謁見の間にて
近衛に先導され、えんじ色の絨毯の大廊下を進む。
外観は輝くばかりの白亜の皇宮だけれど、内装は落ち着いた象牙色を基調に繊細な装飾が施されている。どうやらレギアスも気に入ったようで、絵画や彫刻を見ながら満足気だ。
謁見の間にはまずは私だけ入るよう言われた。奥で玉座に着く父母の前に進み出る。
魔道具で報告を受けたのだろう。お父様が苦虫を噛み潰したような顔をしている。お母様は困り顔だ。
「レティシア、無理やり襲われたというのは、本当か?」
「いえ、誤解です。その、少し触れられただけで」
見定めるようなお父様の目が怖い……
「どうもひと目で気に入られたようで、熱烈にアプローチをされたのですわ。ですがその、一線を超えたりなどは、しておりません」
「本当か? 勝手に結婚の約束をしたそうだな?」
「本当です。彼は絶大な魔力を持つ魔術師で、おそらく槍も達人です。我が国で彼を抑えられる者はわたくしだけでしょう。帝国に対抗する力になりますし、断って厄介を増やすのも避けたかったので……」
「レティシア、お前はそれでいいのか?」
父の目が一転して驚愕と哀れみの色に染まった。
「いずれは誰かを夫に迎えないといけないのでしょう? 見た目は美しいですし、親戚をあてがわれるよりはマシです」
「男を美しいなどと……珍しいな。母に体を見てもらえ。私は相手を見極めるとする」
父はため息をついた。
次はお母様の番なのね。
父の隣に座っていた母と、謁見の間から扉一つで繋がる控え室に入った。控えていた母の侍女が私のドレスを脱がせ、ざわめきが広がる。
姿見を覗くと、思った以上に跡が目立つ。けれどお父様に最上級の祝福術である聖印を授かっているから、近くに来たいま赤みがみるみる薄らいでいく。
「レティシア……確かに胸元だけね。でも、ずいぶんと情熱的に盛り上がったのねぇ?」
「ええっと、そうですね」
レギアスが一人で盛り上がっていただけだけど。
「あなた、男性と結婚するのは嫌だと言っていたでしょう? どういう風の吹き回し?」
「逃げてもどこまでも追いかけてきそうで……受け入れさえすれば、役に立つと思ったのです」
怖くて逃げる気にもならないというのが正確なところだけれど。
「それは……どうなの??」
「それと……触れられても、嫌じゃなかったので」
あーあーあー恥ずかしい!
お母様と侍女たちが顔を見合わせ、一斉にニヤニヤしだした。
「どんな方なのかしら。わたくしも見に行きましょう」
ドレスを元通り着付けられた私は、ウキウキなお母様に手を引かれて謁見の間に戻った。
扉を開けてすぐに、父皇主の前で跪いて小さくなっているレギアスが目に入る。
艶のある黒髪が差し込む西陽に照らされ、時が止まったように静かだ。思わず私まで息を止めて見入っていた。
「ソーマ王国第二王子、レギアス・シュタインシュバルト・ローグ・ウル・ソーマと申します。皇主陛下、この度は急な謁見の申し出をかなえていただき、心よりの感謝を申し上げます」
「レティシアと結婚すると言っているそうだな」
「はい。レティシア皇太女殿下にひと目で恋に落ちてしまいました。どうかお許しをいただきたく存じます」
あ、怒ってる。お父様ったら見るからに怒っているわ。刺々しく放たれた神聖力が肌を刺してくる。
レギアスはさすが王族というか……いまは完璧な礼節を備えた美形王子にしか見えない。
私を助けたことを感謝するという話だったはずが真逆の様相だ。
助けたといっても誘拐犯がレギアスの同胞ではあるけれど。
「いきなり結婚とは、話が急すぎるとは思わないかね?」
「ごもっともです。ですが、約束をいただかなければ、心配で国に帰れそうもありません。どうか、お許しをいただきたく存じます」
「そなた、王になるのではなかったのか?」
「父王の目論見はわかりかねますが、私は王位になど興味はございません」
え? レギアスって次の王位を期待されていたの!?
公的な場にはいつも第一王子が来ていたからてっきり彼が次代の王だと思っていたわよ?
お父様はソーマ王と仲が良いから聞いていたのかしら。
「ほう、ではそなたは王位よりもレティシアを取ると申すか」
「はい。レティシア姫と添い遂げることができるのならば、私の身はこの国のために捧げます」
一目惚れしたからって即日でこんな重要なことを決めてしまっていいの!?
「なるほど……そなた、聞いていた話と違うな」
「えー、あの……できれば、陛下と二人きりでお話ししたいことがあるのですが……」
レギアスがなんだか目を泳がせている。話したいことって何だろう?
「ふむ……よかろう。こちらへ」
父に促され、レギアスは玉座の奥の小部屋に入っていった。
親友の息子だからってお父様ったら油断しすぎだと思う。この場にいる者はレギアスのお行儀のいいところしか見ていないから誰も反対しない。恐ろしい。
ほんの数分で父とレギアスは和やかな雰囲気で戻ってきた。
レギアスは顔を赤らめ、恥ずかしがっているみたい。それを見るお父様は楽しそう。安堵の気配すらある。
父に呼ばれレギアスと二人で玉座の前に立ち、戸惑いながら言葉を待つ。
「レティシア、余はそなたらの結婚を認めることにした」
「え……よいのですか?」
いったい何を話したらこんなにあっさりと認めさせることができるの?
勝手に決められてぷりぷりと怒っている母に、あとで話すからと父がなだめている。
私もあとでレギアスから聞き出そう。夫婦になるのに隠しごとなんて、よくない。
「レギアス殿下、そなたも分かっておろうがレティシアは特別な存在だ。それなのに皇帝から嫁によこせと言われてな。断ったら次から次へと嫌がらせをしてくる。今回の隣国からの進軍も誘拐も、帝国の息がかかっておるのだろうよ。そなた……守れるな?」
「命に代えましても」
レギアスは一瞬も躊躇うことなく答えた。
「そなたは騎士ではなく夫となるのであろう。ならばレティシアを一人にすることはあってはならぬ。二人で共に天寿を全うせよ」
「ははっ」
「お父様……」
なんだかあっさり決まって拍子抜けだ。
周りが感動で涙ぐむなか、私一人が置いてけぼりだった。




