秘密
謁見のあと、控えていた宰相と外相も交え、ディナーの席で今後を話し合った。
昔ながらの同盟国である強国ソーマの王子ということで、みな歓迎ムードだ。知らないって本当に恐ろしい。
私の提案通り噂を流すことになり、結婚式も格段に早い半年後にできるよう調整した。妊娠の可能性を考慮していると思わせる方向で話が進む。
レギアスは皇宮にあと一週間滞在し、それからソーマ王国へ報告に帰ることになった。許可はしたもののもう少し見定める期間は欲しいというところのようだ。
そして認められればソーマ王の許可が取れようが取れまいが二週間後に婚約式をすることになった。
別に許可が取れなくても同盟関係に問題はないらしい。
未遂とはいえ王子が姫を襲ったのだ。どちらにしろ同盟関係を強くするしかないだろうな。
それにしても、レギアスはディナーのあいだもずっと完璧なマナーと気品を持って過ごしていた。皇主の夫として相応しい振る舞いができるのはありがたいけれど……演技力が高すぎて怖い。
⋆ ⋅ ⋆ ⋅ ⋆
謁見から二日。
レギアスは両親や騎士団、魔術師団などから色々と呼び出されていた。
人物と実力を見てやるということらしい。
結果、我が国の精鋭たちをのきなみ倒してしまった。
さすがにバカではないらしく、正式に婚約が決まるまでは猫かぶりを通す気らしい。
お茶会では笑顔を振りまいて奥様方に大人気だった。
賞賛の声を聞くたび本性の一端を知っている近衛や侍女たちがイライラしている。レギアスのいない隙に結婚を考え直してくれと泣きつかれてもう大変。
そしてレギアスは時間が空けば私の部屋に会いに来る。追い返すわけにもいかず、軽々しく来るなと侍女長に注意されてもまるで聞く耳を持たない。
私の部屋ではどうせ侍女にはバレているからと好き放題にくつろぐ。ソファに寝転がり勝手に命令もする。
「レギアス様」
夕食前のひととき。
言いたいことを思い出し、カウチソファでくつろぐレギアスに声をかける。同じソファに座ると離してもらえなくなるから斜め隣のソファに向かう。
「そういえばあの、みなさんに礼儀正しく振る舞ってくださるのはとてもありがたいのですが……」
「何か問題か?」
腰かけた私の髪にレギアスが手を伸ばす。まったく手の届かないところに位置すると強引に引き寄せられるからこのくらいが限度だ。
「女性に、男性にもですけれど……愛想をふりまくのは、控えてほしいのです」
「なんだ? ヤキモチか?」
う、やっぱりそう言われると思った。
「違います」
そう言いかけた途端、勝手に抱き上げられソファに連れ込まれた。ヤキモチを焼いたと思ってご機嫌だ。
嫌悪感はないけれど動悸でとても疲れる。やめてほしい。
「あの、いま皇都の祝福は、わたくしが施しているのです」
祝福術は術者から離れると三日で消えてしまう。旅から帰った民や観光客のために三日に一度は術をかけ直さなきゃならない。
「わたくしは、この国の民に嫌われるわけにはいかないのです」
「なぜだ?」
「女神を認めないもの、強い悪心や、術者に敵意があるものは祝福が得られないのですが……祝福の花びらが刻まれていない国民は、最悪国外追放になるのです」
「へぇ、お花畑の国かと思ったらそうでもないんだな」
「綺麗ごとだけではお花畑を守れないそうで」
このことを知った時は私もショックだったな。でもおかげで国内ではかなり自由に出歩くことができる。護衛の近衛は付くけれど。
「無愛想にしていればいいか?」
「レギアス様は寡黙にしていても人気が出そうですけれど、イメージを守るためにはしかたがありませんね」
「レティシア」
あああ顔を髪に擦り寄せないで。
そろそろ離してください。
「レギアス様と呼ばれるのもなかなかそそるんだが、そろそろ様はやめてほしい。丁寧語も」
「え……でも……」
呼び捨てにするなんてなんだか怖い。
「同い歳だし、他人行儀で嫌だ」
え、同じ歳だったの? 迫力があるから歳上だと思っていた。18ならまだ性格も直せるかしら。
「ええと、じゃあ……レギアス。あの、そろそろ離して?」
「やだ」
やだってなんだ。子供か!
猫かぶりのせいでストレスが溜まっているのかもしれない。ちょっとだけ我慢すべきかしら……
……それにしても暇だ。
目の前にレギアスの左手があったので祝福の花びらを確かめようかと手を伸ばす。革手袋のボタンを触ったら思いきり手を引き抜かれた。
え? 何かあるの?
「レギアス?」
振り返るとわかりやすく表情が焦っている。
「見られたくない傷跡でもあるの? 私、治癒術が使えるけれど」
「いや、そういうのじゃない……」
左手を見つめる瞳はなんだかとても優しい。レギアスにとって大事なもののようだ。
「どういうの? 祝福の花びらの印も隠れてしまうし……このままだと教団に連れて行かれるかも」
「レティシアの婚約者にそんなことできないだろ」
「もしかして私にも説明できない?」
「それは……」
レギアスは右手で左手を握りしめながら何か言おうと唇を動かし、そのまま黙ってしまった。
「……未来の妻に秘密ですか」
「レティシア、丁寧語が戻ってる」
「やめてほしかったら秘密は無しにしてください? そうだ、お父様と二人きりで何を話していたのですか」
ちょっとぐいぐい行きすぎたかしら。まあいいや、レギアスも距離を詰めたがっているのだし。
「それは……秘密だ」
「……。そうですか。よく分かりました」
私は動揺している隙をついてレギアスの腕から抜け出し、カウチソファの後ろの書き物机に向かった。
なによ。お父様に言えても私には言えない秘密って。手袋のこととは関係あるのかしら?
蚊帳の外にされるのって気分が悪い。
「れ、レティシア?」
ふふ、ずっとおろおろしているがいいわ。
机に本を置いて読み始めながら様子を窺う。ソファの背もたれに手をかけ泣きそうな表情でこちらを見ている。
30分ほど放置していたらどんよりと下を向き、わかりやすく落ち込んでしまった。
ちょっと可哀想になって見ていたら魔力まで漏れはじめてる! それほどまでに守らなければいけない秘密なの?
レギアスの周りが闇色に侵食されていく。
感情が高ぶるとどうにも制御できないらしい。
室内灯に使っている聖光石――神力で光る石の光量まで落ちた。侍女たちが部屋の隅で怯えている。
皇宮内でこれ以上魔力を出されたらまずい。このままだと下手したらショック死する者が出る。
結界を使えば防げるけれど、離れた時はどうしよう。
……機嫌を取るべき?
というかそれしか選択肢が見えない。
生贄になったみたいな気分になりながらソファに戻り、レギアスの隣に腰かけた。
「レティシア!」
すぐに歓喜の声を上げて抱きついてくる。もう、暑苦しい。
この人って犬みたい。ふさふさした耳と、ぶんぶん振られた尻尾の幻が見える。
レギアスの無邪気な笑顔にはどうにも既視感を覚えるのは何故だろう。
「レギアス様って、本当にわたくしのことが好きなのですね」
「ああ、レティシアがいれば他はどうでもいい」
そんなに素直に認められると……ちょっと可愛い気がしてくる。
「秘密は、そのうち話してくれるのですか?」
「……レティシアが、俺のことを好きになったら話してもいい」
「わたくし、レギアス様のこと好きですよ?」
あ、赤くなった。純情ではあるのよね。
「どのくらい?」
ええ? 素直に喜んでおきなさいよ。もう。
「えーと……結婚しても、いいくらいには……」
生涯を共にしてもいいと思うって、けっこうなことよね?
「それって、俺が好きなんじゃなくて、俺の条件が好きなんだろ」
「えっ? それは……その」
ため息をつきだした。どうしよう面倒くさい。
そんなことないと言ったところで嘘くさいだけだし、どうすれば。
……レイアを想うように、レギアスを想うようになればいいのだろうか。
こんな気持ち、二人分も持てるわけがないのに。
「姫様、ディナーの時間にございます」
「あ、そうね。レギアス様、ほら、行きますよ」
なんとか引き剥がしてディナーに向かう。
聖印の効果がありながら胃がキリキリする。
秘密も愛もたくさん。ほんと疲れる。




