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女神皇主の受難〜十年探した初恋の王子に死ぬほど溺愛されています〜  作者: 如月ニヒト


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永遠の別れ

 皇宮での一週間、レギアスは猫かぶりに日々嫌気がさしてはいるようだったけれど、特に問題なく過ぎていった。

 評判はかなりよく、両親にはすっかり気に入られたらしい。さきほど正式に結婚の許可がおりた。もちろん私の侍女と近衛は猛反対したが。


 レギアスは私にしつこく触れてはくるけれど、ベッドに忍んでくるどころかキスもしなかった。婚約が内定して焦る必要が無くなったからなのか、ちょっと拍子抜けだ。


「レギアス様、なにもこんな夜に戻らなくても」


 ディナーのあと、ソーマに帰るというので前庭までレギアスを見送りに来ていた。いつ呼んだのか黒いドラゴンともう一頭の褐色のドラゴンがおとなしく待っている。


「今夜レティシアの寝室に行ってもいいなら残る」

「え、えーと、それは、まだ……」


 やっぱりそういうことを考えてはいるのね。これって、私の心の準備ができるまで待ってくれているということなのかしら。

 大袈裟に怖がってしまったから、これでもレギアスなりに気をつかっているのかもしれない。


「いま向かえばおそらく明日いっぱいで戻れる。レティシア、すぐに帰ってくるから待ってて」


 少し寂しそうな顔のレギアスに頷くと、彼は私の肩に手をかけ口づけた。

 屋内でせずになぜこんな外の人目があるところでするのかしら、もう。

 ……う、長い。いいかげん離してください。恥ずかしいし変な気分になるので。


 ようやく唇を離すと、レギアスは私をぎゅうっと抱きしめた。ダメ押しとばかりに額にキスし、颯爽とドラゴンに乗って飛び立っていく。

 捕獲したドラゴンも大人しくあとに続いて飛んでいった。

 暑苦しく抱きしめられたあとだからか、外気の冷たさが妙に身に染みる。


「姫様、レギアス殿下と別れたあとは用心のため結界で身を守るようにと陛下からの伝言でございます」


 近衛騎士団長のアルフォンスがそう言いながら隣に立ち、他の近衛たちも厳重に私の周りを警護する。

 そういえば誘拐されかけたばかりだった。

 辺りに目をやると衛兵もいつもより多く配置されている。なんだかものものしい。


「わかったわ。私自身だけ守ればいいのかしら?」

「はい。そのように伺っております」


 わかりやすく見えるよう自分を六角柱の結界で囲う。立方体がいちばん簡単だが見栄え重視だ。

 皇宮全体に展開することも容易いけれど、そこまでの必要はないのだろう。出入りがしづらくなると支障が出るし。


 部屋に戻り、今度は自室全体に結界を張って入浴と寝支度を済ませる。

 久しぶりに、レギアスが忍んでくるかもなんて心配をせずに眠れるのだ。さっさと寝て明日はつかの間の自由を満喫しよう。

 そんな感じでうきうきとベッドに入った。


 ⋆ ⋅ ⋆ ⋅ ⋆


 何時間眠っただろうか。

 夜中に目を覚ますと体に違和感を覚えて戸惑っていた。いつになく気だるい。

 慌てて左手の甲を見ると……そこには何も無かった。

 眠る前は確かに薄青色に輝く紋様があった場所に何もない。


「お父様に、お父様に何かあったわ! 誰か様子を見てきて!」


 慌てて自室から出て扉の前の近衛に命じた。

 何かあったとは言った。けれど、術が解除されない限りは聖印が完全に消えることなどない。術者本人の意思か、もしくは……

 ずっと考えないようにしていた、心の奥で恐れていた事態が起きたのだと直感した。

 気がつくと震えて涙が溢れている。

 駆け寄ってきた侍女と近衛が何か言っているが頭に入ってこない。


 先ほど皇主の居室に走った近衛が戻ってきた。かすれた声を出す。


「皇主陛下と皇后陛下が、何者かの手にかかり……崩御、されました」


 私は強ばる手で口を抑え、ズルズルと壁伝いに廊下の床に崩れ落ちた。

 突如、床の支えがなくなる。


「え?」


 何かに夜着を引っ張られた。

 床にぽっかり空いた影の中に引きずり込まれている。

 突然のことに頭が真っ白になり、パニックに陥りかけた。


「姫様!」


 咄嗟に近衛たちが私の手を掴む。

 握る手の温かさに混乱から気持ちを戻せた。

 侍女も加わって引き上げてくれるけれど、穴に引かれる力が強い。

 

 何とかしなきゃ! 何とか……

 あ、結界!

 影より大きい結界のキューブを作り自分たちを覆った。

 夜着を掴んでいたものを結界の力で断ち切る。

 た、助かった。


 座り込んだ床の感触に安堵し、結界を解除する。

 近衛に支えられて立ち上がると、呼吸と気持ちを落ち着かせた。

 足元に目を向けると、血溜まりの中に細い腕が落ちている。生々しい断面が目に入り反射的に顔を背けた。


「術者の腕ね……」


 嗜みとして剣の修行はしていても私に実戦経験などない。他人を自らの手で傷つけて血を流させたのは初めてだった。

 自分のしたことに恐怖し収まったはずの動悸が酷くなる。

 だけど今は怯えている場合ではない。

 動揺を必死に隠し口を開いた。


「今から皇宮を結界に入れるわ! 私の祝福の無い者は出入りができなくなると連絡して。それと、宰相と大臣を招集。……それから、集まるまでのあいだに皇主の居室に向かうから、ついてきて。……あ、この腕は、術者に凍結魔術をかけさせて保管しておいて」


 皇主としてすべきことをしなければ。

 どうにか精神を集中し皇宮を結界で覆う。

 結界内を探ると私の祝福を受けている者だけだ。

 犯人が留まっている可能性が低いと判りほっとした。

 

 次は、お父様とお母様を確認しなくては。

 すくむ心を意志の力で押さえ込み、隣の両親の居室に向かう。


 皇主の居室のリビングは灯りがつけられていた。

 夜番の侍女と近衛たちが立ち尽くし呆然としている。

 その近くで血を流し、父が倒れていた。

 

 なんだか現実味がない。

 幽鬼のようにフラフラと奥へ向かう。

 寝室ではベッドで横たわったまま母もこと切れている。

 

 二人とも心臓をひと突きにされていた。

 あまり苦しんだ様子がないのがせめてもの救いなのだろうか。

 おそらく、父は母を守るためベッドに結界を留め、用を足すために結界外に出たのだろう。

 父は結界術が苦手だった。小さめの結界をひとつしか作れなかったからそこを狙われたのだ。


 いつも二人から溢れていた生気と神聖力が何も感じられない。無意識に空間認識術を使ったけれど、両親の気配はこの国のどこにも……掴めなかった。

 伝承によれば皇族の魂は女神の御許へ行くという。私は女神であるはずなのに何も分からない。どうして……

 

 術が切れるとともに口から嗚咽が漏れだす。脚に力が入らなくなって母の亡骸のあるベッドの脇に座り込んだ。

 母の手を握るともう冷たくて、でもいつもの甘く優しい香りが胸を締めつける。


「お母様……お母様……」


 私の声は空気に溶けるばかりで、静けさだけが返ってくる。

 

「姫様……」

「すぐに、すぐに落ち着くから。少しだけ、待っていて」

「姫様、ご無理なさらないでください! あとは宰相たちに任せて、お休みになってください!」


 アルフォンスが泣き声で言う。


「お父様が亡くなった瞬間からわたくしが皇主よ。責任を果たすわ。それに、どうせ休めないわ。レギアスが帰るまでは結界を維持しなくては」


 夜中といってもまだ日付が変わったばかりだった。少ししか眠れていないけれど、一日くらい大丈夫だ。

 結界は高度なもの以外は眠っていても維持できる。でも試した回数が少なくて自信がない。

 どのみち私は生まれつき精神支配や毒物に耐性がある。薬や術で眠ることはできないし、こんな状態では自然に眠ることも無理だろう。


「姫様、いえ、聖上陛下」


 ぞろぞろと集まった近衛たちがみな目頭をおさえている。


「サラディールを呼んでくれる? 彼に聖印を刻んでもらってなんとか乗り切るわ」


 サラディールは兄同然の従兄だ。祝福の術を使える皇族の一人。彼ならきっと聖印を刻んでそばについていてくれるだろう。

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