第一話 充実したキャンパスライフ作戦
――九月某日。
初めて訪れた長い大学生の夏休みにも終わりが見え始めているというのに、残暑とは思えない暑さが僕の身体を汗ばませる。
「エアコン、つけるべきかなぁ」
電気代と体調を天秤にかけて迷っていると、テーブルの上でスマホがブブブと音を鳴らした。
画面を点けると、そこには「母」の一文字。
「あっ、連絡忘れてた」
お盆は合宿免許を取りに行っていたから、帰省はしていない。思えば実家への連絡はメッセージで済ませていたし、免許を取った後も連絡はしていなかった。
コホンと喉の調子を整えるのもほどほどに、すぐにスマホに表示された電話マークをスワイプした。
「もしもし?母さん?」
『もしもし、紅?元気?』
「元気。めちゃくちゃ暑いけど」
『どこも暑いわね、ほんと。エアコンちゃんとつけなさいよ?』
「今からつけることにするよ。……連絡忘れててごめん、免許はとったよ」
『そりゃよかった。うちに帰ってきたら車運転させたげたのに』
「合宿は八月に終わったけど免許取ったのは九月になってからだから、タイミングがね」
母さんからの電話は、特にこれといった用事はなさそうだった。
実家を出て一人暮らしを始めてからもうすぐ半年、心配してくれているのだろうが、さすがに半年でくたばるほど僕はやわではない。
『――それで、どう?大学は。友達はできた?』
「う、うん、まぁ。数人ぐらいだけど」
――嘘だ。残念ながら、僕に友達は一人もいない。
口下手なうえに口外しにくい趣味を持つ僕は、昔から友達はいなかった。
せめて外見だけでも大学生らしくして友達を作ろうと意気込んだものの、結局この長い夏休みを一人で過ごしている始末。合宿免許を取り行く以外の外出をしていなければ、週に数回のバイトでしか人と会話もしていない。
僕の大学デビューは、夏休みが始まるよりも前に失敗した。
『大学生活、楽しみなさいよ。勉強はしないと怒るけど、しっかり遊びなさい。人生で一番楽しいんだから』
「主観がすごい入っている気がするけど、うん、そうするよ」
今ここで母さんに「実は友達がいなくてずっと一人」なんて言えるはずもなく、少しばかりの見栄を張ることしかできない。
せめて同じ趣味の人を見つけられれば話せるかもしれないけれど、それもなかなか難しい。なんせ、僕の趣味は――
『そういえば紅、あんたが集めてたフリフリの可愛い服、持ってかなくてよかったの?』
「僕が着てたわけじゃないし、もしうちに誰か来た時に見られたら困るから」
――僕の趣味は、ロリィタファッションを集めることだからだ。
僕は昔からロリィタファッションには目がない。フリルやレースがあしらわれた非日常でかわいいデザインもあれば、落ち着いた雰囲気でかっこよいデザインもある。僕はそんなロリィタファッションが大好きで、バイトができるようになってからは、ネットで物色しては気に入ったデザインのものを集めていた。
自分で着たこともあったけれど、僕が男だからだろうか、絶望的に似合わなかった。代わりに妹に着させては、よく写真を撮ったものだ。
『――そう。紅がそういうならここに置いとくわ』
「藍に“着てもいいよ”って言っておいて」
『あんたがいないとあの子は着ないと思うけど、伝えとくわ』
クーラーが効き始めて、部屋が涼しくなってきた。これぐらいの涼しさならロリィタファッションでも暑くはないだろう。
残念ながら、今の僕の家にその服はないし、その服を着る者もいない。
だが、それでいい。
母さんが言うように大学生活が人生で一番楽しいというのなら、楽しめるよう充実させなくてはいけない。
そのためには、やっぱり友達が必要だ。
友達がいれば、一緒に遊べるし、悩みも相談できるし、テストの過去問だって交換できる。
ただ、僕の趣味はその足を引っ張りかねない。
それなら、趣味という接点で友達を作ればよい。同じ学部、同じ学科、行きたい研究室、やりたい実験――見つけようと思えばたくさん見つけられるはず。
今までは口下手が災いしてできなかったけれど、これから僕がそれらの話題を振れるようになれさえすれば――
『とりあえず、元気そうでよかった。ちゃんとご飯食べなさいよ』
「ありがとう。こっちも連絡忘れててごめん。年末には帰るから」
『家そこまで遠くないんだから、いつでも帰ってきなさい。呼んでくれたら迎えに行くから』
「気が向いたらお願いするよ」
『あと――』
電話を終わらせようとスマホを耳から外しかけたとき、母さんは突き刺さる一言を僕の耳に残した。
『あんたの趣味を理解してくれる友達ができるといいわね。きっとその子は一生の宝物になるはずよ』
「……そうかもね。じゃ、また」
通話終了のボタンを押した瞬間、つい大きなため息が口から漏れてしまった。
母さんはなかなか難しいことを言ってくれる。僕だって、できるものなら趣味について語り合いたいし、僕のコレクションを紹介したい。僕が撮った妹の写真だって見せたい。
でも、それができたら苦労しない。少なくとも、夏休み前までにそんな出会いはなかった。
――いや、そもそも出会いを起こそうとしていなかった。大学デビューとは形ばかり。口下手だからと自分から話しかけることはほとんどなかったし、できなかった。
「……初手趣味の話題はきついよなぁ」
母さんはああいうけれど、最初は共通の話題を見つけて話を始めるべきだろう。
幸い、後期に入れば僕の学科は学生実験が始まる。強制的にペアを組まされるから、同期と話す機会はいくらでもある。そこから少しずつ仲良くなって、そこで初めて趣味の話題を出せばよいのだ。
受け入れてくれるかは分からないけれど、大学一年生も半年が過ぎた今、僕にできるのはもうそれしかない。
名付けて、“充実したキャンパスライフ作戦”。
後期が始まったら、僕はこの作戦を実行する。
そして友達を作り、楽しい大学生活を送るのだ。
――送るはず、だったのだが。
「――妾はククル・フェルネスタ。吸血鬼じゃ!」
夏休みが明けて初日、学科の全員が集まる大学の講堂。
僕がいつも座っていた席に座る、クラロリを身にまとう小柄な女性。
そして講堂に響く、自称“吸血鬼”。
妙な注目を浴びる僕たちと、その注目を意に介さない彼女。
なぜか彼女に目をつけられた僕は、“充実したキャンパスライフ作戦”がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じていた。
果たして僕は、ここから楽しい大学生活を送れるのだろうか――
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