手で不満か?」

「そういうわけじゃないんだけど……予定が狂ったというか、作戦にないというか……」

「作戦?」

「まぁ、今度説明するよ」


 僕が指定された席の隣にいたのは、まさにその吸血鬼だった。

 もともとガタついていた作戦だったとはいえ、まさか実行する直前になってバラバラと崩れ去るとは――

 一応学生実験のペアは入れ替えられる予定ではあるらしいから、完全に作戦が崩れ去ったわけではない。ただ、その入れ替え時期がいつなのかが分からないことと、その間同期の目があるなかククルと関わり続けなければいけないことを考えると、もはや作戦は失敗したようなものだ。

 ――いや、まだ諦めるには早い。ククルとペアになったからといって、僕が目立ったり、浮いたりするとは限らない。ククルの外見や服装が特徴的とはいえ、彼女がおとなしくしてさえいてくれれば、僕が注目を浴びることもないだろう。


「……あれ?ククル、今日の服……」

「あぁ、これは前期に着ていたものじゃ。白衣があるとはいえ、あの子たちを汚したくはないからの」

「なるほど、納得」

「この髪色でこの服を着るのは初めてなのじゃが、どうかの?案外悪くはないのではないか?」

「えぇと……似合ってるよ?」

「ぜーんぜん気持ちがこもっておらん言葉をどーも」

「一応本音なんだけど……」

「昨日のおぬしの『かわいい』に比べたらヘロヘロすぎるわ。まったく」

「僕的にはそんなに言い方は変わってないと――」

「おっ、始まるぞ。講義中はジロジロ見ないで真面目に話を聞くんじゃぞ」

「……はい」


 僕は反論することを諦めて口を閉じる。僕が何を言っても、きっと今のククルには勝てないだろう。

 前を向けば、実験に使う備品の準備を終えたTAの先輩方が教室の隅にはけて、実験の手順の板書を終えた教授が教壇に立っていた。三限目を知らせるチャイムと同時に教授は軽い挨拶をして、すぐに実験の内容と実験の手順の説明を始めた。



 今日の学生実験は、自分のDNAを採取してアルコール分解能があるかを調べるものだ。原理や方法については前期に行った専門科目で触れており、うっすらと記憶に残っている。要は、DNAの中にあるアルコール分解能を示す部分を増幅して、それが三種類あるアルコール分解能のどれに該当するのかを調べる実験だ。

 試薬や道具は既に準備されているから、僕たちは手順通りに作業を進めるだけ――ではあるのだけれど、僕はそれらの試薬や道具を使ったことがない。ククルはどうか分からないけれど、少なくとも僕の分の作業についてはスムーズに終わる気はしなかった。


「おぬし、マイクロピペットは使ったことあるかの?」

「いや、まったく。高校の頃にビュレットとかは使ったけど、こんなに細かい実験はなかったから」

「なんじゃ、妾より詳しそうではないか」

「いちおう、理系の高校だったからね」


 どうやらククルも初見だったようで、興味深そうに道具をいじくりまわしている。教授の説明のあと、あらためて手順と道具の使用方法の確認を終えた僕たちは、さっそく作業に取り掛かった。



 ***



「なんというか、躊躇いがないね」

「お主もやるのじゃぞ。恥ずかしがっとる場合か」


 僕の言葉に全く動じず、ククルは口の中に突っ込んだ綿棒をチューブの中で懸濁させる。

 普通はこう、躊躇わないだろうか。口の中に突っ込んだ物を使って人前で作業するという行為に躊躇いはないのだろうか。

 ――まぁ、ククルは僕に口をあんぐりと開けて歯を見せるぐらいだから、本当になんとも思っていないのだろう。


「なんじゃ、人の顔を見るなりころころと表情を変えよってからに。おぬしが自分でできぬのなら、妾がやってあげてもよいぞ?ほれ、あーん」

「やるやる、さっさとやるから!」


 このままククルの調子に持っていかれてはいけない。昨日と違って、ここには同期の目がたくさんあるのだ。

 すぐに綿棒で口の中を拭って、それをチューブに突っ込む。――やっぱりこの作業を人前でやって平常心でいられる方がおかしいと思う。野郎ならともかく、女子は特にそう感じると思うのだけれど、残念ながら僕が唯一関わりのある吸血鬼系女子は違うらしい。


「ところで、ククル」

「なんじゃ」

「ククルは吸血鬼なんだよね」

「うむ。それがどうしたのじゃ?」


 チューブの中で可視化された糸くず状のDNAを眺めていたら、僕の中でふと疑問が浮かんだ。


「DNAの分析なんてしちゃって大丈夫なの?」


 本当にククルが吸血鬼だとして、仮にヒトという動物に無いものが分析結果に表れてしまったら、それはそれは大変なことになってしまう。

 それを誤魔化せたとしても、その結果になった考察をまとめなければいけないし、「私は吸血鬼なので実験がうまくいきませんでした」なんて正直にレポートに書いた日には、再提出どころの話では済まないだろう。


「まぁ、大丈夫じゃろ」

「そんなあっさり……」

「たしか、妾たちもおぬしらと大して変わらなかったはずじゃ」

「ん?調べたことあるの?」

「……いろいろあっての」

「……ふーん。いいならいいんだけど」


 言葉を濁すククルを見て、僕もそれ以上聞くことをやめた。

 ククルの言う吸血鬼という存在が僕たちと遺伝子レベルでは大して変わらないというのなら、人種の一つのようなものなのかもしれない。そう思うと、仮に人ならざる存在だったとしても親近感がわいてくる。

 またいつか、ククルと二人の時に“吸血鬼”という存在について話をしてみよう。ククルがどこまで話してくれるかは分からないけれど、想像を膨らませるだけでも面白そうだ。

 そんなことを考えている間にククルは自分のDNA溶液を作り終えていて、すでにレポート用の写真を撮り始めている。


「もしかしておぬし、手先が不器用――」

「それ以上言わないで、ククル。それ以上言うと、ククルの帰る時間も遅くなるよ」

「なんという哀しい脅しじゃ」


 僕は大事に育てた自分のDNAを失わないように、慎重に作業を進めた。




 DNAから目的の配列を切り取り増幅するPCR、これにより作成したサンプルを解析するために行う電気泳動、何もかもが細かい作業だった。お世辞にも手先が器用とは言えない僕とミクロな実験は、どう見ても相性が悪かった。

 すでに帰り始めるペアもいる中、なんとか実験を終えて道具を片付けた僕は、自分の席に戻ってくるなり机に突っ伏した。


「紅、こんなのでへこたれていては次の実験もままならぬのではないか?」

「え……」

「有機化学、分析化学、もっと細かい作業は今後もあるじゃろう?」

「……まじか」


 僕たちの学科――応用生命科学科は、ミクロの世界とは切っても切り離せない関係にある。この学科でやっていくために勉強を頑張ってきたけれど、まさか不器用なばかりに実験で躓くことになるとは考えていなかった。

 この調子では作戦をどうこう言っている場合ではない。進学できるかできないかの、単位の話になってしまう。


「まさか、おぬしが不器用だったとは。かわいいところもあるではないか」

「やめて。……でも、ククルがペアでよかったかも。助かった……」

「存分に感謝するがよい。ほれ、妾の結果とメモじゃ」

「ありがとう」


 僕が道具を片付けている間に、ククルはレポートに使えるよう今回の実験についてまとめていたようだ。彼女のノートは、丁寧かつ簡潔に結果、考察、感想が書かれていて、実験のメモはこうあるべきと紹介される見本のように分かりやすかった。


「丸パクリするでないぞ」

「したくてもできないよ」


 ククルの結果とまとめ方を参考にして、僕も自分の結果と考察と感想を箇条書きで書き出す。あとはククルの結果も絡めていい感じにまとめれば、この実験のレポートはなんとか乗り切れそうだ。


「はい、僕のやつ」

「うむ」


 僕は今まとめたばかりのノートをククルに渡して、彼女は自分のノートに僕の結果をスラスラと書き留めていく。

 ――もしかしたら、ククルは僕が思っている以上に優秀なのかもしれない。昨日のピアノしかり、今日の実験しかり、ククルは多才で手先も器用ときている。ここまで来たら、運動神経抜群で頭が良いときてもおかしくなさそうだ。


「紅、こーうー!」

「あ、なに?」


 僕がまだ見ぬククルのハイスペック要素に身を震わせている間に、彼女はメモを書き留め終えていた。

 僕にノートを返すなり彼女はスマホを取り出して、二次元コードを表示した画面を僕に見せる。


「……?」

「疎いのう」


 よっぽど僕の表情が呆けていたのか、ククルは肩をすくめてため息をつく。


「あっ、なるほど」


 僕はようやくそれの意味するところに気づいて、すぐにスマホの中で眠っていたチャットアプリを起動した。


「ごめん、友だち登録なんて滅多にしないから」

「妾もじゃ。写真、送っておくからおぬしのも頼むぞ」

「わかった」

「じゃあ、今日のところはこれでしまいじゃ。帰るぞ、紅」


 どうやら残っているのは数組だけのようで、それもレポートをここで終わらせようとしている人たちばかり。純粋に時間がかかって残っているのは僕たちぐらいのようだった。


「……ククル、ごめん」


 学生実験を足掛かりに友達を作ると作戦を立てておきながら、ククルが相手とはいえ同期に迷惑をかける体たらく。これでは、ペアが変わったところで、友達をつくるどころか帰りが遅くなると嫌がられる可能性だってある。

 自分を過大評価しすぎていた羞恥心と、ククルの時間を奪ってしまった罪悪感から、僕は無意識に謝罪を口にしていた。


「何の謝罪かは分からぬが……申し訳ないと思うなら妾に付き合ってくれんか?」

「いいよ」

「えらい素直じゃな」

「何に付き合えばいい」

「ご飯じゃよ、ご飯」


 僕がスマホを確認すると、十七時と表示されていた。

 今日の学生実験は早い方なのか、遅い方なのか。もし早い方なのだとしたら、時間がかかる実験のときは何時までかかってしまうのだろう。不安はぬぐえない。


「……いや、ご飯には早くない?」

「十七時はお腹空く時間じゃろうが。というか、突っ込む気力あるならその辛気臭い顔をやめんか!」


 ククルは僕の横腹を小突くと、白衣を脱いで外に向かう。僕もすぐに荷物をまとめて、彼女のあとを追いかけた。

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